12:剣闘会《リクザード》
銅鑼の音を合図に、二人の剣士がそれぞれの剣を構え直した。2人共30代の前半という年齢で、体格もよく似ていた。北方マクザイン出身のホランの方が肌の色がやや白いが、決して弱くは見えない。
二人とも基本的な出場者の装備で、肩や腕、足に甲をつけ、右腕に剣、左腕に装着する盾という出で立ちだった。
ドリエ王国のイアン・ハンドリアは装備を赤で統一されていた。兜、肩甲、手甲、胴鎧、脚甲、ついでに剣の柄も赤で統一されていた。おそらくこの剣闘会のためにあつらえたのだろう。その赤く塗られた兜は陽光にきらめくほどに磨きがかかっていた。持っている剣は刃渡り1リルク(約85cm)ほどの一般的なものだった。ただ、柄だけは胴鎧に合わせて、赤く塗られている。左の前腕に取り付けている盾は直径半リルクほどの丸い形状のもので、ドリエでは一般的に使われるものだった。赤く塗られた中央にはドリエ王国の象徴である鷹の図案が描かれている。
一方のマクザインのホラン・フォーリアは、特に装飾のない軽装で、過度な鎧は付けていなかった。手甲や脚甲には金属の板が使用されていたが、全体を覆うものではなく、動きを制限しないように作られている。兜も耳までを覆う形状で首の辺りまで覆う重装ではなかった。動きを重視した防具を使用しているのは、おそらく防御よりも動き重視なのだろう。剣もやや細身の剣身で、こちらも使いやすさを優先していると思える。対戦者のイアンと同様左腕に盾を装備しているが、こちらは一辺が半リルク(約40センチメートル)の四角い形状のもので、手持ちであった。
二人は向かい合ったまま、じりじりとお互いの距離を詰めていく。どちらが先に仕掛けるのか、観客は固唾を飲んで待っていた。一息もはばかられるほどの静寂の中、2人の剣士が少しづつ足を運ぶ音だけが耳に入る。
先に動いたのは、マクザインのホランの方だった。伸ばせば剣先が触れそうな距離で、ホランは一気に間合いを詰め、直剣を振り下ろした。対するイアンは左腕の丸い盾を顔の前に突き出してその剣を受け止めた。ガキンという金属音が闘技場に響き渡る。
剣を受けた瞬間にイアンは右手に持った剣を横に振る。今度はホランが盾を押し出して、横殴りの剣を受け止め、ガキッという音が響く。お互いの剣をお互いの盾で受け止め、二人は同時に1歩引き下がり、再度構えを取る。
静寂が破られ、闘技場が一気にワーッと沸いた。まだ一撃ずつの様子見であったが、いよいよ剣闘が見られるという期待が膨れ上がったようだ。
歓声の中、闘技場の2人はにらみ合っていた。また、じりじりと摺り足でお互いに近づいていく。
ダッと足を進めたのは、またもホランの方だ。剣を斜め上から赤い鎧に向かって振り下ろす。イアンは今度は盾で受けずに剣を両手で持ち、振り下ろされる剣に向かってその剣を振り上げた。
振り下ろした剣がガキッと音を立てて跳ね返される。がら空きになったホランの右脇にイアンの剣先が迫る。ホランは体を右に開いて避けつつ、左手に持った盾をイアンに向けて押し出す。
イアンは返す剣でホランの右脇を狙ったが、体を捻って剣先を避けられた。しまったと思った時に眼の端に顔前に迫る四角い盾が移った。すでに突きの体勢で避けられない。右肩に衝撃が走った。盾に押されて、左側によろけてしまう。
相手がよろけたと見たホランは、弾かれた剣を引き戻して、再度イアンに向けて振り下ろす。イアンの足はもつれかけたが、すぐに腰を捻って、左足を踏ん張った。左から迫る剣に、イアンは再度剣を振り上げた。だが、体勢が整っていないため先ほどの勢いはなく、受け止めるにとどまった。
剣を受け止められたホランは、しかし、相手の体制が崩れているのを見て取り、さらに剣を振る。まだ体勢が整っていないところへ2撃目が繰り出され、イアンはそのまま、両手で持った剣で受けた。
ホランは、攻撃を緩めず、斬撃を繰り出した。イアンはほぼ剣を横向きにして、その連続攻撃を受け続ける。ガンッ、ガキッという金属音が何度も響く。
ホランの攻撃は10撃も続いたが、さすがに10撃目になるとその剣速が落ちてくる。11撃目のときに、イアンは低い体勢から、剣を振り上げ、ようやくホランの剣を弾くことができた。剣を弾いた瞬間に、後方へ飛び退り、間合いを広げた。10合の間に、闘技場の中央からかなり押し込まれ、イアンの背中に壁が迫っていた。
