009:グラナダ島
お待たせしました。
第2部 9話です。
ちょっと仕事が忙しくなると投稿ペースが落ちます。済みません。
ふいにまぶたの裏に光を感じて意識が覚めた。アーティスは目を開こうとしたが、まぶしい光に思わず目を細めた。その視界に横から誰かの頭が現れた。ただ、逆行で顔はわからない。
「気がついた?」
こもった声が聞こえた。音がこもっているように聞こえるのは耳に水が溜まっているせいだとすぐに気がついた。聞き慣れた音ではなかったが、声の主には覚えがあった。
「ディアナ?」
声を出した後、喉がむせて「ごぼっ」と咳がでた。
「大丈夫?」
ディアナの心配そうな声が聞こえた。目が慣れてきてディアナの顔が近くにあるのが見えた。だが、その顔が左から出ていて、横を向いている。しかも視界の左半分は二つの山が陰を作っている。頭を少し動かすと、頭の後ろに柔らかい弾力を感じる。
視線の動かすと薄暗い灰色の空が見える。その灰色の雲の向こうにぼんやりと太陽が見えた。空と同じようにぼんやりしていた意識が次第にはっきりしてきて、思考も戻ってきた。そこで始めて、自分が横たわっており、ディアナの膝枕に頭を乗せているということに気がついた。
「ああん!」
アーティスは上半身を起こしたが、起き上がる時にディアナのふくよかな胸に顔がふれ、ディアナが艶めかしい声を上げた。
「ああ、すまん」
アーティスは頭をひねり、ディアナの方を振り返ると器用に頭を下げた。ディアナは両手でふくよかな胸を抱え、こちらも器用に腰をひねった。
複雑な顔をして軽く頭を振るとアーティスは立ち上がった。腰の直剣は無傷で鞘に納まっており、青の聖剣もすぐ傍に長い剣身を横たわらせていた。アーティスはかがんで、聖剣の柄を握り、軽くブンと振ってから、背中の鞘に納めた。聖剣にも特に異常は感じられなかった。倒れていた位置からずっと握っていたのだと思う。
その様子を見てディアナの方はつまらなそうな顔をしてからゆっくり立ち上がり、屈んで足の砂を払った。
アーティスは辺りを見回した。正面に緑に彩られた山が見え、そこからすぐ近くまで緑や黄色の絨毯のような森林が伸びている。左右を見ると砂浜が広がっており、そこかしこに人影が見える。鎧姿の者や白い神官の衣装、魔法士らしきものなど、十人以上の人が見受けられた。振り向けば、風で白波が立っている海が広がる。船の姿は見えなかった。大海魔の姿も見えない。
どうやら、グラナダ島にはたどり着いたようだ。だが、ヘプターニの軍船は沈められ、
魔獣の島に打ち上げられた。遭難という文字がアーティスの頭に浮かんだ。
「君は大丈夫か?」
「髪が濡れちゃったし、体もベタベタするし、喉が痛いし、大丈夫じゃないわよ」
そう言ってディアナは束ねた赤い髪をほどいた。濡れた髪がバサリと落ち、毛先から水滴がしたたり落ちた。ディアナが両手で髪をはじくと、水滴が散って、アーティスにも降りかかった。
「おい!」
「あ、ごめん、ごめん」
全く悪びれた様子もなく、ディアナが笑う。アーティスはあきれて、上目遣いで「はあ」とため息をついた。深刻にならないように適度に息を抜くのがディアナの気遣いであるのは知っている。だが、時々抜けすぎるのが玉に瑕だ。
周囲を見回すと、同じように浜辺に打ち上げられた人影が呆然と立ち尽くしているのが見えた。その中で目立つ赤い鎧を着た男が立ち上がった。兜はかぶってないが、胸、腕、足と鎧を着けている。顔が見えて、ゲオルグ・ルーシュタインと知れた。先ほどの沈んだ軍船に乗っていた第2海士団長である。そのそばに2人の兵士がいた。同じように鎧姿だが、鎧の色は白だった。重い鎧を着けたまま海を渡れたのは奇跡に近い。さすがに海士というところか。
