014:緑の魔獣
久々の投稿です。
長らく休んでましたが、ようやく続きを書けました。
また、ぼちぼち続けていこうと思います。
アーティスたちが視線を送ると、人影のない村の奥の方から2人の男が走ってくるのが見えた。
「やばい!」「逃げろ!」
こちらに向かって人影は腕を振り上げて叫んでいる。
黒い布を巻き付けたような衣装の男性2人。様子を見に行った魔法士の二人だ。
こちらと背後とを交互に見ながら何やら叫んでいるのだが、慌てているためか何を言っているのか分からない。「やばい」とか「逃げろ」といった単語は聞き取れるが、意味を成さないような言葉も混じっている。
アーティス達は何が起こっているか分からず、立ち尽くしていた。アーティスとディアナは一度顔を見合わせたが、お互いに首を傾げ肩をすくめただけだった。
近づいてくる魔法士2人を見れば、その黒い衣装の袖や腹部が破れてヒラヒラしている。その布の合間に赤い色が見え、腕や脇で出血しているらしいことがうかがえた。
後方にいた魔法士のトマスが立ち止まり、真後ろに向いて元来た方を指差した。その先に視線を送ると、彼らが逃げてきた方角から緑色の巨体が現れた。
明らかに人間ではないのは、その色と4本の腕だ。全身が緑色で、衣服はない。遠目に見ても偉丈夫のゲオルグを倍にしたほどの巨体で、長身は3リルク(約2.5メートル)はありそうだっだ。さらにその巨体にこれも丸太のような腕が左右に2本ずつ生えていた。両肩に人間なら1本のところに2本の腕が上下に付いている。しかもその上側の2本の手には反り返った形の剣が握られていた。
下側の2本の腕を振り、上側の2本の腕で剣を振り回しながら迫ってくる。巨体に踏みつけられた大地がドンドンと地響きを立てている。
「タルカス!」
その姿を確認したアーティスが声を漏らした。
アーティスはその魔獣を知っている。
3年ほど前に雷の聖剣士と共に苦労して倒した相手だった。当時青い聖剣はまだその手になく、聖具剣で戦ったが、緑の魔獣には刃が立たなかった。この緑の魔獣の体は非常に固い上に、魔力で護られていて、通常の剣どころか聖具剣でも突き刺したり、斬ったりすることが出来なかった。しかもその巨体には見るからに力強い4本の腕があり、並みの剣士ではその1本の腕の膂力にも負けてしまう。外から傷つける可能性があるのは、眼か口の中ぐらいだろう。通常の剣術では倒すことは至難である。
ーだが。
今アーティスは聖剣の保有者である。
ーだから、今なら。
アーティスは身体を起こして立上り、背負った聖剣の柄を握った。
「アーティス?!」
ディアナが突然一歩踏み出したアーティスに視線を移した。アーティスの目はまっすぐに近づいてくる緑の魔獣を見つめている。その瞳に何か固い決意のようなものを感じた。
その間にも、魔獣は近づいて来ていた。
歩幅の差か、逃げる魔法士の2人よりも魔獣の足の方が速く、このままでは追いつかれてしまいそうだ。
ゲオルグ以下、海士の3人が剣を抜いて構えた。魔法士が逃げてくるというのは相当な相手のはずだ。
さらにガッとアーティスが右足を踏み出した。その膝をぐっと曲げると、長身の身体が前傾する。
次の瞬間、ザッという音を残して、アーティスの身体が消えた。いや、消えたように見えた。
ティアナの視界から消えたアーティスは一瞬で駆け出していた。アーティスが緑の魔獣に向かって突進したのだが、あまりにも速すぎてディアナには一瞬姿が消えたように見えたのだ。
ゲオルグもアーティスの速さに目を見張った。一歩を踏み出したと思った途端、文字通り目にも止まらない速度で飛び出した。およそ人間では考えられないほどの速度だった。聖剣士の技なのか、アーティスが特別なのか。ゲオルグにも判断しかねた。ただ、言えるのはいずれにしても並の剣士とは雲泥の差があるということだ。
