30:救出:メルフォターゼ
緑の魔獣タルカスは、左右2本の腕に持った剣を掲げ、威嚇するようにアーティスとスルフォンを交互に睨んだ。右脇にはメルフォターゼ皇女をその細腰と同じぐらい太い右腕で抱えている。体躯は、高身長なアーティスよりもはるかに高く、3リルク(2,5メートル)はあろうかという巨体で、左右に2本ずつ計4本の太い腕を持っている。口には牙も生えており、その巨躯から鋭い眼光で見下ろされれば、普通の人間なら恐れおののくことだろう。
だが、雷の剣を持つ聖剣士と聖魔具となった剣を持つ王子にはひるむ様子は微塵もなかった。
メルフォターゼも悲鳴を上げたり、取り乱したりする様子はなく、左右で色の違う瞳で2人の剣士を見つめていた。その眼差しには諦めはなく、強い意志で輝いていた。隙あらば逃げようと両手で緑の剛腕を押していたが、いかに剣で鍛えようとも彼女の細腕では、魔獣の腕力には抗いようがなかった。
幸いなことに魔獣タルカスはメルフォターゼにこれ以上の危害を加える様子はないようだった。魔獣の目的は分からないが、その点だけは幸いだ。
じわりじわりとアーティスとスルフォンが間合いを詰める。相手が巨躯の上に、持っている剣が幅も長さも通常の倍はあろうかという大剣でうかつには近づけない。緑の巨体の右側には人質もいる。にわかには攻略する手立てが浮かばない。
魔獣の左側からスルフォンが近付き、剣先を伸ばすと、太い緑の腕に握られた剣が宙を薙いで襲いかかってきた。
ガキン、と金属のぶつかる音が広い地下室に響いた。魔獣の剣は見かけ通り重く、スルフォンの聖剣が弾かれた。
すかさずアーティスが魔獣タルカスの左側に斬り込む。魔獣の左腕が動いて、その剣も弾かれる。アーティスの攻撃はメルフォターゼの身を案じ、深くはなかったが、左右からの連続攻撃を弾いたタルカスの剣技も侮れなかった。
続いて、今度はアーティスが左側から仕掛ける。両手で握りしめた剣を魔獣タルカスは左腕一本で受け止めた。
それを見て、スルフォンが右側の腰辺りに向かって剣を薙いだ。タルカスは左腕の剣をひねってそれを受け止める。左右に斬りつけられた剣を双方とも受け止め、それでもまだ余裕があるように両側の剣を押し返してくる。
アーティスとスルフォンは互いに目配せし、同時に剣を引く。勢い余った魔獣の剣が空を斬る。すかさず、アーティスは魔獣の脇腹めがけて突きを入れ、スルフォンが上段から剣を振り下ろす。
魔獣は右側のスルフォンの剣を受け止めたが、体が開いており左から迫る突きをかわせない。咄嗟に魔獣は左下の腕に抱えた皇女をぐいとアーティスの方へ差し出した。
「きゃあ!」
「な!」
突きの体勢に入ったアーティスの目にメルフォターゼの姿が映り、アーティスは前のめりの体に静止を掛け、さらに、足の筋肉が軋むのを感じつつ後方へ飛び退った。アーティスの剣先は皇女の直前で引き返し、代わりに無理に飛び去り体勢を崩したアーティスを支えるために石の床を咬んだ。
狡猾な対処でアーティスの剣を避けたタルカスは右腕でスルフォンの剣を受け止めている。なかなか知恵もある。体力だけの魔獣ではないようだ。
いずれにせよ、皇女をその腕から取り戻さないと、まともな攻撃も出来ない。
アーティスは魔獣の後ろ側に回ろうと左へを足を動かす。タルカスはそれに合わせてやや後退る。右側ではスルフォンの剣を受け止めたままなので、あまり動けない。
それを見て取ったアーティスは素早く左へと走った。
タルカスは目の端でその動きを見て、スルフォンの剣を押し返し、飛ぶように後退った。
