32:皇城アルルア-2
お待たせしました。
ようやく外伝32話をお届け出来ました。
何かと忙しく、なかなか書くことが出来ませんでした。
もう少しピッチが上がるといいんですが、もともと遅筆なので。。。
「アーティス!」
呼び声に振り向くと、キュリアンが目の前に立っていた。
「キュリアン!」
思わず声を上げたアーティスにキュリアンは軽く手を振った。
「・・というか、お前、怪我はどうした?」
キュリアンは右足に相当な怪我をしていたはずだ。だが、今のキュリアンは普通に立っていて、アーティスが見たところ、包帯や手当の様子もなかった。
「いや・・、自分でも分からないんだが、傷が治っているんだよな」
キュリアンも一緒になって首をひねった。
「むしろ、体は前より調子いいぐらいだ。ただ、記憶がないんだよ」
キュリアンはひねった首をさらに左右に振って見せた。
キュリアンはどういうわけか一時的に記憶を失っているらしかった。しかも、アーティスたちが倒した兵士も全員が死んでいた。致命傷を与えたのは数人だったはずが、近衛兵が突入した時には、全員が絶命していたらしい。その事情についてもキュリアンの記憶はない。動けずにその部屋にいたはずだが、彼らがどうして死んでしまったかは覚えていなかった。出血によって気絶していたのではないかと大方の見解だったが、何しろ本人が覚えていないし目撃者もいないので真相は分からなかった。
そうした遺体や倒した魔獣の検分などで、近衛兵や魔法師、医者などが松明で明るくなった地下でバタバタとそれぞれの作業を行っていた。
その騒然とした中をメルフォターゼ、アーティス、スルフォン、キュリアンの4人は足場を選んで通り抜け、長い廊下を経て、ようやく地上に生還した。
「ああ!」
陽はすでに傾き掛けていたが、それまで地下にいたせいで、地上の明るさに目が眩む。4人共が顔をやや伏せ、手で目をかばった。
王子と魔法師見習いと聖剣士は近衛兵の誘導のまま、待機していた馬車に乗せられ皇宮へと向かった。皇女には別の馬車仕立てられ、アーティスたちより先に帰城した。
アルルア城に戻ったアーティスたちは、到着してすぐに謁見の間に通された。豪奢な彫刻を施したテーブルには水と果物、簡単な料理が用意されている。
とりあえず、3人共が杯で水を飲み、息を継いだ。案内した侍従に「くつろいで良い」とは言われたものの、大広間に3人だけ残されては気が引けてしまう。さりとて立っているのも辛いぐらい疲れているので、衣服の汚れを気にしつつ一点のシミもない真っ赤な絨毯の上に座り込んだ。
「皇女をお助けできたのだから、これで一件落着かな」
首を左右にコキコキと曲げながらスルフォンがつぶやく。いくつか謎は残るものの、事件としてはこれで終わりであろう。ともかく私邸に帰って早く寝たかった。何故か怪我が治っているキュリアンはまだ元気がありそうだったが、アーティスとスルフォンはひどく疲れていた。何しろ魔物を三体も倒したのだ。剣術の稽古よりも疲れるのは当たり前だ。
豪胆な聖剣士は「ここで寝転ぶのはだめだろうな」と不遜な台詞を小さくつぶやいた。
ガチャリと扉が開く音がして、アーティスたちは小さく驚いたあと、その驚きを飲み込みように喉を鳴らした。
「ショーン王子」
入ってきた人物の名を呼んだのはキュリアンだった。ショーンは神妙な面持ちでアーティスたちに近づいた。顔色は白く、16歳にしては覇気がない。さすがに疲れがあるようだ。
「スーナ王女は?」
アーティスの問いにショーンは少しだけ笑った。
「スーナは屋敷で寝かせてきました。これと言った怪我はありませんが、さすがに疲れたようで・・・」
「お前もな」という言葉は飲み込んで、アーティスは頷いた。
「怖かったろうに」
「はい。でも、皇女殿下が傍にいてくださったおかげで勇気づけられたと言っていました」
ショーンは微かに笑ったが、顔の陰りは消えなかった。
そのすぐ後、お互いの無事を讃え合うまもなく、突然扉が開き数人の兵士が広間に入ってきた。白が基調の軍服を着、直剣を帯びた近衛兵が2人ずつ開いた扉の左右に立つ。
その後に入ってきたのは、近衛兵の制服を何十倍にも豪奢にした白い軍装の皇帝ガレリオン2世だった。威風堂々たるその姿はファルアニアを統べる皇帝らしい威厳に満ちていたが、表情にはやや疲れの色が見えていた。