その向こうに黄色い上着を着た魔法士らしき男が見えた。右に目をやると、白い衣装の神官らしき女と男が見える。そのほかにも2-3人ずつ何組かの人影が確認できた。兵士が10人ほど、神官風が3人、魔法士が3人、アーティスたちをいれても20人程度の人数が生きてこの浜辺にいるようだ。
それぞれが自分の無事を確認するとお互いに顔を見合わせ、自然とゲオルグの方へ近づいてきた。アーティスとディアナの近くは避け、ゲオルグの近くに不安な顔で集まっていく。
「無事なのはこれだけのようだな」
皆が集まると、確認するように赤い鎧のゲオルグがため息交じりにつぶやいた。出航した軍船は3隻、それぞれに30人以上の兵士と数人の神官、魔法士が乗船していた。1隻は予備兵力として外洋に残してきたが、2隻はこのグラナダ島に近づいたところで、大海魔に掴まり、2隻とも撃沈。他に流れ着いているかも知れないが、人数も現状で見る限り半数以下に減ったことになる。
ゲオルグとしては、その責任を痛感するともにその復讐に血がたぎる思いだった。だが、魔物オーセグを力を目の当たりにし、人知を超えた存在に対する畏怖も芽生えていた。これまで幾度となく戦ってきたが、すべて人間相手であり魔物と戦った経験はない。初めて見た巨大な魔物にただただ驚くばかりだった。
だがー。
「お前は何者だ?」
ゲオルグがアーティスを指差した。
船が魔物に襲われたと思ったら、突然海が凍り、その上をこの男が走ってやってきた。その上いきなり船上に乗り込んできて、魔物の触手を切り落とした。ゲオルグの剣ではかすり傷しか付けられなかった触手をいとも簡単に切り落としたのだ。その後も一時的だが魔物を氷付けにし、動き出せば再度触手を斬り落とした。剣士の出で立ちだが、魔法も使えるのか。魔物を撃退しようとしていたようだが、味方とは限らない。
「人に名を尋ねるなら、名乗る方が先だろう」
ゲオルグの高圧的な訊きようにアーティスも反発するようにやや声を荒げる。相手の名前は知っているが、ここは知っていても返し言葉というものがある。
ゲオルグがムッと顔をゆがめた。一瞬の沈黙の後、息を吸いゲオルグが口を開く。
「わたしはゲオルグ・ルーシュタイン。ヘプターニ海士団長を勤めている」
吐き捨てるように言うとゲオルグはアーティスを睨んで、続けた。
「我々は魔物を退治するために派遣されたが、このざまだ。だが、私には彼らを守る義務がある。そのためには君らが何者なのか、知る必要がある」
ゲオルグ以下、皆の視線がアーティスとディアナに注がれる。
「私はー」
「私はディアナ。この人はアーティス」
口を開きかけたアーティスを制するようにディアナが少し前に出た。ディアナとしては海賊であることは隠す必要があったので、アーティスが余計なことを言わないように割って入った。本来なら身分を明かさなければならないが、ディアナはそれを避けるために爆弾とも言える言葉を吐いた。
「アーティスは聖剣士なの」
さりげない口調でディアナが告げた言葉を皆はすぐに意味が理解できなかった。ほんの一瞬の間が空いて、ディアナとアーティス以外の目が驚きで大きく開かれた。
「聖剣士、だと?!」
ゲオルグが皆の思いを代弁して怒鳴るように言った。一部の者は口を開きかけてそのまま固まっていた。
ゲオルグがアーティスの顔と腰の剣を交互に見る。確かにこの剣で大海魔の足を切り落とした。それが聖剣ならば、あり得ることだ。もちろん聖剣がこの世にあることは知っている。だが、ゲオルグたちにとって、聖剣の存在は伝説の中でしかない。剣も聖剣も聖剣士も実物を見るのは初めてであった。
