006:航行中2
前回の続きで、ディアナとアーティスの話しが続きます。
この連休でもう少し早く投稿する予定でしたが、予定は未定、ということで予想通り(?)遅れました。
二人の会話を楽しんでいただければと思います。
「いやー」
アーティスは明らかに困った顔をして、首を横に振った。魔物と戦うことになるのは必至で、魔物に通常の剣や槍では効果が無い。いかにディアナが強いと言えども危険すぎる。
そのアーティスにディアナは不敵な笑いを浮かべる。
「大丈夫よ」
自信ありげに言って、ディアナはアーディスに人差し指を立てて見せた。
「面白いものを手に入れたの」
ディアナは席を立ち、椅子の後ろの方の壁へ姿を消した。
数瞬後にディアナは一本の直剣を携えて現れた。白い剣は無粋で赤いドレスにはそぐわないが、ディアナは得意そうに微笑みを浮かべている。
「今の貴方ならわかるかも」
ディアナはその剣をアーティスに差し出した。
訝しげな表情でアーティスはその白い鞘の剣を受け取り、しげしげと眺めた。鞘は全体が白く塗られ、金糸の装飾が施されている。上等そうな造りだが、それ以外は特に特筆すべきところはない直剣に見えた。ただ、柄を握ると手に痺れたような感覚が走る。
確信を持ってアーティスは剣を鞘から抜いてみた。見た目は何の変哲もない直剣だった。だが、アーティスの眼には、剣刃にまとわりつくような銀色の輝きが見えていた。
「これは・・・」
“聖具”。魔法士が剣に聖力を込めて作った聖力の剣。アーティスが持つ聖剣とは違うが、魔物に対抗できる聖魔具であった。どこの魔法士が作ったものかはわからないが、かなりの聖力を携えられている。
「どう? いいでしょ」
「ああ・・」
アーティスは剣を鞘に戻し、ディアナに返した。
「聖具剣だな」
確かにかなりの聖力が込められている聖具だった。扱う者と波長が合えば、強力な武器になるだろう。もちろん、魔物を倒すことも可能だ。
「こんなものをどこで手に入れたんだ?」
アーティスが疑問を投げかけると、ディアナは何故か天上に視線を上げた。
「う~ん、まあ、なに、・・ちょっと仕事でね・・・」
口ごもるディアナにアーティスが目を細めて訝しげな視線を送る。
仕事というのは海賊行為で、っていうことだとアーティスは理解した。奪ったとは言いがたいわけだ。もっとも、アーティスにとってはどうやって手に入れたかはこの際関係がない。
「使ったことはあるのか?」
「振ったことはあるわよ。なかなか良い感じだったわ」
「なるほど」
剣に拒否されてはいないようだ。
聖力や魔力はそれを持つ人間によって性格があり、使う聖魔具との相性がある。相性が悪いとその力を十分に使うことが出来ない。最悪の場合はそれを持つだけでも違和感を感じ持つことすら出来ないことがある。魔物相手にどの程度使えるかは未知数だが、まったく使い物にならないわけではなさそうだ。
「どう、私を連れて行けば、役に立つわよ」
鞘をかぶったままの剣を胸の前に突き出し、ディアナが得意げに微笑んだ。赤いドレスだったが、剣を構える姿はさすがに様になっている。剣の腕前は問題ない。確かに聖具剣を使えれば、戦力にはなる。
「そうだな」
アーティスは剣を見つめて肯定した。
ディアナがこの剣を手に入れたのは、偶然だった。アーティスの想像通り、怪しい船を拿捕したときにその船倉から見つけた物だ。それを持ち込んだ商人によれば、ヘプターニの山中で放置された城から発見されたもので、持ち主はわからないということしだった。所有者がいないのなら、誰が持ってもいいわけだ。ディアナは他の戦利品と分けてその剣を自分の部屋に運び入れた。
それが手に入ったことは、ディアナにとっては僥倖だった。
グラナダ島に魔物が現れ始めたのはほんの数ヶ月前のことだ。最初は島の中だけだったが、その後海上にも海を泳ぐ魔物が現れ船を襲い出した。近海を航行する船が襲われ、被害が相次いだ。
海上輸送の安全を守ることを信条にしているトリスタン・トリクタンとしては、放置するわけにはいかなかった。だが、魔物相手に普通の剣や槍では傷を付けられても致命傷は与えられない。聖力か魔力を持った武器が必要だった。
