034:攻防
アーティスは滑り込むようにして、魔獣バルシェットの前に立った。長剣を垂直に立て、右肩の前で構える。
新たな獲物の登場に魔獣は一つ目をギョロリと動かして、青い騎士を見つめた。そして、いきなり右腕をその青い騎士に向かって伸ばしてくる。
アーティスは素早く反応し、一旦膝を折って構え、その膝をばねにして飛び上がった。剣を構えたまま、無造作に突き出された巨人の腕に飛び上がり、そのまま丸太のような腕の駆け上がる。肩に到達するとアーティスは構えた剣を魔獣の巨大な目玉に向かって突き出した。
目玉に剣先が当たる瞬間、その目玉に覆いがかかった。大きさに似合わない高速度で、瞼が閉じる。アーティスが突き立てた剣先は、分厚い瞼にぶつかり、キンと金属音を立てて跳ね返された。思わぬ事態と剣が跳ねた反動でアーティスはよろけてしまう。さらに巨人が腕を動かしたので、アーティスは転げ落ちるようにして魔獣の腕を離れ、城壁の上に落ちた。
「と、とと・・」
右足を着き、体を半回転させ左足も着き、そのあと、右、左、右と足を着いて、ようやく止まる。
すでに魔獣の一つ目は開いており、アーティスの方を睨んでいた、魔獣バルシェットは再び右腕をアーティスに伸ばしてくる。アーティスは剣を振って、その魔獣の手を受け止めた。が、完全に魔獣の腕の勢いを殺せず、アーティスの両足が数トーム(注:数十センチメートル)床を滑って止まる。それでも、アーティスは自分と同じぐらいの大きさの魔獣の手を剣一本で受け止めていた。魔獣が一つしかない大きな目を見開いたように見えた。
バルシェットが左手をアーティスの背中に伸ばした。殺気を感じたアーティスは、剣を引いて飛び退る。そのすぐ後に魔獣の両手がバンッと音を立てて合わさった。その風圧が一歩下がったアーティスの顔に届き、髪を揺らす。アーティスはその風に一瞬目を閉じて顔を背けたが、すぐに目を開け、後ろに振りかぶった青剣を魔獣の目に向かって振り下ろした。その剣先から鋭く尖った氷の針が5本、飛び出していく。氷針は魔獣の大きな一つ目に向かって飛んで行くが、またも瞼が上から下に下がって跳ね返された。
「チィッ」
アーティスは舌打ちして、顔を歪めた。魔獣バルシェットの唯一攻撃が効きそうなのは大きな目玉であったが、瞼が意外に速く動くようで、防御は固かった。体が大きな割には、その動きは俊敏だった。
またもバルシェットの右腕がアーティスを襲う。今度は上から叩きつけるように掌をかぶせてくる。アーティスは数歩下がって、それを避けた。
バーンと大きな音を立て、巨人の手のひらに叩かれた石造りの床が砕けた。バラバラと石礫が周囲に飛ぶ。魔獣が手をどけると、その手の形が石床に残った。
アーティスはその腕を目掛けて、青剣を振るう。聖剣は青白い光を放ち、聖力が刃先に集中していた。
ガキン。
金属がぶつかるかような音がした。しかし、聖剣はバルシェットの手首を切り落とすどころか、傷も付けられなかった。さらに2度、3度、青い聖剣をバルシェットの右手首に叩き付ける。だが、その大きな手首には傷一つつかなかった。
ビラトリスの戦鎚を切り砕いた聖剣の技であったが、バルシェットには効かなかった。鋼鉄すら簡単に切り裂く斬撃も、上級の魔物には効かないようだ。このくらいの魔物になると、魔装といって、文字通り魔力の武装として魔力を体の周りにまとっている。バルシェットの場合は本体そのものも固く、魔装によってさらに強度が増していると考えられる。剣や弓で戦う相手としては、頑強すぎる相手だ。
アーティスは数歩下がって、今度は青剣を腰だめに構えた。聖力を聖剣に溜めていく。青い聖剣が青白い輝きを増す。
「はっ!」
