33:決勝戦-ラジーン -1
長らくお待たせしました。
前回が昨年の年末だったので、丸四ヶ月開いてしまいました。
仕事等で色々あり、また別ネタを考えていたりで、続きが書けませんでした。
ともかく、モチベーションが戻ってきましたので、続けるように頑張ります。
それでは本編です。よろしくお願い致します。
-そう言ってから、皇帝は少年のような微笑みを浮かべた。「明日は決勝戦ゆえにな」ー
アーティスとスルフォンは顔を見合わせ、天を見上げた。
今回の事件を口外しないと言うことは、何もなかったのであるから剣闘会は日程通り進められるということだった。予定で行けば、明日は決勝戦であり、そこで戦うのはアーティスとスルフォンの二人であった。
(やられた)
アーティスは内心で舌打ちした。この場でそのまま寝れるぐらい疲れているのだが、この状態で明日戦うのはなかなかに大変だ。救いは相手も同条件ということだが。
どうやら皇帝は人使いが荒いようだ・・・。
大歓声が闘技場全体に響き渡り、軽鎧に身を包んだ男が2人、闘技場の踏み固められた土の上に現れた。
「よく眠れましたか、王子殿」
右手に持った直剣の重さを確かめるように軽く振りながら、対するアーティスに声を掛ける。
「先ほどまで寝てましたよ」
実際に起きたのはほんの1ズーサ半(約40分)前だった。爆睡と言っていいだろう。皇宮から屋敷に帰ると着替えもそこそこにベッドに倒れ込み、執事に起こされるまで眠ってしまっていた。おかげで、疲れはかなり取れたが、準備運動なしでのぶっつけ本番になった。
「それはよかった。条件は同じだな」
スルフォンは軽く頷いた。2人は歓声で埋め尽くされた闘技場の中央に向かってゆっくりと歩き出す。
「お互い疲れて全力が出せないのではつまらないからねぇ」
そう言って、スルフォンは剣を持つ手を頭上に掲げた。満員の観客席からひときわ高い歓声が上がる。スルフォンはそれに応えるように横にした剣をゆらゆらと揺らす。
「王子殿の番ですよ」
剣を下ろしたスルフォンが左手の平をアーティスの方へ差し出した。
「はぁ」
アーティスはため息をつき、首をがっくりと落とした。こういう場面では観客に対する対応も必要なことは理解している。気乗りはしないが、祭典としては必要な儀式でもある。
アーティスは頭をやや下げたまま、右手の剣を天に向かって突き上げた。再度ワァ~と歓声が沸き起こり、観衆の期待は最高潮に達した。
アーティスが剣を下ろしても、しばらくは歓声が止まず闘技場を揺るがし続けた。3年に1度開かれる剣闘会を締めくくる決勝戦である。今回も強者が集まり、どの試合も熱戦であった。その最終戦ともなれば、盛り上がらないわけがない。
「王子殿、手加減は無しですよ」
大歓声の中、よく通る声でスルフォンが話しかける。軽く挑発しているようだ。剽軽な体を見せてくるが、その実頭も腕もいい。さすがにこの世界で最強と言われる聖剣士だ。
「そんな余裕はないですよ」
アーティスもその挑発に乗ったようで、やや笑いを浮かべながら答える。もとより負けるつもりはない。ここまで来れば全力を出し切るのみである。もっとも、最強の剣士相手に勝てる可能性は低いとは思うが。
穏やかな表情の2人の剣士は闘技場の中央辺りで歩みを止め、お互いに向き合った。最高潮と思われた歓声がさらに大きさを増す。
白一色の祭服を来た神官が貴賓席の下にもうけられた祭壇状の台の上に登壇する。すると、それまでの大歓声が徐々に静まっていき、やがてシンと静まりかえった。祭壇の神官に1万対の視線が集まる。固唾を飲む音が聞こえるほど闘技場は静寂に包まれていた。
「始め!」
白装束の神官が右手を高々と上げて、試合開始の号令を掛ける。その瞬間、まるで一気に流れ出た滝のように歓声が闘技場内を席巻した。
その歓声の中、アーティスもスルフォンもお互いに一歩下がって間合いを取る。そして、それぞれの右手に持った剣をゆっくりと体の前に突き出し、両手で握った。
アーティスは薄い青色に染めたチュニックで、スルフォンはやや黄色みがかった麻服であった。肩甲に手甲、胴巻、脚絆と形は違えど、いずれもよく似た装備で戦闘としては軽微な防具しか身につけていない。どちらも防御よりは軽快さを重視したようだ。
