008:海の魔物
おまたせしました(いつものことだけど)。
海獣登場です。
お楽しみいただけると良いのですが(いつものことですが)。
アーティスが軍船にたどり着いたときには、既に巨大な触手が軍船に絡みつこうとその先端を海上に突き出していた。
凍らせた波の道は狙い取り軍船の船尾に届いていた。その船尾まで駆け抜けると、走る勢いで飛び上がり、軍船の船尾に飛び乗った。ドンと船上に降りると、肩に載せた聖剣を両手で握り、背中まで振りかぶる。二歩船上で軽く跳ねると、3歩目で宙に飛び上がった。
飛び上がったアーティスの前に船を捕らえようとする触手がそそり立っていた。人の胴ほどの太さの触手に向かって、最大に振りかぶった剣を振り下ろす。先端に水の最小単位を並べた水刃で青白く光る聖剣が触手に食い込む。落下する勢いも加えて、渾身の力で聖剣で押し斬った。
触手がずるっとひずみ、切れた部分から折れるように倒れていく。少し遅れて、切り口から青い液体が噴水のように噴き出して船上と海上に雨のように降り注いだ。「オオーン」と悲鳴のような低く鈍い音が海中から響いてくる。
斬れた触手はドボンと海に落ち、海水を大量に跳ね上げ、甲板を濡らした。その衝撃で船が揺れ、アーティスは濡れた甲板に足を押しつけるようにして踏ん張ってこらえた。
「アーティス!」
船の外から声が聞こえ、アーティスが首を回らすと、白い氷の上で駆け寄ってくるディアナが見えた。必至の表情を浮かべたディアナの後方では、氷の道がディアナを追いかけるように崩壊が迫っている。
ディアナがチラリと後方を振り返り、さらに走る速度を上げた。氷で出来た波の道は崩壊の速度を増し、海に戻っていく。
「ディアナ!」
アーティスは揺れる船体の舷側に駆け寄り、ディアナに向けて手を伸ばした。ディアナの碧眼とアーティスの黒瞳の視線が交叉する。
「アーティス!!」
ディアナがその手に向かって飛び上がった。アーティスの右手の方へ左手を伸ばす。体をひねるようにしてさらに左腕を伸ばすと、その手首をアーティスの右手ががっちりと握った。ディアナもアーティスの手首を握り返す。ぐいっと空中に引き上げられた。ディアナの視線がアーティスと同じ高さになった時、既にディアナの足下にあった氷の道は海中に崩れ落ちていた。
アーティスに引き上げられると、ディアナの体は宙を舞い、アーティスに向かって落ちていく。アーティスの顔にディアナの顔が近づいて行くが、アーティスが左手に持っていた聖剣とディアナの右腰に佩いた聖具剣の柄とがぶつかってガチャリと鳴って反発した。そのせいで、ディアナはアーティスの前にストンと降り立ってしまい、アーティスの胸に飛び込み抱きしめてもらうというディアナの目論見は崩れた。
「チッ」
ディアナが小さく舌打ちした。
「危ないだろ?! 何で来た!」
ディアナの舌打ちを無視して、アーティスが真顔で声を荒げる。半リルク(約40センチメートル)の距離で怒鳴られディアナはちょっと引いたが、左手を腰の剣柄に当てて笑顔を見せた。
「私を連れて行くって約束したでしょ」
ディアナは勝ち誇ったように胸を張り、対面するアーティスは顔を伏せ左右に頭を振った。
「お前たち!」
左側から声がして、アーティスはその方へ顔を向けた。肩から足先まで鎧をまとった男が近づいて来る。背の高い偉丈夫で、濡れた鎧がガシャガシャと音を立てている。目は鋭く、突然現れた男女を訝しんでいるようすだ。
その男の顔にアーティスは見覚えがあった。ラファンドの港で見かけたヘプターニの軍船の前にいた金髪の偉丈夫。歳はアーティスとあまり変わらないぐらいだと思うが、海に灼けた精悍な顔付きをしている。ゲオルグ・ルーシュタイン。ヘプターニの第2海士団長だとカッシュが教えてくれた男だった。
「・・!」
そのゲオルグが何かを言おうとした瞬間、船が大きくグラリと揺れた。
「なっ!」
立つのが難しいほどの角度で、アーティスを始め、皆が左舷側へ滑っていく。
「ああーっ!」
数人が舷側の手すりを越えて青い海に墜ちていくのが見えたが、手を差し伸べる余裕もなかった。
ガンッ。
アーティスは聖剣を甲板に突き立て、落下を食い止める。さらに右腕を伸ばして、ディアナの腰を捕まえた。