一瞬の間をおいて、さらにホランが剣を振った。赤い鎧のイアンは、その剣先を右へ避け、相手の左側へ剣を叩き込む。空振りしたホランはそのまま体を右へ移動させ、左から迫る剣刃を避ける。結果、二人の位置が入れ替わって、ホランが壁を背にする。
イアンは両手で柄を握り、ホランの首筋に向かって剣を突き出した。ホランは剣で受けるが、体勢が整わず後退る。イアンはその隙を見逃さず、さらに剣を突き出す。
先ほどと逆に今度はイアンが攻め続ける。ホランは守勢に回るが、後退しながら右へ右へと回りこんで、好機を探る。
イアンは逃げるホランを追うように剣を振るうが、少しずつ間合いが離れていく。ホランの方がイアンよりも足運びが速いようだった。
剣を伸ばさないと届かないぐらいの距離になった瞬間、ホランが前へ出て急激に間合いを詰めてきた。咄嗟にイアンは飛び退った。と、ホランの方もすぐさま後ろに飛び、イアンから離れた。
ほぼ開始直後の間合いに戻り、イアンもホランも同時に大きく息を吐いた。観客席から息をすることを思い出したように急激に歓声が沸きあがった。観客たちも固唾を飲んで試合を見守っており、やっと息を抜くことができた。ショーンが握っていた手を開くと、汗で手の平が濡れているのを感じた。
ドリエのイアンはゆっくりと首を左右に振った。楽勝とは言わないが、もう少し楽に勝てると思っていた。ドリエはアルファム、テルアーナと並び、強国で知られている。ただ、この剣闘会では一度も優勝がない。そこから個人戦は弱いという不名誉な評判が立っていて、アルファム、テルアーナに続く第3位とされていた。
今回はそんな風評を払拭すべく、気合も入って試合に臨んだのである。赤い鎧甲はその意思の現れでもあった。だが、相手もさすがに国を代表して出てくる剣士だけあって、そう簡単には勝たせてもらえそうになかった。
マクザインのホランは、剣を握ったまま、額の汗を手首で拭った。それほど長い時間ではなかったはずだが、もう何時間も戦っている気がした。
組み合わせが決まったときは相手が強国を謳われるドリエ国の剣士と知って、少し気落ちしていた。
彼の国マクザインは世界の北西の端に位置し、年の半分以上が冬である極寒地であった。それゆえに国としては貧しく、強力な軍備を備えることはなかなか難しい。それでも、ホランは雪の中で体を鍛え上げ、マクザイン随一と呼ばれる剣士となり、この剣闘会に選ばれたのだ。国を背負うというよりは、剣士として技量を確かめに来た。それゆえに、この闘いを少しでも楽しみたい。そう思ったときに心が軽くなった。相手が誰であれ、全力を尽くすのみだ。
二人はにらみ合ったまま、再びじりじりと足を動かした。どちらかとなく、お互いの右側に動き出す。お互いが円の半分を描いたとき、ホランが円の中心に向かって走り出した。剣を振り上げ、赤い丸い盾を構えるイアンに襲い掛かる。ホランの剣が丸い盾に弾かれる。その弾かれた勢いを利用して、剣先を回し、相手の盾のさらに下側に剣刃を繰り出す。
イアンは足元から切り上げてくる剣に身体を左に捻って、右手の剣を水平に出して受けとめた。そのまま、剣を少し上げ、ホランの剣を下側に打ち下ろす。相手の剣先が下がり、がら空きになった手首に剣を打ち付ける。
ホランは咄嗟に手首を引っ込めた。身体の重心が後ろに下がってしまい、そこを狙って今度は右手に持った盾に体当たりされる。ホランは後ろによろめき、思わす剣を持った右手を上げてしまう。それを狙っていたように、イアンの剣がしたたかにホランの手首を打ち、続いて前腕にも打ち込まれ、右腕が体の後ろに押し出された。
試合の終わりは呆気なく訪れた。剣を打ち込まれ頭の後ろに右手を弾かれたホランの手から剣がこぼれ落ちた。ホランは背中にドサリという剣の音を聞いた。
眼が開かれ、剣を握っている赤い鎧の男を驚いたように見つめていた。何が起こったのかその瞬間は分からなかった。振り上げた右手を体の前に戻した時、その手には握っていたはずの剣がなかった。
ホランはがっくりと首を落とし、そのまま大地に膝をついた。
銅鑼が闘技場に響き渡り、耳をつんざくような歓声が沸き上がり、闘技場にあふれかえった。その歓声の中、神官が進み出て、声を上げた。
「勝者、ドリエ、イアン・ハンドリア!」
イアンは赤い柄の剣を頭上に掲げた。
投稿がすごく遅れてしまいました。
待っていただいた方(いるのか?)、済みません。
次話はもう少し早くしたいと思います。
お話としては、剣闘会が始まり、試合中継が続きます。
全試合ではないですけどね。