アーティスはあっという間に逃げてきた魔法士の2人とすれ違う。魔法士2人には目もくれず、アーティスは背中の大剣を抜き放った。聖剣ビス=グランサーを抜いた勢いのまま、迫り来る緑色の筐体に向かって振り下ろす。青刃が陽光にきらめき、光弧の残像を残す。
聖剣は『水』を操る剣である。その聖剣を持って、はじめてアーティスは『水』というものを意識した。そして、その万能性に驚愕した。水は冷やせば氷に、暖めれば蒸気となり、その形を千差万別に変えることができる。また水は非常に小さな粒子であることも知り、それを意識するとさらに多彩な技が使えるようになった。
その水の粒子を聖剣の尖った刃先に並べていくように想像して刃先に水の刃を作る。何ヶ月も鍛錬して会得した聖剣の技だ。ほんの瞬きするほどの時間でそれそれら一連の動作を行い、今目前に近づいた緑の魔獣に向かって、聖剣を振り下ろした。
文字通りの水刃が超硬質の魔物の皮膚に高速で叩き込まれる。極薄の刃は防御の魔力を打ち破り、さらに緑の鋼の皮膚を抵抗なく切り裂いていく。何の抵抗もなく柔らかい肉を包丁が割くように剣刃が緑の肌を切り裂いていく。
アーティスが剣を振り斬るとつながりを失った魔物の腕が音もなく胴体を離れて地面に落下していく。
すれ違った魔法士は突然傍をすり抜けていったものに驚き、逃げる足を止めて後ろを振り向いた。遅れて通り過ぎた風が魔法士達の髪を乱していく。
魔法士の2人が振り向いた時に目に写ったのは、緑色の巨体から同じ色の腕が大地に落ちるところだった。太い腕がドウッと地面に落ちて転がった。
アーティスは腕を切り落としたあと、魔物の傍らをすり抜け、左足を軸に振り返った。体を翻しながら振り下ろした聖剣を一周させ、再度振り上げた剣をまだ前進している魔物の後頭部に向かって振り下ろす。
腕をなくしたことに気がつかないまま、走っていたタルカスは背後から首に切りつけられた水刃にも気がつかなかっただろう。驚く間もなく、タルカスの首は胴を離れ、身体の前に転げ落ちた。おそらく、魔物の頭は何が起こったのか分からないまま、首のない自分の体を見上げながら落ちてにいったに違いない。
少し遅れて、首と腕がなくなった緑の巨体が静止し、静かに土色の大地に倒れ込んだ。ドーンと体の大きさに見合った音を立てて緑の魔物の体は大地に転がり、そのまま動かなくなった。
アーティスは緑の魔物の首を斬り落とした姿勢のまま、大きく息を吐いた。両手で握った聖剣がその聖力によって青白く光っている。
その光が徐々に薄れていくのをゲオルグはただ見つめていた。ほんの数バーロ(数秒)の出来事だった。ゲオルグはタルカスを初めて見たので、その魔物がどれほどの強さなのか知らない。だが、ヘプターニが誇る魔法師の2人が逃げてきたということは相当な強さであるはずだ。
それを瞬時に2撃を加え、あっさりと首を斬り落として倒した。聖剣士の凄さを改めて感じた。魔物を倒したこともさることながら、特に脅威に感じたのはその速度だ。
駆け出したのを目の端が捉えた次の瞬間にはすでに30リルク(約25.5メートル)先の魔物の前で剣を構えていた。まさに神業と言っていいだろう。
思わず、ゲオルグは頭を下げて、左右に振った。信じられない、そんな言葉が頭に浮かんだ。
「もう一匹が!!」
魔法士のパウルがアーティスの背後を指さして、叫んだ。
1体を倒して、一同がホッとしたのもつかの間、脅威が続いた。
ドンドンと足音が高鳴り、さらにもう一体の緑の魔獣が現れた。2匹いたらしい。さすがの魔法士もこの鋼鉄の肌をもつ魔物が2匹ものいたのでは苦戦するだろう。だから逃げてきたのだろう。鋼鉄のような体の魔物にはヘプターニ最高の魔法士も歯が立たなかったのだろう。
2匹目はすでにアーティスの背後に迫っていた。アーティスは先の一体を倒した後、まだ剣を下げたままの姿勢で、現れた緑の魔獣に背を向けている。
「アーティス!」
ティアナが叫ぶ。
「後ろです!」
スフィナも続けて声を上げた。
魔獣タルカスがアーティスの背中に向けて、右上側の手に持つ曲剣を振り下ろした。
ガキン!!