その隣で、ゲオルグが同じように床に剣を突き立て、自身の体重に抗っていた。彼の場合は自分の重さとそれ以上の鎧の重さが加わっている。かなりの重量がかかっているはずだった。だが、それでも両手で握った剣一本で耐えて見せた。余程の訓練を重ねてきたか、頑丈な男だ。
左舷側に傾いたため、右舷側にいたものは何かにどうにか掴まって助かったが、左舷側のいた者はアーティスたちのように咄嗟に留まった者以外は海に放り出されてしまった。何人落ちたのかは分からないが、魔物がいる海に落ちて助かる者は少ない。
傾きはすぐに収まって、すぐに回復した。軍船の性能の高さに驚嘆する。丈夫なだけではないようだ。戻りの揺れで多少揺れはするが、何とか平衡を保ちつつあった。
だが、安全ではなかった。船首に青白い触手が2本立ち上がってきた。水中からまっすぐに伸びた触手は、尖った先端を船首の甲板を狙って振り下ろそうとしていた。
「チッ!」
軽く舌打ちして、アーティスは船首に向かって駆け出した。走りながら頭上に掲げた青い聖剣をくるりと一回転させる。船首に達すると、ガッと船首の手すりに右足を掛けた。そのアーティスに向けて2本の触手の先端が迫る。海中にいるであろう海の魔獣を見つめ、振り上げた剣を柄頭を下げるように剣を下ろす。聖剣ビス=グランサーの長い剣身から一瞬目が眩むような青い光が放たれた。
次の瞬間、振り下ろされようとした触手が突然止まった。触手の周りに透明な氷が張り付き、触手の根元へ向かって凍ってゆく。さらに氷は海に達するとその海をも凍らせ、瞬く間にその一帯が氷結していく。気がついたときは船の前方が一枚の絵画のように凍って静止していた。
「何だ・・。何が起こった・・・」
ゲオルグは声を漏らして、氷の風景の中心にいる男を見つめた。海が、それも魔獣ごと凍ってしまうなどという情景は、もちろん初めて見た。こんなことが起こるとは信じられない。まるで夢のよう。いや、夢でも見ることはないだろうと思う景色だった。
アーティスは、船首に足を掛けたまま「はあーっ」と大きな息を吐き、剣を下ろすと船首から足を離してそのまま後退った。三歩ほど下がって、凍り付いた触手を見上げる。まるで彫像のようなそれは、最初からそこにあったように動かない。
とりあえず時間稼ぎは出来るだろう。これだけの巨体を倒すのは容易ではない。切り刻むしても、本体は海の中でどれほどの大きさかも分からない。倒す算段を考えねばならない。
アーティスは大剣を背中の鞘に戻すと、振り返った。ゲオルグがゆっくりと近づいてくる。
「お前は何者だ?」
その体格に似合う低い声でゲオルグが訊いた。これだけのことが出来るのは強力な魔法士か高位の神官か。だが、目の前の男は明らかに剣士の出で立ちだ。
「おれはアーティスという・・・」
アーティスが名を告げたとき、頭上でピシッと何かが割れる音がした。
ピシッ。ピキッ。キシッ。
悪い予感がしてアーティスは頭上を見上げた。その上には氷に包まれた巨大な触手の先端が天に向かってそびえ立っていた。見上げた顔に白い粉ようなものが降りかかる。頬に当たったそれは、冷たく、そして溶けて頬を流れた。
「まずい・・・」
氷が割れる音が次第に大きく、数を増していく。触手がゆらりと動き出し、氷が溶けていくのが見える。船首の先で凍っていた波の形に亀裂が入り、ゆっくりと溶け、海水に戻っていく。
早すぎる。聖剣の聖力をかなり使ったはずだったが、その術は文字通り解凍されていた。永久に閉じ込めることは無理だと分かっていたが、もう少し時間がかかるはずだった。さすがは『大海魔』というところか。アーティスが持つ聖剣ビス=グランサーと同じように水を操る能力の持っているのかも知れない。同じ特性だとするとやりにくい相手だ。
触手の一本が大きく揺らぎ、右舷の方から船に近づいてきた。
「伏せろ!」
触手の動きを見て取ったゲオルグが鋭く叫ぶ。その声で、甲板上の全員が床に倒れ込んだ。その上を太い触手が横殴りに通過していく。後頭部の髪が通過していく風を感じた。
「わあっ!」
床に伏すのが遅れた一人が触手の殴打で甲板の外に叩き出された。
「くそっ!」
海に落ちてゆく男を見つめながらゲオルグが悔しそうに床に拳を叩きつける。