さらに続いて扉をくぐったのは、薄緑色のドレスをまとったメルフォターゼ皇女であった。洞窟を出た時の汚れはもちろん無く、非の打ち所がない姿勢で父王の後に続く。後ろに束ねた長い金髪がつやつやと輝いており、白磁の面には微笑みを浮かべていて、皇族の矜恃からか疲れた様子は感じさせなかった。
アーティスたちは、直ちに膝を折って、拝礼する。伏した面に衣擦れの音だけが聞こえた。
皇帝が王座に腰を下ろし、皇女はその後方に控えた。皇帝が手を振ると近衛兵は部屋から全員が出ていき、扉が閉る。広い部屋には、6人だけが残った。
「待たせたな。顔を上げてよい」
皇帝の声に、四人は片膝を床に付いたまま顔を上げた。王座は彼らより数段高い位置にあり、四人は皇帝を見上げる格好になる。
「このたびの件、ご苦労であった。スーナ王女とメルフォターゼを助け出してくれて、本当にありがとう」
皇帝は頷くように顔を縦に振った。皇帝として、親としての心痛が声の震えに現れていた。
「いずれその労に報いるよう取り計らうつもりだ」
恩賞ということになろうが、ショーンとはアーティスは王子であるから、単純に金品という訳にもいかない。その辺りも含んでの授与となるであろう。
「諸君らには、この件に関して少々意見を聞きたくて残ってもらった」
皇帝は四人の顔をゆっくりと目線を動かしながら見回した。
「今回の件に付いてはいささか分からぬことがある」
皇帝ガレリオン2世は、やや身を乗り出した。
「まずは、スーナ王女並びにメルフォターゼを誘拐した犯人どもだが・・」
「・・そのことについては、私から申し上げねばならぬことがあります」
皇帝の言葉を遮ってショーンが半歩前に体を動かした。やや悲痛な面持ちで怪訝な顔の皇帝を見上げる。
「うむ」
皇帝ガレリオン2世はうなずいて、顎をしゃくりショーンを促した。皇帝に向かってショーンが口を開く。
「あの兵士たちは我がマトの者だと思います」
ガレリオンを見上げて話すショーンの声が少し震えている。
「彼らの襟に付いていた紋章ですが、あれは我が国の貴族タラント公クラマッドの紋章です。先ほどほかの者にも確認しました故に間違いないかと」
ショーンの喉が動いて、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
「我が国の者により、皇女殿下を害しましたこと、この身を持ってお詫びせねばならぬところではありますが、今しばらくのご猶予をいただきたく、恥を忍んでお願い申し上げる次第です」
なんとか言葉を絞り出し、ショーンはがっくりと首をうなだれた。王子とはいえ、16歳の少年には重すぎる事実であった。皇女誘拐の罪は斬首に値する。その犯人が自国の者であれば、国を統べるものとしては背負わなければならない責任がある。
傍らにいたアーティスが横目で視線を送ると、ショーンの肩が少し震えているのが見えた。
ガレリオン2世はふうと小さくため息をつき、顎に手をあてた。
「何か事情があるようだな。話せ」
ショーンは下を向いたまま、返事をしない。見れば、床に付いた拳に力が入っている。答えるべきかどうか逡巡しているようだ。
数瞬の沈黙の後、意を決したようにショーンが顔を上げた。
「・・・我が国では、現在内乱が発生しています。一部の貴族が結束して現王権に反旗をひるがえしました」
できるだけ正確に伝えようとショーンは淡々と話し始めた。
「私と妹は、その反乱の前に国を出ました・・・」
おそらく国王は反乱を予期して、自分たちを逃がしたこと。スーナとメルフォターゼ皇女を襲った犯人がタラント公であり、反乱が劣勢になったときの切り札として自分たちの身柄を拘束しようとしたであろうこと。賊の狙いはスーナであり、メルフォターゼ皇女はそれに巻き込まれたのだろうこと。
ショーンは最後に「すべての責任は自分が取る」と付け加えて、力尽きたようにがっくりと首を落とした。
「ふむ」
ガレリオン2世はややひげが伸びた顎を右手で撫でながら、ショーンを見下ろす。何から話そうかと考えている様子だ。
「貴国の騒乱についてはこちらも把握しておる」
