16:第4試合《ダナクォン》
「王子様だからといって手加減はしませんよ」
エノール・カルベンはアーティスより4-5歳上だろうか、やや大きめの目と長髪が特徴的だ。銀色の兜と同色の軽装の鎧を身に付けている。両手にはそれぞれ、6トーム(約45センチメートル)ほどの剣を握っていた。剣身が中ほどから大きく反った曲剣でケフェセスの伝統的な剣であった。
「そうしてくれ。手を抜いたから負けた、と言われては心外だ」
対するアーティスはやや青みを帯びた白銀の兜とこちらも軽装の鎧であった。アーティスの得物は1リルク(約85センチメートル)よりやや長めの直剣である。比較的一般的なもので、剣としては使いやすいと言われている。
「言うねえ」
エノールは笑みを浮かべ、アーティスを見た。アーティスの方もにやりと笑い返す。
二人は闘技場の中央まで進み、向かい合った。
するとそれを待っていたように、試合の開始を告げる銅鑼の音が闘技場に響き渡った。
向かい合ったエノールとアーティスは、その音とともに同時にザッと後ろに引き、お互いに間合いを取った。
アーティスは剣の柄を両手で握り、体の正面に構えた。一方、エノールの方は右に体を開き、左の剣を前に、右の剣を後ろに引いた構えを取った。
しばらくにらみ合いが続く。先に動いたのはアーティスだった。
「はあっ!」
両手で握った直剣を頭上に掲げ、エノールに向かって駆け出した。
「速い!」
エノールが叫ぶ。アーティスの速度は驚異的だった。あっという間に間合いを詰め、頭上の剣を振り下ろす。エノールは一歩も動けず、とっさに両手の剣を頭上で交差させて、振り下ろされる直剣を受け止めた。
ガキンと金属音が響く。衝撃を受けエノールががっくりと片膝をついた。両手で受けたもののアーティスの剣勢に耐えきれなかった。3本の剣が噛み合い、ギリッと悲鳴を上げる。
その剣の交叉を挟んで、アーティスとエノールが向き合い、お互いの目が相手の目をにらみつけた。
ふとアーティスが視線を反らし、右の方へ目を動かした。かすかに顔もそちらの向きを動く。つられてエノールも目だけを左の方へ動かした。注意が削がれ、やや腕の力が緩む。
その瞬間、アーティスは剣を上げ、素早く剣をひるがえしてエノールの左脇へ剣を斬り込む。殺気を感じたエノールは左手の曲剣をひるがえして、その剣を迎える。それと同時に体を右後ろに引いて、アーティスが繰り出した長剣の勢いを削りにいく。
アーティスの一撃はエノールの曲剣にいなされ、軌道を変えて空を斬った。エノールはさらに2歩後退し、アーティスとの距離を取る。
(これは侮れんな)
王子であるし、剣闘会に出場するというのだから、それなりに剣は使えると思ってはいたが、これほどの腕前とは予想が外れた。アルルア最強と言われるファラーン・ランスフォードの教えを受けた、というのも頷ける。王子の物見遊山というわけではなさそうだ。
エノールの思考は長く続かなかった。アーティスは右足を踏み出すと同時に剣を振り上げ、左足を出したと同時にエノールに向かって振り下ろす。エノールは長身から振り下ろされる長剣に対して、左に体を寄せ、右手の剣でその長剣を弾くように流す。相手の剣が右に振れた隙に、左手の曲剣をアーティスの右腹に向かって、突き出していく。
アーティスは右から襲ってくるひらめきを右目の端に捉え、剣を流されたまま、その方向に体も流していく。だが、体が逃げるより速く、曲剣がアーティスの脇腹に達する。
「あうっ!」
右脇腹でガキンと音が鳴り、軽い衝撃を感じた。アーティスは、体をひねるようにして一回転し、左からの剣先を避ける。
「痛~」
右脇をさすりながら、アーティスが顔をしかめた。胴には簡単な帷子を着けていたので、致命傷にはならなかったが、打撃はまともに受けてしまった。多少は逃げたものの、なかなかの衝撃だ。
「やってくれる・・・」
アーティスがエノールをにらむと、エノールの方はにやりと笑った。
アーティスもにやりと笑い返して、斬撃を繰り出す。アーティスがやや右上から剣を下ろすと、エノールが両手の剣でそれを受け、押し返す。アーティスは押された剣をひるがえし、次は剣を水平に突き出す。左の曲剣がそれを受け流し、右の曲剣がアーティスに向かって繰り出される。アーティスは弾かれた直剣を強引に引き戻し、腹に迫る曲剣を弾き返す。その剣をさらにエノールに突き出すと、エノールは後ろに下がる。
さらにアーティスは下がるエノールを追いかけて、剣を繰り出す。エノールはさらに下がってその剣を避ける。アーティスは執拗に追撃し、エノールはやや右側に回りながらしたたかに後退する。
二人が位置を変えながら切り結ぶこと十合以上、剣と剣がぶつかり合う金属音が闘技場内に響き渡る。
基本的にはアーティスが追い、エノールが後退りながら避ける形が続いている。アーティスが追うのに疲れ、速度を抑えるとエノールが剣を繰り出して挑発する。そこでアーティスが直剣を出すと、再び斬り合いが始まる。
(なるほど)
エノールを追うアーティスは相手の意図をようやく察知した。エノールはアーティスよりも小柄で、身のこなしも軽い。そして、見た目よりも体力があるようだ。どうやら、敵の狙いは、アーティスを引きずり回し、体力と精神力を消耗させることにあるようだ。
