06:魔法士キュリアン
その少し前ー。
キュリアンは丘の上の芝生に座り込んだ。懐から紫色の布を取り出すと左手に乗せ、丁寧に布を開く。その中には、3つの水晶玉が入っていた。直径半トーム(注:約3.5センチメートル)ほどの大きさで、それぞれ赤、青、黄の花びらが入っている。透明な水晶が陽光にきらめいて7色の光彩を見せた。
キュリアンが赤い花びらが入っている水晶に指を伸ばした時、突然その水晶が割れ、水晶であった部分は煙のように消えていった。水晶玉があったところには赤い花びらが一枚残っているだけだった。【水晶封固】という魔法で、花びらで練習しているのだが、長期間維持することができないでいた。
「う~ん」
キュリアンは思わずため息をつき、水晶玉を掴みそこなった右手で頭をかいた。
「また失敗か?」
キュリアンの背後から、やや笑いを含んだ声が聞こえた。
「7日しか持たなかった」
振り向きもせずにキュリアンは答えて、はぁとため息をついた。
ふふっと笑いを浮かべながら、背後の男がキュリアンの横に胡坐を組んで座り込んだ。
薄青い軽装でやや長めの黒い髪が風に揺らめいた。キュリアンの金髪・金眼とは対照的に黒髪・黒眼。背格好はキュリアンと変わらない。
アーティス・トラン。アルファム国の第1王子であり、キュリアンの幼馴染である。1年前から剣術修行としてアルルアに滞在していた。アルルアの近衛師団は最強集団として有名であり、各国から修行者が訪れる。アーティスも剣術を極めるためにやってきていた。
「なかなか、うまくいかないようだな」
キュリアンの手の平に乗った2個の水晶玉を覗き込んで、アーティスが言った。
「よくて10日というところかな。せっかく7日ももってたやつも、この間の地震で割れてしまった」
「ああ、結構揺れたからな」
アーティスは5日前に発生した地震のことを思い出した。ここアルルアは広大なファルアニアのほぼ中心に位置し、内陸でもあり近くに火を吹く山はない。地震などとは縁遠いと聞いていたが、先日の地震はかなり揺れた。テーブルの上のグラスが倒れたぐらいで、じっと立っているのも難しかった。数ペラゴ(注:数分)も揺れ続いていたが、揺れたのは一回きりで、大きな被害はなかったようだ。しばらくは皆何事かと心配していたが、2-3日たったら、もう忘れたように剣闘会のお祭り騒ぎに戻っていった。看板が落ちたり、窓が割れたりしたところもあるようだったが、それ以上の被害がなかったので、心配するよりも楽しみの方を優先するようにしたようだ。
「魔法院の地下室が壊れたと聞いたが・・」
アーティスが問うとキュリアンが首を振った。
「揺れた衝撃で地下庫の扉が壊れたらしいんだが、おれ達みたいな下っ端はそもそも地下庫には入れないからな。どうなっているのかは教えてくれないんだよな」
キュリアンは残念そうに言い、首を傾げた。アーティスがふふんと笑う。
「幽霊を見たとか、いろいろ噂は飛んでるけどな」
「ま、ほとんど作り話だろう。なんか勝手に話ができているよ。竜が出てきた、なんてのもあるし」
はは、とキュリアンは笑って言った。つられてアーティスも笑う。
「そりゃあ、ないなぁ。竜なんて出てきたら、今頃アルルアが壊滅してるって」
「まあ、噂なんて無責任なもんだけどな」
笑って視線を手元の水晶に移すと、またキュリアンがため息をついた。
「・・・うまくいかないんだよなー。難しい」
「それ、魔力制御なんだろ」
「ああ」
基本的に魔法に使用するのは魔力であり、その制御に聖力を使うものが多い。だが、一部の魔法は魔力自体を制御に使うものがあり、非常に制御が難しいとされている。しかも、魔力制御は暴走すると破滅すると言われており、魔法士の中でも上位の者しか扱うことが禁止されている。だが、キュリアンのようにこっそり試しているものも多い。