アーティスは立上り、素早く身を翻して、甲板上を再び舳先の方へ走り出した。悔しがっている暇もない。もう一本の触手が舳先から船に向けて振り下ろされようとした。
その太い木の幹のような触手に向かって構えた青い長剣を下から上へ斬り上げる。ザグッと鈍い音がして、触手が2つに分断された。青い血が噴き出し、甲板上に散った。根元から離れた触手は一度甲板上に落ち、そこから跳ねて、船の右舷の方へ飛び出し、高波の海へ落ちていった。海上に水柱が立ち、軍船は左右にぐらりぐらりと大きく揺れ、立っていることが出来ないほどだった。
斬られた触手の根元の方はずるずると海中に沈んでいく。没していく触手を見て、船上では歓声が上がった。兵士や魔法士たちは笑顔になり、神官は安堵の表情を浮かべた。
だが、アーティスは表情を変えなかった。むしろ厳しい表情で辺りを見回す。船の左舷は相変わらず高い波に覆われた海が広がる。右舷の方には大きな島が見えていた。島の輪郭も色もはっきり分かる。グラナダ島である。いつの間にか流されて、かなり近づいていたようだ。泳いでも渡れるぐらいの距離だ。
笑顔のディアナが右から、苦い顔をしたゲオルグが左の方から近づいてきていた。ディアナとゲオルグが同時に口を開き、何かを言おうとしたとき、ザパーンと海を割る音がして、舳先の前に再び触手が現れた。それを目の当たりにしたディアナとゲオルグの表情が驚愕に変わる。
さらに左舷に2本、右舷にも1本触手が出現する。
アーティスは一瞬目を閉じて天を仰いだ。
伝説によれば、大海魔は円筒形の身体に長い触手を12本持つという。アーティスが斬ったのは2本。残りまだ10本も触手がある。魔獣が傷みを感じるのかどうかは分からないが、2本斬られたことで諦めるとは思えない。そして、良くない予想は大抵当たるのだ。
4本の触手がそれぞれの方向から船に絡みついた。帆柱が折れ、船室の上部が力に耐えかねて、ぐしゃりと潰れた。だが強固な軍船はそれだけでは壊れず船体は無事だったが、巻き付かれた震動で上下左右に揺れる。触手は無数に付いた吸盤を船の甲板や側面に貼り付かせて船を抱きかかえるように捕まえていた。
船首がガクッと揺れた。アーティスたちは船の帆柱や手すりやロープに掴まって、揺れに耐えていたが、それだけで精一杯だった。大きく揺れる船体にしがみつくのがやっとで反撃する程の余裕はなかった。
「アーティス!」
右舷の手すりに掴まったディアナが叫んで、アーティスの方へ右手を突き出した。水しぶきがかかり、頭からずぶ濡れになっていたが、そんなことを構う余裕はない。
アーティスは船の中央の帆柱に掴まっていたが、帆柱の上部は船尾の方へ折れ曲がっていた。アーティスは船の揺れを利用して、ディアナがいる右舷の手すりに体を滑らせた。ディアナの後の方には同じようの手すりに掴まるゲオルグの姿が見える。
アーティスは何度も降りかかる海水を避けながら、手すりを伝いディアナに近づく。
船は船首の方にかなり傾いていた、触手が船体を放さずに押さえ込んでいる。船をまるごと沈める気らしい。これほどの軍船を引きずり込むとは恐ろしい力だが、そんなことに感心している場合ではなかった。
「あそこまで泳げるか?!」
アーディスは声を張り上げて、ディアナに問うた。何度も降りかかる波の音が大きく、大声でないと聞こえない。
「もちろん!」
アーティス示したグラナダ島をチラリと見て、ディアナはうなずいた。このままでは船と一緒に沈められてしまう。助かる可能性は、島まで泳いで逃げることしかなかった。
「よし! 行くぞ!」
アーティスが声を掛け、二人は船の揺れを利用して、海に飛び込んだ。荒れる海に抵抗して、海上に頭出す。波が高く体が思うように浮かせられない。海水が鼻に入って痛む。
「ディアナ!」
アーティスが同じように浮き上がった紅い頭を見て叫んだ。
ディアナもその声に気がつき、振り向いて手を伸ばした。
「アーティス!」
お互いに手を伸ばし、手が触れたと思った瞬間大きな波が二人を飲み込んでいった。
今回の目玉、大海魔オーセグの登場です。
かなり苦戦してますね。
どうやって倒すんだろうか(実はまだ明確に考えていない)
さて、いつもことですが、感想やご指摘をいただけると非常にうれしいです。
もちろん、☆やいいねでもありがとうです。
よろしくお願いします。




