27:剣姫-メルフォターゼ
「くそ!」
およそ王子らしくない言葉を吐いて、ショーンは正面の敵の剣を受け止めた。その右目の端で、兵士の一人がショーンの背後にいるスーナ王女に手を伸ばしているのが見えた。
「キャア!」
スーナが身をよじって後退る。そこに兵士の手が伸びる。
ピンクの影が動いた。
「あうっ!」
声を上げたのは兵士の方だった。
交えた剣を押し返したショーンが見たのは、兵士が伸ばした右手首を白い手で掴み、もう一方の手でその兵士の喉に手刀を打ち込んでいるメルフォターゼの姿だった。
「はぁ?!」
驚きが先立った。まさか皇女がこのような行動に出るとは。ショーンは唖然として思わず剣を取り落としそうになった。
手刀を入れられた兵士はそのまま倒れ、持っていた剣がガランと床に落ちた。
「このっ!」
別の兵士がメルフォターゼに斬りかかった。メルフォターゼは先の兵士が落とした剣を拾い上げ、振り下ろされる剣を受け止める。ガキンと剣がぶつかる音が響いた。
「メルフォターゼ殿下!」
アーティスが駆け寄り、メルフォターゼに斬りかかった兵士の横腹に回し蹴りを食らわせた。渾身の一撃で、兵士は吹っ飛び石造りの柱に全身を打ちつけた。
「あうっ!」と叫んで、その兵士は柱にもたれたまま動かなくなった。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
アーティスの心配げな声に、皇女はにっこりと微笑んで答えた。
次の瞬間、メルフォターゼが両手で剣を握り直し、右から斬りかかってきた剣を受け止めた。相手の兵士は剣を一旦引き、すぐさま角度を変えて振り下ろす。
メルフォターゼはその相手に2合、3合と斬り合い、相手の隙を突いて胸に突きを入れた。兵士は後ろに下がって剣先を避ける。メルフォターゼは相手の兵士がややよろめく隙を狙って、兵士の右腕に突きを入れ、さらにひねって相手の剣を絡め取った。剣を手放してしまった兵士が驚く中、その脳天に剣を寝かせて打ち下ろす。頭蓋に衝撃を受け、その兵士は気絶して、床に倒れた。
「!?」
皇女の剣さばきにアーティスは目を見張った。
「皇女殿下、剣を・・・」
アーティスの声に、メルフォターゼが剣を立て、構え直して、再びにっこりと微笑んだ。
「剣舞を舞うために、3年前からランスフォード副隊長に剣技を教えていただきました」
剣舞は剣技を舞いで表現するものである。なので、剣技を知らなければ剣舞を踊ることは出来ない。そう考えたメルフォターゼは剣の使い方を習うことにした。師事したのは当時からアルルアで一二を争うと言われた近衛連隊副隊長ファラーン・ランスフォードであった。
「ランスフォード師からはすじがいいと言われました」
微笑むメルフォターゼに呆気にとられながらも、アーティスは感心していた。ドレス姿でこれだけ剣を振るえれば十分に強いと言える。それに彼女を教えたのがランスフォードとは。突如発覚した姉弟子にアーティスは首を左右に振った。
だが、呆けている時間は無かった。後方から斬りかかってきた剣を振り向きざま直剣で弾き、返す剣で兵士の胸を斬り上げる。のけ反って避けたがら空きの胸に剣を突き込む。のけ反った上に胸を突かれた兵士は後方へ宙を飛んで行った。
ドサリと落ちると兵士は手から剣を放し、動かなくなった。
キュリアンは一人の兵士に手こずっていた。アーティスやメルフォターゼと違って普通の剣技しか使えない。それでもよくやっていると言ってもいいだろう。何合か切り結び、しかし決着は付かなかった。
(こいつらじゃダメね~)
いきなりキュリアンの耳に女の声が聞こえた。驚いて無意識に振り向くが、背後には誰もいなかった。
「?!」
だが、確かに聞こえた。明瞭な女の声だ。しかも聞き覚えがあるような気がした。
「あうっ!」
キュリアンが不意に振り向いた隙を狙って、兵士が剣を振り下ろした。キュリアンはとっさに避けたが、襲いかかった剣先はキュリアンの大腿を傷つけた。血が噴き出し、キュリアンは尻餅をつくように床に落ちた。
「キュリアン!」
アーティスが駆け寄り、慌てた兵士に剣を振る。アーティスの一撃を受け、兵士は1歩後退する。さらにアーティスは右から左からと連続で斬撃を加え、兵士は防戦一方になった。上からの攻撃で剣が上を向いているところに、突然アーティスは剣の方向を変え、下から剣先を斬り上げた。
ガキンと音がして、兵士の剣が頭の上まで弾き上げられる。がら空きになった兵士の胸に向かって、アーティスは左足で蹴り付けた。強烈な打撃を心臓に受けて、兵士はくの字になって後方へ吹き飛び、石の柱に背をぶつけた。ずるずると柱を背に床に落ち、その兵士は力なく床に倒れた。
「大丈夫か?」
アーティスが声を掛けると、キュリアンは左足を押さえたまま、首を振った。
「痛い」
そう言うと、キュリアンは顔を伏せた。
アーティスは自分の袖を破って、キュリアンの足を手早く縛った。ある程度止血は出来るが、完全に血を止めることは出来ない。死には至らないだろうが、足が使えなくなる可能性がある。
ガンッ!
