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青竜の騎士 ~青き聖剣の物語~  作者: 柊 卯月
外伝の1 アルルア剣闘会
64/89

24:誘拐-メルフォターゼ&スーナ


 アーティスがその連絡を受けたのは、その日の夕刻、ちょうど食事を終えたときだった。慌ただしい馬蹄の音がアルファム国公館の外門に現れ、近衛兵が急使を告げた。

 状況を聞いたアーティスはすぐに着替えを済ませ、帯剣・乗馬して王宮に駆けつけた。王宮の周りは兵の数こそ多かったが、それほどの大事には見えなかった。だが、中へ招き入れられたアーティスには慌ただしい混乱が目に入った。


 そのままアーティスは国王の控え室に案内された。途中でキュリアンが合流する。キュリアンも困ったような顔をしており、お互いに不審な表情のまま、無言で首を振る。

 部屋に入ると、数人の重臣とともに国王がやや陰りのある表情で待ち受けていた。

「アーティス殿、キュリアン殿、呼び出して済まない」

 時の皇帝ガレリオンⅡ世は普段の様子からは考えられないほどの弱い声で二人を呼んだ。


「いえ」

 返事の言葉が見つからず、アーティスとキュリアンは短く答えた。周囲にいる重臣たちの視線が二人に強く注がれているのが分かる。

「聞いてもらったと思うが、スーナ王女とメルフォターゼが行方知れずになっている」

 皇帝の声は、緊張からかややかすれていた。

「・・・本来であれば、皇女は城内に戻っておらねばならんのだが、未だに所在が分からない。マト国からもスーナ王女の行方について問い合わせがあり、二人とも見つかっていない」

 一旦、そこで言葉を切ったガレリオンは豪奢な椅子から睨むような目付きで二人を見つめ、机の上で手を組んだ。

「最後に会ったのが君たち二人だと聞いている」


 キュリアンと二人が呼ばれた時点で予測は付いていたが、どうやらアーティスたちと別れた後、行方不明になったようだ。

(なるほど)

 この部屋に入ってきた時の痛いほどの視線の意味が分かった。真っ先に疑われる立場と言うわけだ。


「夕刻、キュリアンに魔法院から呼び出しがあり、その時にメルフォターゼ様、スーナ様と別れました」

 アーティスが状況を思い出しながら話し出した。

「私もそこで分かれて屋敷に戻りました。メルフォターゼ様とスーナ様は二人で花園の方へ行かれたようですが、その後は存じ上げません」

「私も魔法院に戻ったあとは、お二人に会っておりません」

 視線を向けられたキュリアンが答えた。もちろん嘘ではないし、嘘つく必要もない。だが、10以上の目からにらみつけられるとたじろんでしまう。


「キュリアン殿のことは魔法院からも連絡を受けている」

 皇帝は視線をキュリアンからアーティスに移した。世界(ファルアニア)を統べる皇の眼光にアーティスは一瞬たじろいだ。

「何か彼女らから聞いていないかね。行き先とか」

 アーティスは首を左右に振った。

「申し訳ございません。何も聞いておりません」

 アーティスが肩を落とした。豪奢な机の周りに居る騎士や魔法師の視線が突き刺さる。


「君たちを疑っているわけではないのだよ」

 顔を歪めるようにして無理に笑い顔を作ったガレリオン2世は軽く手を振った。何があったにせよ、この二人がすぐに分かるような嘘をつくはずがない。もし誘拐犯なら真っ先に疑われるような状況にはしないだろう。騎士長や魔法師の一部は疑っているようだが、この二人を一年間見てきたガレリオンは彼らを信用していた。

 

「何も手がかりがないのだ。それで、一つずつ状況を調べている」

 皇女と他国の王女が誘拐されたかも知れないという大事であり、皇帝自ら探索という異常事態だった。当たり前なのかも知れないが、浮き足立つような様子が見えないのが、さすが皇帝と皇兵というところか。

「君たちと分かれた後ぐらいになると思われているのだが、魔法師(ポーラン)の何人かが瞬間的だが強い魔力の発生を感じたという報告を聞いている」

 ガレリオンがやや身を乗り出した。

「何か感じたことはなかったかね」


 そう言われて、アーティスは思いつくことがあった。

「確かに皇女と別れた後、一瞬違和感を覚えました。とても、嫌な怖気(おぞけ)を感じました。ただ、一瞬のことだったので、魔力とは思いつかず・・・」

 言い終わりにアーティスが小さく首を左右に振った。

「私も魔力を感じましたが、一瞬のことだったので、あまり気にせずに・・・」

 キュリアンも答えたが、それはすでに魔法院でも語ったことだった。

「お役に立てなくて申し訳ございません」

 二人がさらに左右に首を振って頭を垂れると、広い部屋の中に何か重い物が落ちたように、居合わせた者たちの頭もがっくりと下がった。

 