アーティスとスルフォンはそれを追うように剣を出し、さらにタルカスは後ろへと下がる。軽くアーティスとスルフォンの剣をいなしながら、徐々に後退る。その後ろには、入ってきた方と反対側の通路の口があった。
そこへ逃げられると厄介だな、とアーティスが思った瞬間にタルカスの動きが止まった。
緑の魔獣は一瞬後方を振り向き、何かに驚いたように、方向を変えた。出口の方へ行かず、壁に沿うように、左へと方向を変えた。
左側にいるアーティスに剣を振り、アーティスを追うように進む。急な進路変更にアーティスは驚きつつ、剛腕が振り回す大剣の前に下がるしかなかった。
幅も長さも2倍ほどある大剣の重さは2倍以上あると思われ、その剣を受けるたびに自分の持っている剣が折れてしまうのではないかと危惧しつつ、アーティスは持っている剣に聖力を流し込む。
大剣の間合いに入るのは難しく、無理をすると皇女に当たってしまう。助け出す糸口が見えないまま、2人は1匹と剣撃を交わし続けていた。
部屋の中を左回りに移動する魔獣の左足が先ほど倒した黒い魔獣の死体を踏みつけた。その体重でバラッサの体はひしゃげ、黒い血が吹き出る。
タルカスの方はバラッサを踏んだことで、ややバランスを崩して体が右に傾く。
その瞬間にスルフォンは正面からタルカスに向かって剣を突き込んだ。慌てた様子でタルカスは左右2本の剣をスルフォンに向かって振り下ろす。スルフォンはほのかに碧に輝く聖剣を左右に振り、2本の大剣を弾き返した。
万歳したように大剣を振り上げたタルカスの右脇にアーティスが飛び込む。アーティスは長剣に聖力を流し、その剣をメルフォターゼの体を押さえている剛腕の付け根に叩き込んだ。
ガツンと音がしたが、アーティスの長剣はタルカスの腕を切り落とすことは出来なかった。剣は魔獣の太い腕の半分ほどまで斬り込んでいたが、そこで止まってしまった。アーティスはさらに力を込めようとしたが、剣は剛腕の筋肉に捕らえられたか、全く動かなかった。
「おおぉおぉおぉーん」
魔獣は痛みを感じたのか、声を上げ背をそらす。その瞬間力が抜けたか、メルフォターゼの体を掴んでいた腕の力が緩んだ。皇女はその機を逃さず、剛腕を押しのけるようにして、その捕縛から体をひねり出した。無理な体勢で自分を押し出したメルフォターゼは背中から落ちるように倒れ込む。
「メルフォターゼ殿!」
アーティスは叫ぶと同時に掴んでいた剣を手放し、メルフォターゼに向かって手を伸ばした。アーティスは皇女の体を抱きかかえると身をひねって皇女の体を掴んでいた腕を蹴り飛ばし、自身も皇女を抱いたまま回転するという離れ業をやってのけた。どうにか着地するとタルカスから離れるようにさらに数歩飛ぶように退いた。
「おおおおぉぉぉーーーん」
魔獣は声を上げ、右側の下の腕を左に回し、剛腕に打ち込まれた剣を掴んで引く抜いた。そして、その剣を近くにいたスルフォンに投げつける。スルフォンは高速で飛んでくる長剣を避け、体をひるがえした。投げられた直剣は石の床に落ちてガランと音を立てる。タルカスの左の脇からは緑色の血が流れ出ていたが、タルカスが切られた右下の腕にグンと力を入れると、血の流れが止まった。
「皇女殿下、ご無事か?」
アーティスはメルフォターゼを抱えたまま問う。
「はい」
鼻がぶつからんばかりの距離にあるアーティスの顔を見て、頬を赤らめながらメルフォターゼは短く答えた。
「あぁ、すみません」
アーティスはすぐさまメルフォターゼの体を離して、すぐにその場で膝を付いて頭を下げた。
「ご無礼致しました」