アーティスの背後で剣撃の音がした。振り向くと、メルフォターゼが、兵士の一人と剣を交えていた。その向こうでショーンが別の兵士と対峙している。
メルフォターゼは左右交互に剣を打ち下ろし、兵士を追い詰める。なかなかの剛剣だった。師の教えを忠実に守っているようで、攻めに迷いがない。
最後は兵士の剣を弾き上げ、腰をスッと落としたかと思うと、がら空きになった兵士の胸にひるがえした剣の柄頭を打ち込んだ。流れるような動作で、見事な剣さばきであった。しかも息がほとんど乱れていない。
「すごいな」
キュリアンがつぶやいた。
「俺なんかよりずっと使える」
言いながら、足の血止めをよりキツく結んで、顔をしかめる。
「あとは・・・」
「・・・一人」と言いかけた言葉を遮るように、ギャーと耳を塞ぎたくなるような声が部屋中に響いた。
「何だ? あれは?!」
黒い影が部屋の奥の方から飛び出してきた。
ギャーギャーと鳴きながら真っ黒な鳥が何十羽と現れ、天井へ舞い上がった。輪になり、グルグルと回る。皆がその様子を見上げていた。くちばしから尾の先まで真っ黒なその鳥は、目だけが血のように赤く輝いていた。大きさは鷹ぐらい。鳥としては大きい方だ。
1羽がギャアと叫んで、アーティスめがけて急降下してくる。
「なっ!」
アーティスは剣を振る。剣にドンとぶつかった重みがかかる。アーティスはそのまま床に向かって叩きつけた。
ギャアと鳴いて、黒鳥は床に落ちる。だが、その黒鳥は一度羽根をバタつかせると何も無かったように飛び上がった。
さらに黒鳥が下ってくる。アーティスは立てないキュリアンをかばいつつ防戦する。だが、いくら斬っても黒鳥は倒れず、飛び上がってくる。
「何だ、こいつら。切りが無い!」
アーティスの叫び通り、他の二人も同じように斬れない黒鳥の攻撃に困惑している。黒鳥は残った一人の兵士にも遅いかかかっており、まとわりつくような取りの大群に兵士は剣を振り回していた。こちらを襲う余裕はなさそうだ。
「多分、こいつら、魔物の類いだ!」
キュリアンが叫ぶ。
「低級の魔物は剣で倒せるが、上級の魔物は普通の剣では倒せない」
キュリアンがアーティスに叫ぶ。
「そんな・・・」
普通の剣を振るうアーティスは襲い来る黒鳥を払いのけながら、力なくつぶやいた。
「なるほど! 分かりました!」
答えたのはメルフォターゼだった。皇女は両手で直剣を握り直した。両腕に力を込める。剣先から白い霧のようなものが現れ、やがて剣身が白く輝く。
その剣を黒鳥に叩きつけると、空中で二つに割れ、それぞれが黒い煙のようになって消えた。ソロ神の巫女である皇女は聖力を容易に剣に込めることができる。魔と聖は相反するものであり、聖力は魔物には有効な攻撃だった。
メルフォターゼが剣を振るうたびに黒い影が倒されていく。
上からの攻撃に視線が天井の方ばかりにいっていたが、その目の端に黒い影を捉えた。白い柱の向こうに大きな影が動いている。
メルフォターゼはその柱の方へ駆け寄った。ロングドレスとヒールの靴を履いているにも関わらず、メルフォターゼの足取りに乱れはなかった。
柱から現れた影に皇女は剣を突き刺した。
が、手応えが無い。
ハッとして、剣を退こうとした途端にその手首を何者かに掴まれた。
「きゃあぁぁ」
初めて聞くメルフォターゼの悲鳴に、アーティスたちは視線をその方向に向けた。
そこに現れたのは、4本の腕を持つ全身緑色の巨躯を持つ怪物だった。
「タルカス!」
アーティスとキュリアンが同時にその怪物の名を叫んだ。
ようやく話も終盤にさしかかってきました。
投稿ペースは遅いと思いますが、どうかお付き合いください。




