幻燈ひとつ
ルビ等の細かい修正をしました
くるり、くる、くる。モノクロームの幻燈機が回る。
きっと子供の手作りの、いびつで不明瞭な形が、白い壁と天井に走って行く。
私は何故だか動けなくなり、じっと幻燈を眺めている。
ほろりほろりとピアノが鳴る。古くて堅い音がする。
幻燈機が映し出す、樹木や鳥らしき黒い影がぎこちない音に乗って流れてゆく。
私は何だか悲しくなって、静かに涙が頬を伝う。
ジリジリと、裸電球が幻燈装置の紙を焼く。
だんだん焦げて、いびつな影は繋がって行く。曲がって溶けて、ひとつに成っても、やっぱりくるくる回っている。
私は独りで立っている。
入り口の無い、窓も無い、四角い部屋の白い色。
私の立った足元で、めらめら燃えた幻燈機、ひとつ。
遠く微かな笑い声、ひとつ。
子供か、大人か。
男か、女か。
私の視界は歪んでいる。
くる、くる、くるり。
おかしいじゃないか。
子供の工作に違いない、側面だけの幻燈機。それなのに、どうして天井にも映るのだろう。
めらめら、ぼうぼう、オレンジ色の炎が揺らぐ。
絵の描かれた紙なんか、みんなもうとっくに燃えてしまって、骨組みのタケヒゴも黒々と炭になっている。
白熱球のフィラメントが焼き切れる。金物が焼ける臭いが、やけに鼻につく。
ねえ、もう全部。すっかり焼けてしまったよ。
それでも、くるり。歪な影は連なって、ふらふらしながら壁を這う。
私は、なんだか怖くなって、呼吸が浅くなってきた。
ピアノが止まらない。不揃いな音の粒立ちに、キラキラと金属弦ハープの素朴な音が絡まった。
ああ、随分と巧みに過ぎて、この幻燈会には合わないような。
私は何だか居心地が悪くて、つい幻灯機を蹴飛ばした。
とっくに切れた白熱球が、平らな床をオレンジ色に照らす。オレンジ色した光の筋を、私の蹴った骨組みばかりの幻灯機が、音もなく転がっている。
私はいささか空っぽになり、たったひとつの幻燈機をぼんやり眺めている。
床に広がるオレンジが、静かに静かに這い上がる。
垂れてゆく千筋の鮮血が、逆さに壁を登るよに。
つつう、と壁を這い登る。
骨組みだけで転がりながら、くるくる影を映す幻灯機ひとつ。
やっぱり樹のよな、鳥のよな。
おいで、おいで、と招くよな。
総てが歪んでちらつく中で、真鍮弦の音だけが正しく調律されている。
だってそんなの、おかしいじゃないか。
あんなに狂いやすい楽器が。
ああ、何だか解らなくなってきた。
燃える炎も尽きたのに、影が走るのは何故なのか。
遠く微かな笑い声、聞いたような、知らないような。
途切れることなく音がする。
竪琴は変わらずに、古びたピアノの悲鳴に絡む。
私は、どうしてもしゃがむ事さえ出来なくて、見えない月を眺めているのだ。
夢幻企画参加作品です
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