29:黒の魔獣バラッサ
戦闘シーンが続きます。
飽きないで読んでねー。
暗い通路は下り坂になっており、さらに地下へと潜っていくようだ。左右から天井までレンガを積み上げて作ってあり、天井は高く、幅も3人が並んで歩けるほど広かった。この通路なら、タルカスの巨躯も楽に通って来れたはずだ。
暗い通路は左右にくねくねと曲がっていて、進むほど自分の位置が分からなくなる。幸いなことに天井や壁には光を放つ苔が生えており、明るくはないが足下を確認する程度には不自由が無かった。
どのくらい進んだか分からないが、通路の先に光りが見え、剣撃の音が聞こえた。
アーティスは足を速めて、その光の中に駆け込んだ。
通路の先は大きく開けていて、直径がおよそ半ガバ(約47メートル)、高さ10リルク(約8.5メートル)ほどの広間のようになっていた。壁は荒削りの岩肌のままで、先ほど戦った部屋のような整った壁や柱はない。丸くなった天井も同じように岩肌のままで装飾はなく、光る苔が繁殖して地下の明かりになっていた。石造りの床も削ってはあるが、大理石のように滑らかとは言えない。
アーティスが入ってきた通路と反対側にも、人が通れるほどの穴が空いており、さらに奥があるようだった。
その穴の前に緑の巨体があった。4本腕の魔獣タルカス。右下の太い腕にメルフォターゼを抱え込み、左右の上の腕には通常の倍の太さはあろうかという巨大な直剣を握っている。
さらにその前には黒い人型が2体。黒い革鎧をまとい、そこから見える足も腕も真っ黒な肌をしていた。頭髪はなく、つるりとした顔も尖った耳も真っ黒であった。一見高身長の人と同じように見えるが、明らかに違うのは、本来目が2つあるはずの場所に、大きな目が中央に1つしかないことだった。
魔獣バラッサ。タルカスと同じく、子供の頃に絵本で見たことがある姿だった。
一つ目の魔獣はそれぞれに剣刃が三日月のように曲がった剣を持っていて、スルフォン・ソマと対峙していた。
「ソマ殿!」
アーティスは声を掛け、スルフォンの隣に立った。
「おう! 王子殿!」
スルフォンはチラリとアーティスの方へ視線を向けた。
「良かった。ちょっと、こいつらは俺に相性が悪い」
やや笑いながらスルフォンが言って、聖剣を縦に構えた。
スルフォンの体が次第に光を帯び、彼は構えた剣を頭上へ振り上げた。体を包んでいた光が吸い取られるように頭上の剣に集まり、剣刃が光った。一瞬の後、剣先から稲光が飛び出し、黒い一つ目の体に落ちた。
バリバリという轟音が響き、黒の魔獣の全身が光った。だが、その光はスッと地面に吸収されていく。
音と光が収まったあと、魔獣バラッサは何事も無かったように立っていた。
「な」
スルフォンがアーティスの方へ顔を向け、同意を求めるように顎をしゃくった。
スルフォンが持つ聖剣は、雷の剣。雷を自在に操ることが出来る。人であれ、魔獣であれ、その圧倒的な攻撃力の前に焼かれて死ぬか、心臓を止められてしまうか、いずれにせよ、死は免れない。
だが、この黒い一つ目の魔獣は、その力を大地に流して避けることができるようだ。聖剣の力で瞬時に倒す予定だったが、そう簡単にはいかないようだった。
アーティスとスルフォンが顔を見合わせている間に、黒の魔獣2体がそれぞれに動き出した。反りのある剣を振り上げ、剣士2人に襲いかかった。
アーティスは、右上から振り下ろされる曲剣を両手で握った直剣で受け止める。曲剣は受けられた瞬間に一旦引き、軌道を曲げて左から水平に襲いかかる。アーティスが後退り、かろうじてその刃を避けると、今度は下から剣が振り上げられる。
「おうっ!」
よろけるようにその剣を避け、さらに一歩退いて、体勢を整える。
この黒い魔獣は思った以上に剣を使えるようだ。しかも、剣の動きがあらぬ方向からやってくる。とても人間に出来る技ではない。人間なら腕と肘が曲がってしまうだろう。なかなかに侮れない相手だ。
チラリと横を見ると、同じようにスルフォンが黒い魔獣と剣を交えていた。雷を封じられているため、剣撃だけで戦うしかないが、聖剣士といえど簡単にはいかない相手のようだ。