そんなときにこの剣が手に入った。さらに聖剣士となったアーティスと再会するという奇遇が重なった。まさに天啓としか言えないことが起こったのだ。これは自分に魔物退治をせよということに違いない。ディアナはそう確信していた。
「聖具剣は1本だから、私だけ。足手まといにはならないわ」
アーティスはややあきれ顔をして、右手をディアナの方に向けた。
「分かったよ。ただし、命の保証はしないぞ。自分の身は自分で守れ」
「もちろん! でも、魔物退治は協力してくれるわよね」
「放って置くわけにもいかないからな」
「そうこなくちゃ」
ディアナは、おそらく10人中9人の男は勘違いするであろう笑顔で答え、持っていた剣を両手で掲げた。
3日後にはようやくカスタマーナ島の島影が視認できる辺りまで来た。そこで一旦船を止める。カスタマーナ島の東岸にあるヴェスラ港まで半ハーラ(約3キロメートル)という辺りである。
マセルトーラは海賊船と認識されてるので、さすがに港に堂々と乗り込むわけにはいかない。今回は拿捕した船を曳航してきているので、その船でヴェスラ港に向かう。操船出来る最少人数と乗客3人、一部の積み荷を載せて、『エンテルプライゼ』はマセルトーラから離れカスタマーナ島に向けて進み出した。マセルトーラはこの位置で停泊し、エンテルプライゼに乗っていった乗員を待つことになる。
乗客のうち、剣士風の女は残りたそうだったが、ディアナが丁重に説明して断った。剣士風の女は不服そうであったが、素性も分からないものを招き入れるわけにはいかなかった。もっとも素性が知れないという点ではアーティスも同じようなものだったが。
他の二人の男は特に異議はなく、むしろ商人風の男はカスタマーナに無事に着けることを喜んでいた。
海は凪いでいて、アーティスは甲板の上で、心地良い揺れと緩やかな風を楽しんだ。見つめる先に遠のいてゆくエンテルプライゼの船影が見える。
不意にディアナが隣にやってきて、同じように手すりに手をかけカスタマーナ島の方へ視線を送る。昨夜の赤いドレスではなく、白色の上着に茶色のスカート風の半ズボンといういつもの出で立ちだった。赤い髪は頭の後ろで束ねていて、その裾が風にゆらゆらと揺れる。
「君はいかなくていいのか?」
「大丈夫。みんな慣れているからね」
笑ってディアナは体を半回転させ、手すりに背をもたせかけた。
「こうしていると静かなんだけどね」
空と海を交互に見てディアナがため息交じりにつぶやいた。
白い雲がゆっくりと流れる空。さざ波が心地よい揺らぎをもたらす海。平和な時間が流れているこの地から90ハーラ(約500キロメートル)程離れた所では、魔獣が席巻している島があるとはとても思えない。海上を縦横無尽に駆け回ってきたディアナでも同じ海の上でこれほど状況が違うものかと思う。距離というものの意味を考えさせられる瞬間だった。海は広い。そう実感せざるを得なかった。
エンテルプライゼに乗ったトリスタン・トリクタンの乗員は、4ズーサ(約2時間)程で帰ってきた。ヴェスラ港からの返りは、手漕ぎのボートで、マセルトーラに装備していたものだ。乗員を引き上げると、ボートも甲板に引き上げられた。積荷はほとんどない。
港の組合には徘徊中の船を見つけたと報告し、報奨金をもらうだけだ。もちろん港の職員も事情を知っての対応だ。捕まえた海賊の連中は賊として扱われ、それなりの罰が与えられる。船と積荷は港の組合のものとなり、利益が得られる。個人的に利益を得るものもいて、組合としても損がない。わざわざ海賊だ!と叫んで大事にする必要はないのだ。
すでに出航の準備は出来ていて、マセルトーラはグラナダ島に向けて出発した。快速を誇るマセルトーラでも丸々二日はかかる。
行った先には魔物が待ち受けていることは必須なので、百戦錬磨の船員たちもやや腰が引けていたが、ディアナの一声で一気に表情が変わった。
「さあ、魔物退治に行くよ!」
紅い帆に風を受け、マセルトーラは静かに海上を走り始めた。
ようやくグラナダ島を目指します。
次回からは戦闘シーンもふんだんに入ると思います。
感想、指摘、イチャモン等などありましたが、よろしくお願いします。