振り向きざま振り上げたアーティスの聖剣が、太腕が振り下ろした剣をはじき返した。はじかれたタルカスは一瞬のけぞったが、直ぐさま左腕に持つ曲剣を振り下ろす。
その強引に振り下ろされた剣刃をアーティスは両手で握った聖剣で受け止めた。
金属が悲鳴を上げるような音がして、曲剣はアーティスの眼前で動きを止められた。タルカスの腕は大人の胴体ぐらいに太い。たとえ両腕といえども、その剛腕から振り下ろされる刃を受け止められるとは思えないが、アーティスは後退りもせずにその強力を受け止めていた。その膂力にタルカス自身も驚いたように一瞬動きを止める。
だが、剛剣に重ねるように、タルカスはもう一方の手に持つ曲剣を振り下ろした。
「ぐっ」
アーティスの口から声が漏れた。
剛腕2本で押さえつけられる力に、アーティスの膝が落ちた。大地に付くのは免れたが、体勢が低くなりさらに不利になる。
アーティスは長身だが、タルカスはさらに頭2つは大きい。上から押さえつけられる力に耐えることもままならない。
そのまま両者の動きが止まったかに見えたが、次の瞬間、タルカスの右側の下側の手が拳を握り、アーティスの脇腹をめがけて殴りつけてきた。
「あうっ!」
無防備な左脇腹を殴られ、アーティスの体が右の方へ吹っ飛ばされた。とっさに右側に身体を逃がしたが、それでも6リルク(約5メートル)も宙を舞い、肩から大地に叩きつけられた。
「ぐげっ!」
剣は放さなかったものの、転がったままアーティスは体をのけぞらせた。右に逃げて多少躱したが、それでも右脇腹の打撃は相当なものだった。大地に落ちた際もまともに受け身がとれず、右肩に激痛が走っていた。
「アーティス!」
魔法士トマスが両手に炎の塊を出現させ、素早くタルカスに放った。真っ赤な火炎弾が2つタルカスの胸に吸い込まれるように叩き込まれた。だが、タルカスは何事もなかったように両手の剣を振り上げ、まだ倒れているアーティスに向き直った。緑の魔獣の皮膚は鋼鉄よりも硬く、炎にも耐性があるようだ。
「アーティスさま!」
スフィナが権丈をタルカスに向かって振り回した。するとタルカスの前方の視界が揺らいだように見えた。タルカスが進もうとすると、その揺らぎが壁のようにタルカスの進行を阻む。タルカスは下側の手でその揺らぎを殴りつけたが、びくともしない。見えない壁がタルカスの前に現れたかのようだ。
「ぐおぉぉぉぉぉーん」
タルカスが天に向かって雄叫びを上げた。うなり声にも近いその咆哮はそこにいる者たちの耳に痛いほどの大声だった。魔法士も海士もその声に顔をしかめる。ディアナは思わず耳を両手で塞いだ。だが、スフィナは気丈にもその声に耐え、突き出した権丈を支え続けた。
「ぐぅおん」
タルカスはさらに小さいうなり声を上げ、4本の腕をその見えない壁に叩きつけた。
揺らいでいた空間が大きく歪み、四方へ霧散するように消え去った。
「あうっ!」
術を破られたスフィナはその衝撃を直に受けたように体が後ろへ傾いた。ゲオルグが咄嗟にその背後に回り、スフィナの肩を後ろから支えて、倒れるのを防いだが、その衝撃はかなりのものだった。スフィナは全身に痛みを感じ、ゲオルグに支えられたまま、身じろいだ。
術者がはじかれ、タルカスの前の空気の壁は破壊されてしまった。障害がなくなったことを確認し、開いた空間にタルカスが1歩を踏み出す。緑の魔獣は曲剣を握っている両腕を振り上げた。さらに一歩踏み出し、2刀の剣を振り下ろした。
ガキン!!
「ぬん!」
アーティスが片膝をついた状態で、その剣を受け止めた。頭の上に水平に構えた一振りの長剣で二振りの曲剣の動きを止める。スフィナが見えない壁で時間を作ってくれたおかげで、アーティスは立ち上がるだけの力を回復できた。疲労はあるがまだ倒れるほどではない。
アーティスは両手で一振りを握っていたが、タルカスの方は両腕でそれぞれ一振りずつを押しつけている。膂力の差を考えると、アーティスの腕力はとてつもないことになる。ゲオルグにはその力が脅威であった。
しかも、アーティスは片膝の姿勢から少しずつ上体を上げてきている。タルカスが押し負けているのだ。
右膝が地を離れ、ゆっくりと上がっていく。タルカスが剣を持つ手にさらにその下の手を重ねた。二本ずつ4本の腕力がアーティスの長剣にのしかかる。アーティスの体が一瞬下がったが、次の瞬間には逆にぐいっと押し返した。体が伸びる勢いに合わせてアーティスは体を右に寄せる。直剣を斜めに下げて、タルカスの渾身の刃を斜めに滑らせながら剣を引き抜くように引いていく。うまく力を逃がしてアーティスは剣を滑らせる。 ガズン!