エノールの右の剣がアーティスの左腕を狙い打ち下ろされる。アーティスが体を引きつつその剣を避けると、右下から伸びてくるエノールの曲剣を直剣の根元で下に向かって叩き落とす。エノールの正面ががら空きになったが、間合いが近すぎて剣が使えない。とっさにアーティスは体を少し沈め、左足をエノールの胸に向かって蹴り出した。エノールは思わぬ攻撃に防御が取れず、アーティスの足蹴りをまともに受け、後方へすっ飛んだ。
エノールはしたたかに尻餅をつき、背中を2度大地に打ち付けた。だが、そのまま寝ているわけにはいかず、仰向けの状態から飛び起きるように上半身を起こし、そのまま立ち上がった。アーティスは追いかけて来ず、距離を置いたところで一息ついていた。
二人の距離は3リルク(約2.5メートル)ほど。観客の歓声がひときわ大きくなっていたが、当事者の二人の剣士には森のざわめきと変わらなかった。今は目の前の相手から目が離せない。
エノールも立ち上がると、「ハァ」と息と吐いて、肩をぐるりと回した。
(強い・・・)
それがエノールの正直な感想だった。剣技もさることながら、今の蹴りを見るとけんか慣れていると思える。どうやら深窓の王子様というわけではないようだ。王族の剣術では決して蹴りは教えないだろう。ファラーン・ランスフォードの教練がより実践的なのかもしれない。いずれにせよ、簡単に倒せるような相手でない。
しかも、体力もある。かなり引き回したはずなのに、大して息も乱れていない。大剣を振り回すのには相当な体力がいる。その消耗も狙った作戦はどうやら失敗のようだ。
「一応言っておくが、俺は結構体力がある方だぞ」
エノールの思考を見透かしたように、アーティスが言った。
「そのようだな」
エノールは答えて、小さく頷いた。
一瞬の間のあと、エノールが右の曲剣をアーティスに伸ばしてきた。その突きの速度は開始直後にアーティスが見せた速歩よりも速かった。アーティスは直剣を左へ振り、その曲剣を弾き返した。が、すぐにアーティスの右側にエノールの左の曲剣が突き出される。アーティスは体を引き、剣を返して右側の曲剣も弾き飛ばす。
すぐさま右の曲剣が再度アーティスの左を襲う。これもアーティスの剣が弾き返す。エノールは左右の剣を交互に突き出し、アーティスを追い込んでいく。アーティスは左右から繰り出される剣をかろうじて弾き返していたが、その勢いに徐々に後退る。
左右の曲剣の勢いは止まらず、アーティスに反撃の余地を与えない。だが、エノールは攻撃しながら違和感を感じていた。最初は自分が疲れてきたのかと思った。だが、そうではない。防御のアーティスの剣速が速くなってきているのだった。
左右から間断なく繰り出される剣刃よりも受ける直剣の速度が上回ってきた。攻撃しているのはエノールであったが、エノールの方に余裕がなくなってくる。
何十合目かの右の曲剣をアーティスが左外に弾き返し、次の左の剣刃を右に弾き返した時、エノールの両手が左右に開き、正面ががら空きになった。
「はーっ!」
アーティスは返す剣を頭上に振りかぶり、無防備のエノールの兜めがけて振り下ろした。
ガツンと堅い音が響き、エノールの視界が一瞬真っ白になった。首と背筋に痛みが走り、次の瞬間には顎に衝撃を受けた。
「あうっ!」
胸にも衝撃が走った。エノールの目前に大地が迫っていた。
「おう!」
エノールは痛む体を無理矢理大地から引き剥がし、かろうじて立ち上がった。口の中がジャリジャリする。エノールはつばを絡めて、口の中の砂を吐き出した。
自分を大地に押しつけた張本人は目の前で長剣を構えていた。エノールと同じように荒い息をしている。
「はう!」
エノールは再び右の曲剣をアーティスの左脇へ向かって繰り出した。アーティスの剣が右へ傾き、左脇への攻撃を受けようとする。それを見て取ったエノールは、左を狙ったはずの右手を引き戻し、左の曲剣と併せて、同時にアーティスの左手首を狙って振り下ろした。両の剣でアーティスの手首に打撃を加え、剣を落とさせる作戦だった。
だが、左へ空振るはずのアーティスの剣先は曲線を描き、下側から上に向かって振り上げられた。その剣刃は、手首を狙ったはずのエノールの剣に向かって振り上げられていく。
ガキン!
3枚の刃が同時にぶつかる音が鳴った。
ガギッ。
さらに鈍い金属音がして、アーティスの剣が空に向かって軌跡を描いていく。キラリと光る三日月型の金属が二つ、陽光にきらめいてエノールの右後方へ飛んでいった。
ガサリ。
回転していた曲剣の刃が大地に刺さった。
エノールは呆然と途中から刃がなくなった剣を見つめた。握っていた曲剣はちょうど曲がった部分から先が折れてしまっていた。そう簡単に折れるものではないはずだが、アーティスの剣を受けているうちに、その衝撃に耐えられなくなったのだろう。
エノールは万歳するように両手を挙げ、ゆっくりと手を開いた。剣刃を失った柄が二つ手を離れて、大地に落ちた。
なかなか書いている時間がありません。
週1のペースぐらいになっていますが、もう少し速いほうがいいですよね。
励ましのお便り、待ってま~す。
感想やブックマークなどいただけると、うれしいです。