剣もよく似ている。剣身がおよそ1リルク(約85センチメートル)ほどで、スルフォンが持つ黒みを帯びた剣の方がやや幅が広いが、一般的によく使われる剣である。スルフォンは聖剣士であるが、公平を期すために聖剣の使用は禁じられている。
アーティスが持つ剣も一般的な形のものであったが、今持っているのはアルルア近衛兵の常用の剣と同じものであった。剣身がやや長めのため細身に見えるが名工により丈夫な造りになっている。今回、皇帝ガレリオンから貸し与えられたものだった。
お互いに5リルク(約4メートル)の距離を取ったまま、しばらく無言のにらみが続く。どちらも相手の強さはよく分かっている。昨日は一緒に魔物を退治したのだ。剣技の程はお互いに見ていた。うかつに手を出せば、その隙を突いてくるに違いない。
スルフォンは誘うように前に突き出した剣先をふらふらさせ、アーティスは斜めに構えた剣を微動だにしない。
やがてスルフォンがすーと息を吸い、ため息のように短く息を吐く。吐いたと同時に間合いを詰め、アーティスに向かって剣先を突き出した。
高速で突き出される剣に対して身を左によじって避け、今度はアーティスがスルフォンに向けて直剣を振り下ろす。反撃を予測していたかのようにスルフォンは急に足を止め、突き出した剣をひねると、振り下ろされたアーティスの剣先を大地に向かって叩き落とした。スルフォンはその剣をさらに振り返し、アーティスの右肩に向かって突き出す。
アーティスは突き出された剣先を避けるように身を翻し一回転する。回転する際に叩き下げられた剣を振り上げ、向き変えると今度はスルフォンの剣を叩き下ろす。
スルフォンは押し下げられた剣をそのままに剣先を大地に刺し、それを軸に体を回転させる。右足を踏ん張って体を止めると、軸にした剣先をアーティスに向かって振り上げる。
アーティスは下から近づく斬撃を両手で持ち直した剣を器用にひねって弾き飛ばす。その剣をさらにひねってスルフォンに突き出すが、ひるがえしたスルフォンの剣に阻まれる。
スルフォンは受けた剣を押し返すと後退り、再び間合いを取り直した。
瞬時の剣戟に闘技場が歓声に包まれる。1ペラゴ(約27秒)ほどの間のやりとりで2人の剣士の技倆が非常に高い水準であることがあらためて分かり、観客のこの決勝戦への期待がさらに高揚していた。歓声、拍手、怒号、嬌声、あらゆる音が入り交じり、闘技場の興奮度を高めていく。
「さすがだねえ。王子殿」
瞬時に3合の剣戟を交えても息を切らしていない聖剣士は、剣を構え直しながらアーティスに笑いかける。
「そちらも、ですね」
こちらも呼吸の乱れなく、アーティスが答える。
「いい加減に、その『王子』と呼ぶのは止めてもらえませんか」
アーティスが不満げに告げると、スルフォンは口唇の左側を上げて笑った。そして、剣を出す。
「そう、だね! 王子! 殿!」
言葉と共にスルフォンがアーティスの正面に向けて斬りつける。
アーティスは体の軸をずらすように右に動き、両手で持った剣で振り下ろされる大剣を弾き返す。スルフォンは返された剣先を器用にくるりと回して、今度はアーティスの胸元を突く。アーティスは再度その剣を弾き、相手の左肩から袈裟懸けに切り下ろす。
スルフォンは飛び退って、アーティスの斬撃を避けた。一歩下がったと思いきや、弾かれるように左に飛び、アーティスの右肩へと剣先を伸ばす。
その剣をアーティスは左に体をひねりながら一歩引き、長剣をスルフォンの脇腹めがけて横に薙ぐ。スルフォンも左後ろに一度下がり、アーティスの剣が宙を切った後、今度は上段からアーティスの兜を狙って振り下ろす。
アーティスは敢えて前に半歩右足を出し、振り下ろされる剣を額の前でうけとめた。
一瞬両者の剣が咬み合って止まるが、お互いに相手の剣を押し戻しつつ一歩下がり、結果4リルク(約3.4メートル)ほど間合いを取って、対峙する。
スルフォンが右手に剣を持ったまま、背伸びをするように両腕を伸ばした。
「う~ん。準備運動はこれぐらいでいいかな?」
剣の柄を腹の前に戻すと軽く両手で持ち直す。それから、不敵ににやりと笑う。
その様子を見て、アーティスはその場で一度剣を横に振る。横に振った剣をスルフォンと同じように正面に戻すと、同じように笑い返した。起きてすぐの試合で、準備運動が出来なった。今ので、ようやく体が動き出す感じだ。
「では、始めましょうか」