「大丈夫なのか?」
「気を付けてはいるよ。水晶封固以上のことはしてない」
魔力制御の魔法の方が難しく高度とされているので、魔法士を目指す者にとってはあこがれでもある。禁止されていても、若い魔法士は大抵一度はやってみるのが通例でもあった。
「まあ、頑張ってみるよ」
そう言って、キュリアンは水晶玉を紫の布で包み、懐に戻した。
「期待してるよ」
アーティスが笑って答えた。キュリアンは、金眼でアーティスを睨む。
「お前の方こそ、こんなところで油売っていていいのか?」
「まあ、気晴らしだよ」
キュリアンの問いにアーティスが笑って答えた。
「試合があるんだろ」
「試合は明後日だからな。休憩も必要だよ」
「余裕だな」
キュリアンが言うと、アーティスは右手の手の平を振った。
「そんなのじゃないよ。そもそも、俺が剣闘会に出るのは皇帝陛下の気まぐれだからな」
アーティスは今回の剣闘会の出場者に選ばれていた。ただ、アルファムからの推薦でなく、皇帝ガレリオン2世が修練場の査察に来た際に提案したものだった。幸か不幸か、アルファムは昨年の優勝によって出場権が2枠あり、アルファムの王クラリアスも渋々承諾したのだった。
「とりあえず、出るっていうだけで勝てるとは思ってないよ」
アーティスは首を振って見せた。
「ファラーン兵長はもう教えることがないって言ってたぞ」
キュリアンがアーティスの師匠の名を出した。ファラーン・ランスフォードはアルルアの近衛兵団でも随一といわれる剣士で、今回の剣闘会にも出場している。アーティスはその最強の剣士に師事していた。
「それは冗談だろ。もっと強くならないとな」
「聖剣士を倒すほどの強さってやつか」
「そう。アルファムの王子が弱くては格好つかないだろ」
アーティスとしては、強国アルファムの王子として、その強さを求めていた。だからこそ、こうして剣術修行にアルルアに来たのだった。
アルファムには聖剣士がいない。それでも強い国である必要があった。ファルアニアの中央に位置するアルファムが強国であることがファルアニアの平和に貢献していると信じている。その認識はキュリアンも同じだった。
「王子様は辛いな」
キュリアンは言って、アーティスの肩を叩いた。キュリアンもアルファムの魔法士の家系でその家系を継ぐという重さはあった。だが、国を背負う重さとは比べ物にならない。
アーティスは苦笑いをして首を振った。
「仕方ないさ」
そう言った次の瞬間、アーティスは不意に背筋に悪寒が走るのを感じた。本能的に丘の下の方を見る。明らかにその方向に何かの魔力を感じたのだった。
「どうした?」
急に真剣な顔をしたアーティスにキュリアンは訝し気な顔を向けた。
「あれは・・・」
アーティスの視線の方向にキュリアンが顔を向けると、彼らがいる小高いの丘の下を4人の兵士が走っているのが見えた。
装備から近衛兵と知れたが、何か違和感があった。すぐに違和感の原因は分かった。4人が同じ方向に向かっているのだが、走り方が異様なのだ。4人が同じように足を上げ、同じ歩幅で走っている。4人が全く同じ格好で走っている。パレードの練習というわけではない。4人が同じ動作をしているのは気味が悪い。
それに何より、キュリアンもその4人に何か暗いものを感じていた。
「あれは、まずい」
アーティスはつぶやくと、スッと立ち上がった。そのまま、丘を駆け降りようとする。
「おい!」
キュリアンがその背中に叫ぶと、アーティスは立ち止まって振り返った。
「近衛兵を呼んでくれ。多分、何か起こすと思う」
言い終えて、アーティスはもう姿が見えなくなった兵士の後を追って走り出した。
「やれやれ」
キュリアンはゆっくりと立ち上がり、速足で皇城に向かった。




