05:皇城アルルア
館へ戻って昼食を取ると、ショーンとスーナは皇城に向かった。アルルア城は昨日に続けて2度目だが、その大きさには圧倒される。見上げるような門をくぐって中庭に入り、皇城の入り口で馬車を下り、門兵に名乗ると内部へ招き入れられた。さらに広い廊下を通り、控室というには広すぎる部屋で待つようにと告げられた。
「広いですわねー」
スーナは部屋をぐるりと見回した。
「さすがは皇城ですねー」
確かにショーンも呆れるほどに広い。彼らの居城も広いと思っていたが、その何倍も大きい城があることは驚きだった。
程なくして、扉が開き、薄い青のドレスをまとった佳人が現れた。緩やかな曲線を描く金髪に囲まれた笑顔の中で金と青の瞳が眼を引く。
「お待たせしました」
軽く会釈して、メルフォターゼの金髪が揺れた。ショーンより3歳上だけの筈だが、もっと大人の女性に見える。
「お姉さま!」
スーナは声を弾ませ、メルフォターゼ皇女の飛びついた。メルフォターゼの右腕にしがみつき、顔を擦り付ける。それは長身のメルフォターゼの腕にスーナがぶら下がっているように見えた。
「はい、はい」
メルフォターゼはゆっくり優しく、スーナを引き離した。
「済みません、妹が無理を言いまして」
ショーンはスーナの頭をこつんと拳で軽く叩いて、メルフォターゼに頭を下げた。
「いいんですよ。私は姉妹がおりませんので、妹ができたようでうれしいですよ」
楚々と笑うメルフォターゼにショーンは胸が高鳴るのを感じた。
「では、城内をご案内しましょうか」
「本当によろしいのですか?」
「ああ、いいのです。どうせ戻ってもおじ様たちの相手ばかりで疲れますから」
皇女はニコリと笑った。
「・・・賓客のお相手と言って出てきましたので、ご心配には及びません」
「はあ・・・」
メルフォターゼの銀眼がきらっと光ったように見えた。自分たちをダシにして、抜け出してきたということではないか。ショーンはその笑みに何故か少しだけ怯んだ。
3人は部屋を出ると、長い廊下を進み、曲がりくねって、広い階段を上がり始めた。皇城の主城を取り囲む尖塔の一つの様だ。
「少し長い階段ですが、苦労した甲斐はありますから、頑張って」
先に上がりながら、メルフォターゼが後ろを歩くスーナに声を掛ける。
3階層を上がり、廊下を通り、さらに別の階段を上っていく。2階層を上がると、いきなり広い部屋に出た。部屋の中央にある階段の周りには柵があり、豪華なテーブルや椅子が数脚置かれているほかは何もない部屋だった。
メルフォターゼは部屋を横切り、広い窓に近づいた。薄い透けるようなカーテンを開くと、その先に緑の平野が広がっていた。
陽光に照らされた緑の草原が眼下にあり、その先に青い光を反射する湖が広がっている。さらにその湖の端に白い外壁に包まれた城がそびえていた。
「あれはオキシラン城ですか?」
その城を指差して、スーナがメルフォターゼを振り返った。先日、スーナとショーンが歓待を受けたところだった。こんなに近くに見えるとは思わなかった。
「ええ、そうです」
メルフォターゼは短く答えて、その城を見つめた。
アルファム国の王城オキシランはアルルア城から見下ろすような位置にあった。アルルア州の面積が小さいことを考えても、これほど近くに主城が並ぶことは珍しい。皇城であるアルルアの方が上にあるのは仕方ないとしても、一国の王城を見下ろすような位置にあるのはどうだろうか。ショーンはその位置関係に疑問が浮かんだ。
「こちらの景色がおすすめですのよ」
メルフォターゼが反対側の窓の方を手を差し伸べた。スーナが部屋を走って横切り、東の窓から首を出した。
「うわー!」
スーナが落ちそうなぐらいに窓から身を乗り出して叫び声をあげた。
窓の外には海神の名が付いたブレガン内海がきらめいており、その周囲に緑の森が、さらにその上には透けるような青空が広がっていた。広大な自然が見せる絵画のような光景に思わず息を飲む。湖の縁には色とりどりの花が咲いていて、生命の息吹を感じさせる。気持ちが落ち着く景色だった。
「これは・・・」
ショーンも思わず、つぶやいた。確かに一見の価値はある。今は昼間だが、朝や夕刻はまた違った情景が見られるのだろう。季節によっても違う表情を見せる絶景があるのだろう。まさに自然が創った芸術品であった。
「そろそろ、降りましょうか。庭園をご案内します」
