007:遭遇
お待たせしました。
最初の頃に書いたと思いますが、遅筆なものでご勘弁ください。。
静かな航海だったが、結局2日半を費やし、ようやくグラナダ島の近海に船を進めることが出来た。グラナダに近づくにつれ雲の量が増えていき、悪天候と共に不安も増していった。果たしてグラナダ島が視認できる辺りまで近づくと海のうねりが増し、船の運航に支障が出てきた。
「姉御! 船がいる!」
マストの上の監視所から声が飛ぶ。
「やばい!!」
甲板にいる全員の目がグラナダ島の方向に向く。その島の手前に船が2隻止まっていた。距離から考えるとかなり大きな船のようだ。
「あれは・・!?」
アーティスの隣で望遠鏡を覗いていたディアナが声を上げた。
アーティスはディアナから望遠鏡を借り、覗いてみる。望遠鏡は2本の筒から出来ており、それぞれにレンズが付いていて2本の筒を動かして伸ばしたり、縮めたりして焦点を合わせるようになっている。
二重になった筒を少しだけ伸ばすと、丸いレンズの中に上下逆になった船が見える。一瞬違和感で頭がクラッとするが、すぐに頭を切り替える。
船が2隻、かなり大型の船だ。船の側面は鉄の板で覆われ、船首も先が尖った槍のような形をしている。帆柱の上にはヘプターニの国旗がはためいている。ヘプターニの軍船のようだ。
その2隻のうちの前を行く1隻がやや傾いている。船首の方が低く、船尾が高い。その船首の辺りに何やら長い綱のような物がうねっているのが見えた。船の大きさから考えて、とてつもなく太い綱だ。人の胴回りと同じくらいの太さに見える。遠いのではっきりとは分からないが、その綱には無数の丸い物が付いている。それが吸盤だと気付いたときに、その綱状のものの正体を思いついた。
「海の大魔!!」
アーティスは思わずその魔物の名を叫んだ。
「オーセグ、だと・・」
周りの船員が呪詛のようにその名を繰り返す。
大海魔。それは、船よりも大きく、長い触手で船を捕らえ深海に引きずり込むと言われる伝説の海の魔物。円筒形の胴体の先に、胴体よりも長い12本の触手が付いている。突然深海から現れ、その触手で船を絡め取り、海に引きずり込む。船はなすすべもなく破壊され、溺れた船乗りを食べてしまうという。船乗りにとっては、『最悪』と同義の魔物であった。
「やばい! やられた!」
帆柱の上で望遠鏡を覗いていた男が叫ぶ。
見れば、巨大な触手に絡みつかれた船体が真ん中で真っ二つに割れた。オーセグが絡みついている船首の方はその怪物と共に海の中に没する。帆柱も折れ、残った船尾の方もゆっくりとだが沈んでいくのが見える。沈み行く船から人が落ちるように海へ飛び込んでいる。
海賊船は船速を下げずにいたので、肉眼でもその船尾の沈没の様子が見える距離まで近づいていた。あまりの光景に百戦錬磨の海賊たちも息を飲み、沈黙していた。
船尾の方がほぼ垂直になり、その半分ほどが見えなくなった時、突然、海中から長い触手が水しぶきと共に空中に飛び出して、残りの船尾に絡みついた。船尾が見えなくなるほど数本の触手が絡みつきそのまま再び海中へと潜っていく。
船一隻が海中に消え、一瞬水面が静かになった。大海魔の姿も見えなくなった。
船腹に装甲を施した強固な軍船があっという間に沈められた。魔物の恐ろしさをまざまざと見せつけられた光景だった。
「船を止めろ!」
「やばいぞ!」
「逃げろ!!」
マセルトーラの船上は一気に騒然となり、怒号が飛び交った。あんな魔物に捉まったらひとたまりもない。かつて見たことのない光景に、さすがの海賊たちも騒乱状態に陥っていた。
「慌てるんじゃないよ!」
よく通る凜とした声が船上に響き渡った。一瞬にして男たちの動きが止まり、船上の喧騒もピタリと治まった。全員の目がディアナの方を向く。ディアナは何故か沈んだ船と反対側の海を見つめている。その隣にいるアーティスも同じ方向を向き、右手で背中の聖剣の柄を握っていた。
「静かにしな」
意味深にディアナが左の人差し指を立てて唇に当てる。ディアナの様子に異常を感じ、誰も動かなかった。綱を持ったまま、剣を抜いたまま、足を上げたまま、口を開いたまま、船上が凍り付いたように静止する。
右舷の端にいた船員の一人が、静かに腕を動かし、船の右側の海中を指差した。全員の目がその指差す方向に視線を投げる。
その指の先の青い海の中に黒い物体が見えた。静かに波も立てずにその物体が近づいてくる。黒い何かが海中を泳いでいた。近づくにつれてその黒い物体は大きさを増していく。波も立たない深い海中にも関わらず、その物体は船よりも大きかった。それは船の右舷に達し、船の下を進んでいく。誰かの喉がゴクリとなった。その音に驚いて、幾人かが「シー」と静かに抗議の声を上げる。
