001:港町
お待たせしました(?)。
第2部の開幕です。
第1部は山中でしたが、今回は海に出ます。
お楽しみいただけるとうれしいです。
大陸の南西に位置するヘプターニはアルファムやテルアーナという北東側の国とは山脈で隔てられ、南側はハス=キロワ海が広がっている東西に長い国である。
そのヘプターニ国を東西に二分するように流れるフィーギル江は南海岸に河口を持ち、その河口付近に首都ラファンドがある。
港町であるラファンドは、フライシャー、マトがある北西へ、またはエステル、ガイデスメリアなどの東へ、それぞれの方向へ交易船が発する海上交通の要衝であって、貿易を主とするヘプターニの象徴でもある。
季節はもう冬に向かおうとしているが、この町はまだ寒さという気温には達していなかった。南国に近いこの地方は冬の到来は遅く、短い。まだ昼間は動くと汗ばむような陽気だ。その陽気のせいではないだろうが、この街はいつも活気があり、明るい顔が多い。
町を縦横に貫く街道には人通りが多く、荷物を運ぶ馬車がひっきりなしに通る。馬車のために広い街道が何本もあるが、そのすべてが石畳で舗装されていることからも、この街の財政が豊かであることを示していた。
交易を主とする町だけあって、そこを行き交う人や物は東西南北の各々があふれていた。町の至る所に屋台があり、この地方で取れる果物を売っているかと思えば、その隣では遙か北のマトの工芸品が売られていたりする。肌の色が違う人たちがそれぞれの言語で会話しており、その顔は明るく輝いていた。
活気という言葉がよく似合う賑やかな町だった。
そのラファンドの中央を貫き、港へと続く大通りに騎士を乗せた馬が2駒、脚を踏み入れた。
1頭の馬には青色の胴着を着けた長身の騎士が、もう一方の馬には同じような背格好の騎士がまたがっていた。ただ、こちらの騎士は胴着が全身黒で、今の気候では暑いのではないかと思われるが、その男は汗一つかいておらず、平然としていた。
青い胴着の方の名はアーティス・トラン。黒い胴着の方はカッシュ・ライドという。二人ともヘプターニの北に位置するアルファムの出だ。アルファムは内陸のため海がなく、こういう潮の香りには慣れていない。草原の香りになれた鼻には海の香りには違和感があり、鼻孔がむずがゆい感じがする。だが、その異質感により、異国に来たという感じが強かった。
「・・・話は付けてありますが、現金を見せないとダメのようでした」
黒い胴着の騎士が、青い胴着の騎士に報告していた。
「それはいいが、もう船も出ない状態なのか?」
「東航路は海岸沿いを除いて、航行する船はもうないそうです。少し沖にでるとグラナダ島の圏内に入ってしまうようです」
黒の騎士は、ラファンドの東南にある島の名前を挙げた。ヘプターニの南の海にはカスタマーナという大きな島があり、その間に存在する小さな島がグラナダ島だった。
「カスタマーナに行く船もグラナダ島の東側を通りますので、こちらも今は危険を冒して出る船はないようです」
「まともな船は近づかないってことか・・・」
青い胴着の男はつぶやいて、天を仰いだ。まぶしい光を放つ太陽が中天にあった。思わず目を細める。アルファムで見る太陽より輝いて見える。そして暑い。
「この辺りには影響がないようだが」
周囲の町の様子を見てアーティスが首をひねる。船が航行できないという大事なのに、町には何の問題もないように平常な生活を続けているように見える。。
「まだ、ですね。カスタマーナとの交易には支障が出ているようですが、東西の海岸線にはまだ影響がないようです。ただ、日に日に魔物の被害は広がっているようで、そのうちにこの町も飲み込まれるかも知れません」
「なんにしても、行くしかないからなぁ」
二人は喧騒な大通りを抜け、港に出た。潮の香りが鼻孔をくすぐり、一気に視界が広がった。青い空と青い海の先が交わるところに水平線が広がっている。初めてではないが草原の民である二人にはまだ見慣れぬ光景だった。
市中とは違う、港ならではの喧騒がそこかしこから聞こえ、荷を運ぶ荷車や馬車が石畳を削る音が鳴っている。人の声や物音が町の中より音量が大きいように聞こえる。魔物の脅威が迫っているというのに、ヘプターニ最大の港は活気に満ちあふれていた。交易には大きな支障がないうちに稼ごうとしているのかもしれない。
もう目の前、12リルク(約10メートル)先には海があり、左右に見える限りに大小の船が並んでいる。荷物を下ろしている船や荷物を載せる船、整備中の船、交易以外の船もいる。
二人の正面に停泊している大きな船は明らかに軍船であり、立派な帆柱を持ち、船首には白い人魚の彫刻が備えてあった。その前に兵士の一団が整列していた。20人ぐらいだろうか。揃いの鎧に兜、直剣を佩いている。その兵の前には白い法衣をまとった神官、黄色を基調にした服装の魔法師が数人控えている。
整然と並んだ彼らの前には高位と思われる鎧をまとった壮年の男が声を上げていた。金髪の偉丈夫で、明らかに貴族か高級な騎士に見えた。
「・・・危険な航路となるが、我々の使命はさらなる危険を排除することにある・・・」
騎士候を馬上から見下ろすのは不敬であるため、アーティスとカッシュは馬を下り、手綱を引いてその集団の後ろを通る。
「ゲオルグ・ルーシュタイン」
馬から下りたカッシュがアーティスのその男の名を告げた。