4本の膂力がかかった曲剣2本が支えを失って、そのまま剣先が大地に突き刺さる。
アーティスは加重から抜き去った剣を振り上げながら身体をひねり、両手で握った長剣を振り下ろした。
「ガフッ」
タルカスがのけぞり、右足を後ろに一歩に引いた。
「ガーッ!」
タルカスは4本の腕を上げたが、その腕には手首から先がなかった。大地に刺さった2本の剣に二つずつ手首が残っている。振り下ろしたアーティスの長剣がタルカスの腕を同時に4本とも切り落としていた。
緑色の血が手首を失った腕の先から吹き出た。
「オオオォーン」
タルカスは手首をなくした腕を見て声を上げた。
アーティスは振り下ろした剣を翻して、叫ぶ緑の魔獣の左肩から右下へ袈裟懸けに切りつけた。タルカスの身体から緑血が噴き出し、その巨体は血しぶきに押されるように後ろに倒れ込んだ。
ドンと大きな音がして、緑の巨体が大地に弾んだ。巨体は痙攣するように手足を動かす。やがて、倒れた緑の魔獣は動かなくなったが、胸と4本の腕からは緑の血が断続的に流れ出ていた。
「やったか・・・」
トマスがつぶやき、同じ黒い衣装のパウルが動かない緑の巨体に近づいた。やや及び腰で緑の魔獣の周りを回ると、先に倒されたタルカスの方にも視線を送り、何やら納得したように首を縦に振った。
「ミハエル!、ルフリヒト!」
ゲオルグは部下の海士のなを呼び、指さしてタルカスがやってきた方向に警戒するように指示を出した。
どうやら、魔法士を追ってきたのはこの2体だけのようだが、騒ぎを聞きつけほかの魔獣がやってくるとも限らない。海士団長としてゲオルグは的確な判断を下した。
「ふ~う」
アーティスが大きく息を吐いて、崩れ落ちた。手にした直剣を強く振って緑の液体を振り飛ばすと、地面に突き刺す。剣を支えにかろうじて倒れるのを防ぐ。肩から腰にかけて青い鎧に緑血が付いている。肩が大きく揺れ、苦しい息を吐く。息をするたびに左の脇腹に激痛が走った。タルカスに殴りつけられた一撃がかなり効いている。疲労と痛みが全身に広がるのを感じた。
「アーティス!」
ディアナが赤毛を振り乱して、アーティスに駆け寄る。持っていた剣を腰へ納め、アーティスに肩を貸して立たせると、近くの岩の上に座らせた。聖剣は地に突き立てたままだが、今はそれどころではない。何しろあんな怪物2体と戦ったのだ。アーティスの表情には明らかに疲労の色が見えた。
ティアナはアーティスを座らせると、持っていた水筒の蓋を開けアーティスに手渡した。アーティスは水筒に口をつけると上を向いて中の水を飲み始める。ごくごくと喉仏が動いたが、すぐに飲むのやめて、アーティスは左脇腹をひねるようにして顔をゆがめた。ティアナは心配して、顔をしかめているアーティスの脇腹にそっと右手を当てる。
「いっ!」
「あ、ごめん」
ディアナは手を引っ込めた。
「肋骨が折れてるかも」
ディアナが心配そうにアーティスの顔をのぞき込む。明らかに骨の感触がおかしかった。タルカスの拳で骨が折れてているかもしれない。だが、ここには治療薬もない。
「私が診ましょう」
スフィナがアーティスの背後から近づいた。
アーティスの前に回ると跪いて権丈を傍らに置き、そっと両手をアーティスの脇腹に当てる。スフィナは両手に神経を集中するように目を閉じる。数瞬後、スフィナは目を開き、差し出した手をゆっくりと引っ込めた。
「一本折れてますね」
スフィナが心配そうな声で告げた。
マイペースですが続けていきます。