「こんな時間に呼び出して済まなかった」

 顔を上げた皇帝はやや疲れた声で告げた。

「もう帰ってもらって良いが、最後に頼みがある」

 おもむろにそう言うと皇帝は机の上で手を組み合わせた。

「今回のことだが、他言無用でお願いしたい」


 驚いてアーティスとキュリアンはお互いの顔を見た。

 その様子を見て、ガレリオン2世は二人に手のひらを開いて見せた。

「未だに何が起こったのか判明しておらぬ。仮に誘拐されたとしても犯人も目的も分からぬ」

 ため息とも取れる息を吐いて、皇帝ガレリオン2世は言葉を続けた。

「ここで騒ぎを起こし混乱を来すことが狙いかも知れぬ。まだ何も分からんのだ。事態が判明するまでは口外せぬように頼む」

 城外が静かなのはそのためなのだと、アーティスもキュリアンも合点がいった。警備の人数は増えていたが、外から見るだけでは皇女が行方不明などという重大事件が起こっているとは分からなかった。あえて騒ぎ立てぬようにしていたわけだ。


 さらにガレリオン2世はアーティスに向き直った。

「アーティス殿にはもう一つ頼みがある」

 何を言われるのかと、アーティスは思わず身構えた。

「何があっても明後日の決勝には出場する心づもりをしておいて欲しい」

「はあ?」

 思わずアーティスは声を上げてしまった。隣のキュリアンがとがめるような視線を送って来る。慌ててアーティスは頭を下げた。

「申し訳ございません」

 が、腑に落ちなかった。皇女と王女が行方不明なのだ。剣闘会などしている場合ではないだろう。


「疑問に思うのも当然だが、先も言ったように、(こと)を公にしたくないのだ。犯人の狙いが剣闘会の中止であったら、それを許してしまうことになる。国民にも不安を与える。つまらん意地だと思われるかもしれんが、皇国としてはいかなる弱みも見せるわけにはいかぬ」

 仮に皇女が誘拐されていたとしても、犯人の要求を飲むことは出来ない。それを許せば、模倣する者が現れる。いかなる事態においても皇国は弱みを見せることが出来ない。それがファルアニア13国の頂点にいる者の矜恃であり、義務であった。


「分かりました。剣闘会に出ます」

 再度、アーティスは頭を下げた。

「済まぬ。このようなことに巻き込んで申し訳ないが、協力してくれ」

「もちろんです。我々にとってもメルフォターゼ皇女とスーナ王女は大事な方々ですから。何かお手伝いできることがあれば、何なりとおっしゃって下さい」

 皇帝ガレリオン2世は無言で頷いた。それが終わりの合図でもあった。

 二人も無言で頭を下げ、その部屋を辞した。



 二人が部屋を出ると、廊下の先に呆然と立ち尽くす人物を見つけた。壁の方を向き、力ない様子で肩を落としている。

 二人が近づいても全く気がつかない様子だった。

「ショーン王子」

 アーティスが声を掛けると、ショーンは驚いたように振り向いた。

「アーティス様、キュリアン様」

 ショーンは慌てて頭を下げたが、その顔は焦燥しているように血の気がなかった。両目は潤んでいて、いまにも泣き出しそうだ。


「スーナ王女の事は聞いたよ」

「お騒がせしてすみません」

 ショーンが肩をすくめてまた頭を下げた。アーティスとキュリアンは互いに顔を見合わせて軽く首を振った。王子とはいえ、ショーンはまだ16歳であり、妹姫が行方不明となれば、もっと動揺していてもおかしくない。落ち着いている様子を見せようとしているが、年長の二人にはショーンが無理をしているのが分かる。

「私が気分が悪いなんて嘘をつかずに、一緒に行っていたら、こんなことには・・・」

 話す声が震えている。悔しそうに両拳を握りしめ、頭を下げた。


「王子のせいじゃないさ」

 アーティスがショーンの両肩に手を置いた。

「皇帝陛下が自ら陣頭指揮をされている。必ずみつかるさ」

 アーティスは言葉を句切って言い聞かせるように言葉を繋いだ。

「それに、王女が見つかったときに王子がちゃんとしていないと王女に笑われるぞ」

 その言葉に驚いたようにショーンは息を止めた。


 力強く掴まれた肩から何か力の源のようなものが体に入ってくる気がした。ショーンは大きく息を吐き、顔を上げた。

「そうですね。落ち込んでいても仕方ないですね」

 にっこりとはいかなかったが、どうにか口角を上げることには成功した。そのあと、ショーンは一人頷いて、全身に力を入れるように両肩を力強く上下させた。

「ありがとうございます。ちょっと楽になりました」


「心配だと思うが、今日はもう休んだ方がいい」

 アーティスはショーンに微笑んで見せた。

「俺たちも明日捜索に加わるつもりだから」

 アーティスがショーンを見て頷くと、ショーンがアーティスを見つめ返した。

「・・・私もご一緒させて下さい」

 アーティスとキュリアンは一度顔を見合わせてから、ショーンを見た。

「いいだろう」

 ショーンはほっとしたように胸をなで下ろした。

「じゃあ、明日の朝に」


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