さらりとガレリオンは言ったが、その内容にショーンは小さく驚異を感じた。ショーンですら早馬で知ったことである。ほぼ同様に知れたとなると、同様の早馬が必要だ。しかもそれは常に諸国に監視の目があり、遅滞なく情報がアルルアに届く連絡網があるという証拠である。全世界を統べる皇国としては当たり前かも知れないが、ショーンが考えていたよりも強力な体制のようだった。
「事情はよく分かった。王子殿としても辛いことだな」
皇帝ガレリオン2世は父が息子に話すように静かにやさしい口調でそう言い、豪奢な刺繍を施した王座に背を預けた。ショーンの父セルロガ王はガレリオン2世とは旧知の仲であり、ガレリオン2世にとってもショーンは息子のようなものだった。
「幸いにしてスーナ王女もメルフォターゼも無事であったことでもあるし、他にも調べねばならんこともあるゆえ、今は貴国の責任については保留とさせていただこう」
その言葉に、ショーンは大きく息を引いた。
「皇帝陛下のご厚情、感謝に堪えません」
うなだれるショーンを見やったあと、皇帝ガレリオン2世は話の区切りを示すように軽く咳払いをした。
「さて、今回の事件には別の謎がある」
皇帝は視線をショーンから、スルフォン・ソマの顔に移した。
「両王女を誘拐したのは人間であったが、その後に現れた魔物だが、何か気付いたことはないか」
兵士たちを倒した後、黒い鳥の魔物、緑の魔物タルカス、黒の魔物バラッサ、と魔物が現れている。皇城アルルア並びに都アルルアには結界が張られており、魔物の侵入を防いでいる。とすると、これらの魔物は城下で発生したことになるが、もちろん皇国の城下にはもともと魔物は存在しない。いったい誰が魔物たちを呼び覚ましたのか。
「倒した魔物以外に魔力を感じたのは1度だけ、それも短い間でしたので、その正体までは分かりかねます」
スルフォンが皇帝に向かってそう返答し、皇帝の顔にはやや陰りが差した。
「私もスルフォン殿と同じ。驚異に値する魔力は感じませんでした」
皇帝の後ろから、メルフォターゼ皇女が同感の意を示した。彼女はソロ神の巫女である。聖力が高く、魔力を感じる能力があるのだろう。
皇帝は言葉を発した愛娘を一瞬振り返り、視線を再びスルフォンに戻した。
「神殿からも、魔法師会からも同じ返答だ。誘拐犯の兵士の中には魔法を使える者はいなかったとの報告もある。魔物が自然に発生したものか、誰かが召喚したものか・・・」
「対した感じでは、それほど強い意志があったとは感じられませんでした。しかし、皇女殿下の命を狙うというよりは、捕らえるという意識があったことは間違いないと思います」
アーティスは緑の魔獣を相手にしたときのことを思い出していた。魔獣タルカスは皇女を片手で抱えたまま戦っており、殺す意志はなかったと思われる。
皇帝の視線が宙を泳いだ。魔獣タルカスもバラッサも知能はあるが、それほど高くないはずだ。自ら皇女誘拐を画策したとは思えない。
「もう少し調査はさせるがな」
おそらく分からないだろう、という言葉は飲み込んだ。不安を抱えたまま、ということになるだろう。杞憂は統治者にはもれなく付いてくる付属品だ。たくさんある心労の元が一つ増えただけのことだ。千が千と一になったところでどうということもないだろう。
皇帝は「ふっ」とため息を吐き、気を取り直したように苦笑いをした。さらに顔を引き締め玉座から身を乗り出して、目下に控える4人を見た。
「諸君には今回の件については他言無用に願う。もちろん身内にもだ。近衛兵にもそのように指示してある。」
それは、つまり、王女誘拐事件はなかったことにするということだ。皇城で皇女が誘拐されたなどという不名誉な事実は公開できないであろう。それに魔獣が出たということがわかれば、民に不安を与えることになる。皇族というのは色々と守らねばならない面倒なことがあるものだ。
「諸君も疲れたであろうから、今夜はゆっくり休んでくれ」
そう言ってから、皇帝は少年のような微笑みを浮かべた。
「明日は決勝戦ゆえにな」
投げ込まれた言葉の刃にアーティスとスルフォンは虚を突かれ、お互いに顔を見合わせた。
さあ、もう大団円です。
ようやくこの外伝も終わり、次章に行けそうです。




