010:浜辺
はい、お待たせしました。第10話です。
適度に説明を入れながら話を進めるのは難しいですね。
「これは聖剣ビス=グランサーだ」
アーティスがそう告げると、ディアナを除く全員が「おお」と声を上げた。
聖剣ビス=グランサー。
現在は持ち主がいないとされている青の聖剣。青竜マセルトーラの鱗から造られたという青色の剣刃を持つ剣であり、水を操ると云われている。確かにアーティスが現れたときに海を凍らせていた。あれが聖剣の力だとすれば、納得がいく。
この男が聖剣に選ばれた男なのか。ゲオルグはアーティスを上から下まで眺めた。長身で色男だが、偉丈夫という程ではない。だが、先の戦いを見れば、剣士としても優秀だと思える。にわかには信じがたい話だが、自分の目で見た光景を考えると嘘とも言えない。
「聖剣士殿は何の目的でここへ?}
聖剣士の肩書きは強力だ。ゲオルグの口調がやや柔らかくなった。半信半疑な様子だが、少なくとも最初の敵対的な印象は薄らいでいた。
「捜し物のついでに魔物退治です」
アーティスの方も態度を和らげる。魔物がいる島で人間同士が争っても良いことは一つもない。出来れば協力したいところだ。
「捜し物というのは?」
「珠です。銀色に輝く聖珠を探しに来たんです」
「聖珠? 運命神の銀珠か・・・」
マリーカ12神と称される12柱の神々のうち、六柱の神は魔物を倒すための聖剣を人々に与えた。だが、度々復活する魔物は力を付け、聖剣をもってして倒すことが難しくなっていた。そこで、六柱の神々が新たに人に与えたのが6つの聖珠である。
伝説はいう。聖剣と聖珠の力を持って魔物の王ラシュクーリを退けたと。
聖珠の行方は知れていないが、皇都アルルアの地下の宝物庫に保管されていると信じられていた。
「聖珠がここに?」
ゲオルグが怪訝な顔で訊いた。聖珠はアルルアにあるはずだった。
「・・・おそらくここに。魔物が現れたのは聖珠が関係しているとにらんでいます」
アーティスは彼の返答を待つ人々の顔をゆっくりと見回した。皆一様に驚いた表情をしている。
「聖珠の力は絶大です。おそらくその力で結界が破られ、魔物が出てきたものと思います」
アーティスは皇都アルルアの神官の分析と聞いた内容を伝えた。
何人かの口から嘆息とも感嘆とも取れるため息が漏れた。
「銀珠を取り戻して、魔物を止めないととんでもないことになる。それを成しに来たんです」
「あなた、一人でか?」
ゲオルグが信じられぬという表情で訊いた。
アーティスは顎を引き肯定の頷きを返した。
「一人でもやらなければならない。そのための聖剣でもある」
アーティスは黒い瞳でゲオルグの青い瞳をまっすぐに見た。
「うむ・・」
ゲオルグは腕を組み、まっすぐにアーティスを見つめ返した。
「聖珠を取り戻せば、魔物は倒せるのか?}
「聖珠そのものに魔物を倒す力はない。だが、このまま放っておくと魔物が増えるだけだ」
再び幾人かのため息が聞こえる。
「魔物がこれ以上に増えると?」
「銀珠の力が結界を破り、この世界と魔物の世界を繋がっているはずだ。その道を塞がないといくらでも魔物がやっている」
アーティスはアルルアの神官から聞いた話を伝えた。アーティスも本当の所は知らない。伝令役のカッシュ・ライドから今回の件についての神官の見解を聞いただけだ。だが、今アルルアの書見神官が総力をあげて古文書の解読を行っており、207年前の大厄災の研究をしている。魔物が現れている現況を鑑み、皇帝ガレリオン2世が命じたものだ。現世の危機を乗り切るための研究であった。
「なるほど、話は分かった」
どこまで信じて良いか分からない。だが、魔物が現れているのは事実で、その脅威は間違いなく本物だ。
ゲオルグは一度息を吐き、首を回らせて、彼の仲間の顔を見回した。
「この海に平和をもたらすのが、我らの使命だ。魔物倒すというのであれば、我々も同行する」
ゲオルグの言葉にアーティスは頷いた。話が分かる男のようだ。アーティスとしても敵対する必要はないし、協力出来るのならしたいところだった。話としても、言いづらいことはうまく避けられたようだ。
「よろしく」
「こちらこそ」
ゲオルグが初めて表情を緩めた。
「良かった。とりあえず、お仲間ね。よろしく」
ディアナがアーティスの背中に貼り付き、アーティスの腹の方へ両手を回してきた。
「おい! 何してる!」
アーティスがディアナの腕を振りほどいた。
「これがいいのにぃ~」
ディアナが不満げな顔をして腰をくねらせた。
アーティスは頭痛がするようにこめかみに手を当てた。
「で、どうするんだ?」
呆れた顔でゲオルグが訊いた。アーティスは海の方から島の中央の小高い丘の方を見た。
「とりあえずは島の中心へ」