黒いモノは静かにゆっくりと船の下を進んでいく。左舷にその黒い先頭が見えた。だが、まだ左舷には黒いモノが見える。波の音以外聞こえない静寂の中、その黒いモノは、船の下をくぐり抜けた。どのくらい時間がかかったのかは分からなかった。短いようでもあり、長い時間だった気もする。
黒い物体が離れていき、誰からか「ほっ」と安堵のため息が聞こえた。黒い影は船の底を抜けた後、そのまま過ぎ去っていく。
いつの間に右舷に回り込まれたのか、距離を考えると恐るべき速力である。いかに高速を誇るマセルトーラでも、この速度から逃げ切るのは難しい。捕まれば確実に死が待っている。
船員たちは胸をなで下ろし、最悪の事態が去ったのを確認した。
「あっちがやばい」
船員の一人が左舷の先を指差した。今の黒いモノが行き過ぎた先には、もう一隻、先に沈められた船に同行していた軍船がいる。黒い影は静かに、だが高速で海中を進んでいた。明らかにその船を狙っている。船上では鎧に身を包んだ兵士たちが右往左往している。怒号と悲鳴が聞こえる。白い衣装の神官らしき者たちも見え、何か祈りを唱えているように見えた。
「行くか!」
アーティスが気合いと共に背中の直剣を引き抜いた。青い刀身のそれは一般的な直剣より長く、長さは1リルク半(約1.7m)はあろうかという長剣だった。長さのせいで細身に見えるが、決して脆い造りではない。刀身は全体が薄い青色の光に包まれており、聖剣にふさわしい輝きを放っていた。
アーティスはその聖剣を頭上に振りかぶり、海中の魔物が進んでいった方向に向けて、一気に振り下ろした。
「はっ!」
左舷の海上でさざ波が立ち、白い波頭がまるで大津波のように盛り上がる。その波が最頂点に達したと思った瞬間、波がその形のまま静止した。氷の波頭はどこまでも続き、2ガバ(約200メートル)先の軍船までの間に、堤防のような氷の道を形作っていた。
これだけの距離の波を一瞬で凍らせるとは、聖剣のなせる技か。あまりにも突然で、強大過ぎて、知覚が伴っていかなかった。何が起こったのか、その技を放った一人を除いて、すぐには誰も理解できなかった。
そんな者たちを尻目にアーティスは船舷に足を掛け、その凍った波頭の上に飛び降りた。聖剣を右肩に担ぐと、海賊船に振り向いた。
「お前たちは、すぐにここを離れろ!」
そう叫んで、アーティスは剣を担いだまま、氷の道を走り出した。その先では、海中から長い触手が飛び出し、軍船に襲いかかろうとしている。
アーティスの声に船員たちは思い出した。青い聖剣は、その色が示すとおり、水を自在に操れるということを。ただ、目の前で見せられた情景は想像を絶していた。だが、その一方で聖剣の力があれば、魔物を倒すことが出来るということも信じられる気がした。
「アーティス!!」
ディアナがその背中に叫んだが、アーティスの耳には届かなかったようで、青い剣を背負った剣士は襲撃を受けている軍船の方へ駆けていく。
その姿を見たディアナはためらいもせずにその氷波の道に飛び降りた。
「姐さん!」
今度は船員の一人が叫んだ。頬に傷のある40絡みの男だ。マッコイというトリスタン・トリクタンでも最古参の男で、ディアナを娘のように思っている。
ディアナは氷道の上でアーティスと同じように振り向いた。
「あんたたちはここから離れな!」
「でも!」
「大丈夫。海が落ち着いたら、迎えに来てちょうだい!」
ディアナは左手に持った白い鞘の剣を頭上に掲げて叫んだ。
「さすがに泳いでは帰れないからね」
ディアナはにっこりと笑いを浮かべた。その足下で氷の道が崩れだしていた。海賊船から軍船に向かって伸びた氷の道はマセルトーラに近い方から少し形が変形してきており、その頂上から溶け始めていた。
その足下を見たディアナは、再度船に声を掛けた。
「分かったわね! よろしく!」
そう叫ぶと、踵を返して走り出す。氷の道はその後を追うように崩れていく。
「姐さん・・」
マッコイは遠のいていくディアナの背中を目で追った。その先に視線を上げると既に軍船に近づきつつあるアーティスの姿が見えた。
(アーティスの旦那、姐さんをお願いしますぜ)
マッコイは一度眼を閉じて念じると、すぐに振り返った。
「面舵! 一旦この海域を離れるぞー!」
マッコイは叫んだが、船員たちの返事はない。まだ、状況に戸惑っているようだ。
「姐さんの言葉を聞いたろ。姐さんがいないうちにこの船を沈めたら、姐さんに怒鳴られるぞ!」
その言葉で、船員たちの顔に血の気が戻ってきた。
「よし! 面舵だ! 最速で行くぞ!」
「おう!!」
全員が声を上げ、拳を掲げた。そこから先の動きは速かった。荒くれ者だが全員が自分の仕事を知っている。てきぱきと男たちは働き、帆を上げ、舵を切った。
マセルトーラは崩れゆく氷の道を尻目に荒波を押しのけて遠ざかって行った。
ようやく魔物と遭遇ですが、なかなかに巨大です。
もう怪獣映画状態です。
果たして、この魔物を聖剣は倒せるのか。乞うご期待(笑)。