いつまでも眺めていられる絶景ではあったが、他にも見るべきところもある。メルフォターゼに呼ばれて、後ろ髪引かれる思いではあったが、スーナもショーンも元来た階段を降り始めた。
「先ほど見ていただいた景色は私が一番好きな景色なのですよ」
先を降りながら、メルフォターゼが話す。
「ですから、こちらに来た方には必ず見ていただくんです」
そう言って微笑む顔に見とれて、ショーンは思わず足を踏み外しそうになった。一瞬顔を赤らめたが、スーナにもメルフォターゼにも気が付かれなかったようだ。ショーンは身体を揺らして何もなかったふうを装って誤魔化した。
階段を下りて尖塔を出ると、広い広場に出た。
「この先にきれいな花園があるのですよ」
きれいに手入れされた歩道を進み、幾人かの人とすれ違うと、低い垣根に囲まれた庭園が見えた。主塔からは少し離れた場所で、低い丘を回り込んだ先にあり、他に人はいないようだ。
きれいな花があしらわれた半円形の入り口をくぐると、一気に花の香りが鼻を突いた。きれいな煉瓦で舗装された道の左右には色とりどりの花が咲いている。
「きれい」
スーナがつぶやいて、近くの赤い花を覗き込んだ。
ショーンは花の種類に詳しくないので花の名前は分からなかったが、いずれも丁寧に管理されていることは感じられた。
左右に咲く色とりどりの花に癒されながら歩道を歩いていると、後ろからザザッと数人の慌ただしい足音が聞こえた。3人とも立ち止まり、後ろ振り返ると、軽装だが白い皮鎧を付けた兵士が4人迫っていた。
「メルフォターゼ皇女、我々と一緒に来ていただきたい」
4人の兵の内の一人が一歩前へ出て、抑揚のない声を発した。兵士たちはメルフォターゼの方を向いていて、ショーンたちは無視されているような感じだった。ショーンやスーナが誰か知らないとして、失礼な態度だ。
「何事です?!」
落ち着いた様子で、だが凛とした声でメルフォターゼが尋ねると、兵士は無表情のまま皇女を見つめた。
「少し問題がありまして、一緒に来ていただきたい」
そう言って、兵士がメルフォターゼに手を伸ばした。兵士の左手がメルフォターゼの右手に触れる直前に、メルフォターゼは手を引き、一歩後退った。
「あなた、何者です?」
太陽神と大地神の巫女であるメルフォターゼは、その兵士から異様な気配を感じ取った。微かではあるが、明らかに魔に属するものであった。
メルフォターゼは、ショーンとスーナに左手を伸ばし、かばうように後ろに下がらせた。スーナはメルフォターゼの背に隠れるように数歩下がった。ショーンも一歩下がったが、まだ状況が呑み込めていない。
メルフォターゼが言うことを聞かないと悟った先頭の兵士は、腰から直剣を抜き放った。他の3人も遅れて剣を抜く。
「ヒっ!」
背後でスーナが小さい悲鳴を上げた。理由はわからないが、この兵士たちは明らかに敵意を持っている。しかも狙いは皇女のようだ。メルフォターゼの美しい顔が険しい表情を浮かべた。
「一緒に来ていただきたい」
力づくでも、とは言わなかったが、すでに剣を抜いている以上、それは言わずもがなということか。
ショーンは一歩前へ出て、メルフォターゼをかばうように彼女の左前に立った。皇城の場内であり、長剣は持っていなかった。ショーンは仕方なく腰に差した護身用の短剣を引き抜いた。長さが手のひらほどしかないその短剣では、4人の長剣を抑えることは難しい。だが、妹と皇女は守らねばならなかった。
兵士が剣を構えたまま、ジリッと足を前に擦り出した。メルフォターゼとショーンは背後のスーナをかばいながら、半歩足を下げる。無表情の兵士が3人を取り囲むように左右に広がった。
緊張が清香漂う花園に走る。風が吹いて、咲き誇る花が不安そうに揺らいだ。
カカカッ。
突然、兵士たちの後方から駈け込んでくる足音が響いた。
ズァン。
兵士たちが振り向く間もなく、メルフォターゼに対峙していた兵士が背後から蹴り倒された。走り込んで来た薄青色の長身の男は、倒した兵士を飛び越え、メルフォターゼの前で身を翻し、兵士たちの方へ向きを変える。
「・・アーティス様」
メルフォターゼが突然に眼前に立った男の名を呼んだ。
「皇女殿下、ご無事ですか?」
投稿がローペースになってしまって済みません。
もう少しペースを上げたいところですが。。。
でも、ブックマークが増えておりまして、どなたか分かりませんがありがとうございます。
何とか頑張って続けますので、お付き合い下さい。
感想などもいただけれた幸いです。