ゲオルグはアーティスの視線を追って、丘の方を見た。砂浜から森が続き、緑の絨毯が山の上まで繋がっている。途中には村があり住民がいるはずだが、確認は取れていない。魔物が出た日から、誰もこの島に着いた者も出た者もいない。王城では住民の安否は絶望視されていた。だが、誰も確認していない。今回の航海はその調査も兼ねていた。
「わかった。俺たちも一緒に行こう」
言って、ゲオルグは振り向いて、浜辺へ流れ着いた仲間を見回した。いずれも不安な表情を浮かべている。巨大な魔物に船を壊された恐怖がある。魔物と戦うことはもちろん覚悟の上だったが、本当に魔物に勝てるのか、不安は増すばかりだった。ゲオルグにもその気持ちはよく分かっていた。
「ギャー」
ゲオルグが口を開きかけたとき、森の方からと不気味な鳴き声が聞こえた。
全員の視線が声の方へ向かうと、森の上から黒い影が浜辺に向かって飛んでくる。
「ギャー、ギャー」
黒い影と見えたのは無数の鳥の群れだった。しかも、真っ黒な鳥で、血走ったような赤い目が光っている。ギャーギャーと鳴くくちばしには尖った歯が並んでいる。明らかに魔力が漂う腐臭を漂わせながら、人間たちが集まる上空に来るとくるくると円を描いて回り出す。
そこから上空を見上げる人間に向かって、何匹かが急降下して来た。
「グラム!」
叫んで女性の神官が上空に向かって両手を掲げた。そこへ向かって、くちばしを尖らせた魔鳥が飛び込んでくる。だが、魔鳥は突然弾かれたようにあらぬ方向へ飛んでいった。続く2羽も同様に「ギャ」と声を上げて離れていく。頭上に見えない壁があるようだった。
他の神官も同様に天に向かって手の平を上げていた。聖力の壁を作っているようだ。
「皆さん、私たちの近くに!」
最初に手をあげた女性の神官が叫んだ。その声に、皆が身を寄せるように近づいていく。黒い魔鳥の攻撃は続いていたが、頭上1リルク(約80センチメートル)程にある見えない壁に遮られていた。
だが、守るだけではない。ゲオルグは近づく魔鳥に向かって剣を振るい、その切っ先で何羽かを叩き落としていた。ゲオルグが持つ剣は聖力が込められているようで、魔鳥は大地に落ちるとしぼむように身体が薄くなり、紙のようにペラペラになった。
「くそっ! キリが無い!」
剣士の一人が叫ぶ。同じように何人かの剣士が剣を振るっていたが、魔鳥は無数と呼べるほどで一向に数が減っているようには見えなかった。
アーティスも同じように聖剣を振るっていたが、魔鳥の数が減らないことに苛立ちを覚えていた。
「チッ」
軽く舌打ちしアーティスは、2歩下がって皆から少し距離を取った。
「アーティス?」
聖魔具の剣を振るっていたディアナが動きを止めて、剣を腰だめに構えたアーティスを見た。
アーティスは足を開いてやや腰を落として、切っ先を海の方へ向けた。目をつむり、柄を持つ両手に力を入れる。長さのある聖剣が少し上下に揺れ出した。すると、波打ち際の海が少し盛り上がり、徐々に海が浮き上がっていく。やがて、巨大な水の固まりが海から浮き上がった。直径は半ガバ(約50メートル)もあろうか。大きな水の玉が水滴を滴らせながら、海の上に浮かんでいる。
「ふん!」
アーティスが力を込めた聖剣を頭上に振り上げると、水の玉が勢いよく宙を走った。引き寄せられるように聖力の壁で守られている人間たちの頭上に飛んでくる。その水球はあっという間に黒い魔鳥の群れを飲み込んで、一回り大きくなる。魔鳥が叫ぶが、そのほとんどが水の玉に捕らえられる。
不意にグンと水玉が大きくなったかと思うと、その水玉は瞬時に凍り付いていた。魔鳥の群れを飲み込んだまま、あっという間に水の玉は氷の玉に変わり、彼らの頭上に浮かんでいた。まだ水の玉だったときの水滴が数滴上空を見上げる彼らの頬に落ちた。だが、誰もそんなことを気にしていなかった。巨大な水の固まりが現れたかと思うと、魔鳥を飲み込んだ上に氷になったのだ。数瞬の出来事に目を見張るばかりだ。
「むん!」
アーティスは短く息を吐き、剣を振り下ろした。それに応じて、空中にあった氷の塊は数リルク先の砂浜に落下し、粉々に砕け散った。ドスンと鈍い音がした後、粉々に散った氷の粒が太陽の光を受けてラキキラと輝いた。バラバラと氷が落ちた後は、黒鳥が折り重なって黒い小山を作っている。それも魔鳥がしぼんでいくと次第に沈んでいき、紙の束のようになっていった。
「ギャー!」
水玉に吸い込まれなかった3羽の魔鳥が、悲鳴に似た声をあげ、急降下してアーティスの頭上に襲いかかった。アーティスは下ろした剣を再び振り上げ、冷静な動きで正面から来た魔鳥を斬り落とす。身体を回転させつつ、背後から飛び込んでくる2羽を一振りで真っ二つに叩き斬った。
浜辺にたどり着いたものの、まだ、進みませんね~。
次回でようやく魔物退治に出発することになりますが、どうなりますやら。
まあ、アーティスの持つ聖剣の前にはどんな魔物も倒れていく運命だと思いますが。
では、次回「出発」お楽しみに~。