そんなことを考えている隙を狙って、黒の魔獣はさらに攻撃を仕掛けてくる。右からの剣を跳ね返し、左からの剣刃を受け流す。アーティスは相手の剣の速さに守勢一方になっていた。何しろ人間では考えられない方向から攻撃されるので、それに反応するので手一杯だった。
だが、その何十合の剣撃の中で、アーティスは相手の攻撃に単調さを感じた。連続する攻撃に反復性がある。
およそ攻撃の手順を見切ったアーティスは、頭上から来る攻撃を先回りして体をひねり、直剣で受け流すと同時に水平にした剣を魔獣の胸に叩き込んだ。
ガツン。
固いもの同士がぶつかる音がした。魔獣の胸には剣が入らず、無傷だった。思いと裏腹に剣勢を止められたアーティスは魔獣の脇をすり抜けてしまい、勢い余って前につんのめった。かろうじて宙で前転して転倒は免れたが、大地に片膝を付くことになる。
前転して上下が逆さまになったときに、緑の魔獣に捉まっているメルフォターゼの姿が見えた。声も上げずにこちらを見守っている。心配げな白面に心が痛んだ。
緑の魔獣の方には動きは無かった。戦いは黒い魔獣に任せているようで、こちらに手を出す様子はない。自分が手を出さずとも勝てるという余裕か。
アーティスは膝を付いたまま、両手で握りしめている剣を見つめた。1つ忘れていた。今持っている剣はキュリアンが魔聖具にしてくれていたが、そこに聖力を注ぎ込んでいなかった。
ふうっと息を付き、アーティスは立ち上がって、剣に自らの聖力を流し込んだ。剣刃が青白く光りだし、アーティスはさらに聖力を送り込む。力があふれ出て、一瞬見えない波動が部屋全体に広がった。
瞬間剣撃を止め、スルフォンはアーティスを見た。今感じた聖力は驚きに値するものだった。聖剣士-といっても現世には3人しかかいないが-でもないと発することが出来ないほどの力だった。
(なるほど)
皇帝であり、もう一人の聖剣士ガレリオン2世が目を付けただけのことはある。スルフォンが抱えていた疑問の1つが解消された。
その力を感じて、動揺したように黒い魔獣が飛びかかってきた。頭上から来る曲剣を弾き返し、左から薙いでくる剣刃も跳ね返す。次は左からだが、アーティスはその剣より先に右に体を飛ばし、腹の辺りに剣をかすめさせると、剣を振り下ろした。
咄嗟に出した魔獣の左腕は、アーティスの剣によって肘から先を切り落とされた。黒い前腕がドサリと地に落ちる。
ギャヤヤヤアアァァ。
初めて声を上げて、黒い一つ目の魔獣は後退った。切られた左肘からどろりとした黒い液体が流れ落ちる。
魔獣はひとしきり声を上げると、アーティスに向き直り曲剣を振り上げた。
だが、すでにアーティスは剣を受ける構えに入っており、予想通りに振り下ろされた曲剣を弾き返すと、体のひねりを利用して黒いバラッサの胸を右足で蹴りつけた。
黒い魔獣は剣を振り上げたまま宙を舞い、ドウッと背中から地に落ちる。
その体が落ちる前にアーティスは1歩踏み出していて、2歩目の反動で跳躍する。
アーティスは文字通り黒い魔獣に飛びかかり、倒れている魔獣の胴にまたがるように体を落とす。動かしかけた魔獣の右腕を左足で押さえつけ、降りた勢いで逆手に持った剣を頭の半分を占める大きな目玉に突き立てた。さらに腰を落として、とどめとばかりに剣を深く突き込む。
黒い液体が剣で潰された目玉から飛び散り、周囲の地面を濡らしていく。黒の魔獣は体をビクンと震わせたかと思うと、足と腕を力なく落とし、そのまま動かなくなった。
「ふーっ」
大きく息を吐いて右横の方に目をやれば、すでにスルフォンはもう一体の黒い魔獣を倒していた。彼の前には首のない黒い体が仰向けに倒れており、少し離れたところに黒い頭部が転がっていた。
魔獣バラッサの目から剣を引き抜きながら、アーティスは緩やかに立ち上がり、黒い液体が付いた剣を大地に向かって強く振った。黒い液体が石の地面に飛び散って、吸い込まれていく。
顔を上げた先には、皇女を右下腕に抱えた緑の魔獣タルカスがこちらを睨むようにして立っていた。




