15:恋路ースーナ
第3試合はフライシャー国のフォスフィン・カルセランドが辛勝して、今日の試合は終了した。強国エステルの剣士が負けたことで、闘技場の雰囲気は驚きに満ちたものとなったが、すぐに勝者への賞賛の嵐となった。
1日目にしてすでに観客の興奮は最高潮だった。試合後は、この興奮のまま観客たちが街へ繰り出し、闘技場に入れなかった人たちも巻き込んで大騒ぎが始まる。今日から決勝戦までの8日間、このお祭り騒ぎは続いていく。その期間、アルルアは喧噪の街と化す。
「大興奮でしたわ」
頬をやや上気させながらスーナが後ろ向きに歩いてゆく。
「ああ、いい試合ばかりだったね」
ショーンは目の前のスーナがぶつからないように、その先に目配りしながら答えた。
その後ろにメイドのキャスが続く。護衛のランドルはスーナの前を守っている。
「明日はアーティス様の試合ですわね」
満面の笑みというのはこういう表情なのだろう。スーナの顔がまぶしく感じる。アーティスの話をするときは本当にうれしそうだ。
「そうだねぇ。昨日の剣さばきを考えるとかなり強いと思う」
ショーンは昨日近衛兵4人を相手に圧倒していたアーティスの剣技を思い出していた。アルルア随一と言われ、今回の剣闘会にも出場している近衛隊長ファラーン・ランスフォードに師事していると聞いていたが、確かにその強さはかなりのものだった。
「兄上!」
スーナが指を指して、声を上げた。
その指の先を見ると、男女が二人。メルフォターゼ皇女とアーティスだった。
「アーティスさまです!」
言うより早く、スーナがその二人に向かって走り出した。前を進んでいたランドルが慌ててスーナを追い、ショーンに続いてキャスも追いかける。
「おい!」
ショーンが声をかけたときには、スーナのはすでにアーティスまで2歩の距離にいた。
「アーティス様、お姉さま」
スーナは器用にアーティスの前で立ち止まり、キラキラした瞳でアーティスを見上げた。長身のアーティスに比べると、頭一つ以上の差がある。
「アーティスさま、明日は頑張ってくださいね」
スーナが両手を胸の前で組んで、アーティスを見上げる。
「あ、ああ、ありがとう」
「精一杯応援しますから」
「・・ありがとう」
アーティスはスーナの勢いにやや背を反らせていく。その様子を見て、メルフォターゼがくすっと笑った。
すると、かわいい応援者は、アーティスの右手を両手で掴んで強く握った。
「スーナのために勝ってくださいね」
「は、はい?」
アーティスがひるんでいると、思わぬ方向から声がかかった。
「あら、アーティス様、おモテになりますのね」
何故かトゲを感じる声の方を見ると、メルフォターゼの冷ややか視線とぶつかった。アーティスは思わず小刻みに顔を振る。
「・・いや、これは・・・」
2重にひるむアーティスを無視して、スーナは目を輝かせて、アーティスの顔を見つめる。
「スーナはいつでもアーティスさまを応援しています」
「・・・」
「こら、スーナ!」
アーティスに救いの手を差し伸べたのはショーンだった。
「ああ・・・」
ショーンに後ろに引きずられ、スーナはアーティスの手を放してしまった。名残惜しそうに手を伸ばすスーナはキッと顔をショーンに向けた。
「兄上!」
「兄上じゃない、ご迷惑だろう」
にらみつけるスーナをにらみ返して、ショーンはスーナを掴んで放さない。スーナの肩を掴んだまま、アーティスに頭を上げた。
「すみません」
「いや、まあ、・・」
アーティスが返答に困っていると、隣でメルフォターゼが「ふう」と息を吐いた。
「アーティスさまは明日の第一試合でしたわね。今日はもうお休みなられた方がよいのでは」
「・・ああ、そうですね。そうしよう」
メルフォターゼの助言にアーティスは安堵の表情を浮かべた。
「じゃあ、これで」
言ってアーティスは、後ずさりしながらその場を逃げるように去って行った。
「おねえさま」
アーティスの姿が見えなくなって、スーナがメルフォターゼの顔を見上げた。
「はい?」
その挑戦的な視線にメルフォターゼがたじろいだ。
「おねえさまのことは大好きですが、アーティスさまはゆずりませんよ」
「ええ?」
メルフォターゼは首を傾げた。
「わたくしは、その・・・」
「分かっていますわ。スーナは正々堂々と戦います」
「いえ、そういうことではなくて・・・」
スーナの勢いと勇み足にメルフォターゼは眉を寄せた。
翌朝も剣闘会にふさわしい晴天であった。
スーナはやや寝不足の目をこすりながら、闘技場に向かった。ショーンが寝不足の理由を訊くと、「興奮して眠れなかった」という。
「だって、アーティスさまの試合のことを考えると心配で寝てなんていられなかったですよ」
スーナは右の目を指でこすりながら答えた。
(お前がそこまで心配することじゃない)と心の中で答えながら、ショーンは口では別のことを言った。
「アーティス殿は強い。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「それは分かっていますが・・・」
スーナは困った風に形のよい眉を寄せた。ころころと表情が変わる。感情が豊かなのだろう。その表情を見ながら、ショーンはふと思った。もし自分が出場したら、ここまで心配してくれるんだろうか、と。
闘技場はすでに観客でいっぱいで、喧噪が渦巻いていた。ショーンが見上げると、最上段席のメルフォターゼと目が合ってしまった。お互いに少し驚いて、慌てて視線をそらす。昨日スーナが余計なことを言ったために、ショーンも何故か気恥ずかしかった。
ショーンと目が合ってしまったメルフォターゼは、視線を闘技場の選手が出てくる入り口に目をやった。昨日のスーナの言葉が気にかかる。
今までアーティスのことをそれほど気にかけた覚えはないが、他人からはそう見えるのだろうか。メルフォターゼは立場上、多くの王子を知っているし、メルフォターゼに言い寄ってくるような人もいた。だが、いずれの王子も友人であって、そんな感情を持ったことはない。アーティスもそのうちの一人だった。
そんな感情?
メルフォターゼの心に疑問が湧き上がった。そんな感情とはどんな感情なのだろう。
答えのない問題のようにメルフォターゼの心で何かの思いがぐるぐると回っていた。もどかしい気分のまま、闘技場の入り口を見ていると、その扉がおもむろに開いた。
二人の剣士が闘技場に現れ、闘技場の歓声が一段と盛り上がった。
銅鑼の音が響き渡り、観客の声が急激に小さくなった。皆が登場した剣士の紹介を固唾をのんで待っていた。
「第4試合!」
昨日と同じ白い服の神官がよく通る声で試合を告げる。彼はこの声のおかげで今回の役割に抜擢されたのだった。
「アルファム王国より、アーティス・トラン」
アーティスが持った長剣を頭上に掲げた。一斉に歓声が沸き上がり、すぐに収まる。
「ケフェセス王国より、エノール・カルベン」
もう一人の剣士が両手に持った剣を掲げた。再度歓声が沸き上がる。
なかなか投稿が進みませんが、なんとかブックマークもついているし、何人かは読み続けていただいていると信じています。
できるだけ忘れられないように頑張ります。