「良いのです。私の方こそ、助けていただいてありがとうございます」
メルフォターゼも頭を下げ、手を差し伸べてアーティスを立たせた。メルフォターゼは女性では長身の方だが、アーティスはそれより1トーム半(約10センチメートル)ほど高い。先ほど目の前にあった顔は少し遠くなった。メルフォターゼはアーティスを見上げ、口端を上げて微笑む。金の右目がキラリと輝いたように見えた。
メルフォターゼのドレスは所々千切れ、水色に汚れが付いていたが、皇女の美しさを害するものは微塵もなかった。アーティスはその微笑みを見つめ、息を飲んだ。左右で違う色の瞳には神秘な輝きがあり、やや疲れたような表情も彼女の魅力を損なうことはなかった。洞窟の中なのにほのかに花の香りがアーティスの鼻孔をくすぐり、アーティスはメルフォターゼの姿に見入ってしまった。
「王子殿!」
見つめ合う2人に、スルフォンが叫んだ。
「そういうのは後でやってくれるかな!」
スルフォンは、傷を負って凶暴さを増したタルカスの大剣と対峙していた。彼は繰り出される2本の大剣をかろうじて受け流していたが、それが精一杯の状態だった。
「あ!」
アーティスはメルフォターゼに軽く一礼すると、あわてて放り投げられた剣を拾いに行く。直剣を拾い上げると両手で握り、聖力を流し込んでいく。直剣の刃が青白く光り始め、ゆらゆらと青い炎のような影が剣全体を包んでいった。
「はーっ!」
剣を下手に構え、アーティスは緑の魔物に斬り込んでいく。下から斬り上げた剣はタルカスの左の大剣で弾かれ、同時にスルフォンの聖剣は右の大剣で弾かれていた。
間髪を入れずにアーティスは攻撃を続けるが、タルカスの大剣に阻まれる。
左右から攻撃されているにも関わらず、タルカスは2本の大剣でそれをいなしている。剣の大きさの差で間合いが詰めにくいことを考慮しても、魔獣の剣技は一流のものだった。
何度かの攻撃のあと、スルフォンがアーティスに目配せして、スッと後ろに下がった。アーティスはスルフォンをかばうようにタルカスの正面に体を移す。2本の大剣が左右から嵐のように降り注ぎ、アーティスは守勢一方になる。聖力を流してあるとはいえ、アーティスが持つのは普通の直剣だ。2倍もある大剣にどれだけ耐えられるか。聖力によって剣の耐久性を上げていても安心は出来なかった。
「王子殿!」
しばらくして後ろからスルフォンが声を掛けた。アーティスはその声に振り向くことはせずに飛び退ってタルカスから離れた。
アーティスが退いたのを見て、スルフォンは聖剣に込めた聖力を解放する。魔獣に突き出した剣先から、バリバリと音を立てて落雷が水平に飛び、タルカスの体を襲った。
魔獣の全身を雷光が包み、魔獣は「おおぉぉ」と声を上げた。
だが、雷光は次第に小さくなり、魔獣の足下に光りが下がっていく。魔獣の両足の周りに小さな雷が踊り、やがて光りは大地に吸い込まれるように消えていった。
「おうおう!」
魔獣はほぼ無傷で雄叫びを上げ、2人の剣士の方へ向き直った。
「こいつもか!」
スルフォンは怒気を含んだ声で吐き出した。先ほどの黒の魔物も雷を大地に逃がしていた。タルカスにはかなり強力な落雷をぶつけたつもりだったが、同じように効かないようだ。おそらく体の表面に雷を流してしまう特性があるのだろう。今回の魔物たちとはとことん相性が悪いようだ。
「まいったね」
スルフォンはため息をついた。
戦闘シーンばかりで疲れるかも知れませんが、もう少しお付き合いください。
何かご意見&ご感想でもいただけたら幸いです。