伝説では聖剣は六振り作られたことになっている。古の時代、まだ人が神と会話が出来ていた頃、魔物が現れ地上を席巻した。魔物たちは強力で、肉体的に劣る人間たちは逃げ惑うしかなかった。人が作った剣や槍では魔物を倒すことは適わない。まだ魔法や聖具が知られていない時代だ。神は人間界に直接手を下すことはしなかったが、代わりに魔物と戦う為の戦具を与えた。それが六振りの剣だった。
伝説は云う。太陽神アルーラを含む12神たちは話し合い、魔物を倒す力を人間に与えることを決めた。戦神シルフォルンが神の僕である竜たちの鱗を集め、それを鍛冶神ヘルオコスが鍛えて、剣の形とした。運命神タイフォンがそれぞれの剣の力を定め、大地神ソロ、海神ブレガン、風神ヴレガンらが、その力を剣に封じた。
こうして作られた六振りの聖剣は地上に来臨する。だが、聖剣の力は強大過ぎて扱える人間がいなかった。そこで、神々は剣の元となった竜の力と呼応する気脈を6人の人間に与えた。その6人は聖剣士と呼ばれ、聖剣の力を使って魔物たちを圧倒し、人間の世界を守った。魔物たちは闇の世界に追いやられ、人の世に平和が戻った。
しかし、その200年後、魔物たちは再び人の世に現れた。だが、このときも聖剣によって退けられる。それから3度魔物が現れたが、いずれも聖剣の持った人間が勝利した。最後に魔物が現れたのが、今から207年前のこと。5人の聖剣士と共に戦った白の聖剣士フェリアス・カナーンが魔物を封じ込め、3年続いた戦いに終止符を打った。フェリアスが初代皇帝として荒れた世界を統一し、共に戦った聖戦士を含め13人の仲間にそれぞれの国を定めて封じた。それが現在に至るファルアニア13国である。
伝説では六振りの聖剣が作られたが、現在の世に知られているのは三振りのみ。一つはフェリアス・カナーンが持っていた白剣ラング=リスベック。これはフェリアス以来、皇帝の証しとして、常に皇帝の傍にある。
もう一振りは、隣国ガイデスメリアの聖剣士スルフォン・ソマが所持する碧剣グラン=サイバー。さらにもう一振りはテルアーナの聖剣士フェリス・アリア・コンティアナが持つ紅剣カルス=ビンガーである。
残りの三振りは行方知れずと言われていた。聖剣はそれを所持する器量を持つ者の元にある。だが、それは必ずしも血筋だけではない。何が必要な条件なのかは誰にも分からない。いつの世も該当者が常にいるとは限らなかった。
聖剣を持つにふさわしい人物がいない場合は、どうやってかそれぞれの元になった竜の元へ還ると伝えられていた。竜族の寿命は1000年も2000年とも云われ、不老不死であるとも云われている。だが、竜は人間界に関心を示さず、何処かに隠れ生きていると言われており、竜を見た人間はほとんどいなかった。したがって、聖剣が竜の元にあるのかは、実のところ誰も知らないのだった。しかし、魔物が現れるときには、自然とその持ち主になるべき者の元に聖剣がもたらされると伝説は語っていた。
いずれにせよ、六振りの聖剣はそのような伝説と歴史を織りなしてきた。そして、現在は三振りの剣が存在していることは周知の事実であった。
ここで、目の前の男が聖剣士を名乗り(ディアナがそう紹介しただけだが)、聖剣を持っているとすれば、それは所持者が知られていない4本目の聖剣ということになる。ゲオルグたちは誰も現在の聖剣士3人を見たことがないが、名前から判断すると既に知られている3人の誰でもない。
「それは本当か?」
ゲオルグが不安と期待とをない交ぜにした曖昧な口調でアーティスに質問した。
アーティスは一度視線を上空に上げ、ゲオルグに視線を戻すと小さく頷き、背中にある剣の柄を握った。
「これは聖剣ビス=グランサーだ」
ようやく島に到着しました。
ちょっと今回は説明が多くて読みづらかったかも知れません。
ここまで読んでくれている方なら、問題ないでしょうが。
さて、これから本番ですが、大海魔オーセグはどうするんでしょうね。