「・・・、ヘプターニの第2海士団長です」
海士団の後を通り抜けると、カッシュがチラリと後を振り向いた。
「第3次の討伐隊ですね。第2海士団とはいよいよ本腰ですね」
ヘプターニとカスタマーナの間に位置するグラナダ島は周囲4ハーラ(約23キロメートル)ほどの小さな島だ。その島に異変が起きたのは、3ガーラ(約3ヶ月)ほど前のこと。
ラファンドからカスタマーナに向かった交易船が行方知れずになった。その後、2隻の船が同様に消息を絶った。いずれもグラナダ島の近くを通ったということだったので、ラファンドの港組合がその調査に2隻の船を向かわせた。
やがて、そのうちの1隻が無残な姿で帰ってきた。帆柱は折れ、船体にいくつも穴が開いている。出発時には10人いた乗組員は3人しかおらず、うち2人はすでに息絶えていた。かろうじて意識があった男を助けると、その男はむせる息を継ぎながら、こう言った。
「魔物が出た」、と。
そこから話は王宮に飛び、直ちに調査・討伐の命が下った。先鋒を受けたのは第9海士団だった。
ヘプターニは国境の半分ほどが海であり、交易も盛んだ。そのために交易船の航行を海賊から守ったり、危険を排除し、航路の安全を確保するために、海士団という組織を持っている。陸上での騎士団と同じであるが、彼らが乗るのは馬ではなく、船だった。
その海士団は1から10まであり、それぞれがヘプターニの沿岸を守っている。ただし、第10海士団は新人養成のための訓練部隊であり、実働は第1から第9までの海士団が担っていた。海士団の数字は、そのまま序列になっており、第1海士団が最も優秀とされていた。
その序列の実質的な最後の第9海士団が魔物の討伐の任を受けた。当初は魔物を舐めていたのだろう。あるいは、王宮としては第9海士団に栄誉を与えるつもりだったのかも知れない。
だが、この選択が裏目に出る。揚々と出発した第9海士団は4ガーラ(約4日)経っても1隻も戻って来なかった。
3隻の海士団を失った王宮では、怒りと失望が飛び交ったという。だが、放って置くわけにも行かず、今度は第9海士団の捜索と魔物の討伐のため、第5海士団と第6海士団を差し向けた。
7ガーラに及ぶ捜索の結果、分かったのは、グラナダ島を中心に魔物が大量に発生しており、すでに島の大きさの倍ほどの海が海の魔物に支配されていること、第9海士団の船の残骸が近隣の岩礁に座礁していることだけだった。しかも、この航海で、第5、第6海士団合わせて3隻の船と海士30名が寄港出来なかった。
そこで、今回第2海士団の出動となったわけである。本来であれば、最強の第1海士団が行くべきであるが、万が一、第1海士団が失敗すれば、ヘプターニは最強の海士団を失うと共に名誉と信頼も失ってしまう。それを避けるための第2海士団という選択であり、多分に政治的な意味が含まれていた。
だが、その選択もあながち間違いというわけではない。海士団としての序列は2位だが、その団長ゲオルグ・ルーシュタインは、第1海士団長ベルンハルト・ガーシュミットに勝るとも劣らない実力の持ち主と言われている。経験値ではベルンハルトの方が上だが、若さと腕力においては、ゲオルグの方が勝っているとの主張もあった。。
いずれにしろ、今回の航海は失敗できないため、国中の神殿から神官を募り、魔術士も集めた。それぞれ4名が今回の討伐に同行するという異例の事態になっている。
その隊列の後方を通り過ぎ、荷役の台車が行き交う中を縫うように歩いていく。先ほどの軍船と同様の軍船がさらに2隻並んでおり、その先には同じくらいの大きさの商船が横付けされていた。船の列を横目に船着き場を進んでいき、外れの方へ進む。
大きな黒い船の前で、カッシュが立ち止まった。船の方へ近づくとたむろしていた男達の一人に声を掛けた。
カッシュがその男を連れ立って、アーティスの方へ戻ってきた。
「この御方だ」
カッシュがアーティスを指すと、その男はアーティスを足先から頭までじろりと一瞥すると期待するような視線をアーティスの顔に向けた。
「本当に連れて行ってくれるんだろうな」
念を押すアーティスの言葉に、男はゆっくりと頷いた。
「もちろん。・・・金次第だがな」
直接的過ぎる言葉だが、アーティスは頷いて懐から小さな袋を取り出し、男の胸元に突き出した。
男は小袋を受け取ると、袋を空けて中をのぞき込んだ。それから訝しげに目を細める。
「前金だ。島に着いたら、残りを渡す」
アーティスの言葉に男はニヤリと笑った。
「わかった。明日の正午の出発だ。遅れても待たないからな」
男はそう言って、小袋を大事そうに両手で持つと仲間の方へ戻っていった。
「今晩はラファンドで泊りだな」
「そうですね。では、私はこれで」
「ああ、ありがとう。馬を頼む」
アーティスは持っていた手綱をカッシュに渡し、赤毛の愛馬の首を撫でた。
「お気を付け下さい」
カッシュは頭を深々と下げ、2頭の馬の手綱を引いて踵を返した。
「さて、と」
カッシュと2頭の馬を見送ると、アーティスはその存在を確かめるように背中の大剣の柄を一度握り、明日乗船する船に一瞥をくれてから、町の方へ歩き出した。
とりあえずの状況説明でしたね。
これから頑張ります。
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