掛け声とともに、剣先をバルシェットの肩目掛けて突き出す。剣先から青白い一条の光が放たれバルシェットの肩を貫いた。超極細の水流が高速で打ち出されていた。人の目には光の矢にしか見えないほどの細さで、一点に勢流を集中させる。鋼鉄をも貫く水の奔流だ。
「オオオォォォーン」
魔獣が痛みに声を上げた。超極細の水流が貫いた穴から赤い血が噴き出す。たまらず、魔獣は左手でその傷口を抑えた。
だが、魔獣が口の中で何かを唱えると、出血が止まった。魔獣が左手を放すと、傷口が癒えていた。傷跡はあるものの、穴が塞がっている。
「治癒できるのか・・・」
アーティスは驚きつぶやいた。小物の魔物なら今の一撃で四散したはずだ。だが、バルシェットは四散どころか、治癒魔法で傷を治してしまった。
「ならば!」
アーティスは叫んで、もう一撃をバルシェットの胸にめがけて撃ち放った。今度は青い光が魔獣の心臓を狙う。
「オオオーン」
魔獣が吠えて、両手を握り力を込める。赤銅色の身体が輝き、赤く鈍い光が全身を包んだ。
撃ち込まれた青い光は、その赤い光の放つ魔力で打ち消されてしまい、魔獣の身体に当たる前に霧散した。恐るべき魔力の放出であった。
魔獣は両手の指を絡めて手を組み頭上に振り上げた。その拳を猛烈な勢いでアーティスめがけて撃ちおろす。城壁の一角がガラガラと音を立てて崩れ、魔獣の足元に瓦礫をばらまいた。濛々と砂煙が立ち、石造りの城壁が崩れていく音が広がった。
「アーティス!」
いつの間にか城壁に上がってきたイノが叫んだ。ダフとバックも傍らにいて、青い聖剣士の戦いを固唾を飲んで見守っていた。さらにその横でショーン王子とランドルも同じように立ち尽くしている。
「アーティス!」
さらに名を呼んで、イノが砂煙で見えなくなったアーティスの姿を求めて駆けだそうとする。
「来るな! 下がっていろ!」
アーティスの声が制止して、イノは一歩踏み出したところで立ち止まった。
砂煙が納まって来ると、その向こうに青い騎士の姿が見えた。白い粉をかぶったように全身に砂埃が付いていたが、体に傷はなさそうだった。
その姿を見て、イノはホッとして息を吐いた。すでに戦いは常人の水準をはるかに超えており、人間が手を出せるようなものではなくなっていた。だが、孤軍奮闘するアーティスを黙って見ているしかないことは苦渋の辛さがあった。
「これで!」
アーティスは叫んで、聖剣に力を込めた。聖剣ビス=グランサーはそれに応えるように青白く光った。
ザザザーッと魔獣の足元から音がして、城壁を囲んでいる堀の水がまるで逆さの滝のように宙に伸びあがった。水流が魔獣の身体の周りを蛇のように取り巻き締め付けていく。あっという間にバルシェットの全身を水流が捻じり上げた。さらに、咆哮を上げようと開いた魔獣の口にも水流の先端が飛び込んでいく。
さすがの魔獣バルシェットも大蛇のごとき水流の締め付けで動けなくなっていた。さらに口内にあふれた水に苦しそうに顔歪める。バルシェットは腕を動かそうともがいていたが、水流の締め付けは厳しく、その捕縛を抜け出せなかった。バルシェットの身体に光が増し、全身が再び、赤い色に包まれていく。
それを見て、アーティスも聖剣に練り込む聖力を引き上げていく。歯を食いしばり全身の力を集中する。聖剣の柄を握る手の血の気が失せて白くなっていた。聖力と魔力の力勝負であった。
バルシェットは苦しそうに首を振り目を見開いた。一つしかない目の色が赤く充血したような色になっていく。魔獣は苦悶の表情で目を閉じた。
次の瞬間。
魔獣バルシェットは目をカッと見開くと、その眼から光を放った。赤い光がその眼から伸び、アーティスが立っている場所を打ち抜いた。
ドガーンと炸裂音が響いて、城壁の床が飛び散った。再び、城壁の一部が崩壊していく。
アーティスの身体が宙に飛び、数リルク(注:数メートル)先の石床に叩き付けられた。
「あう!」
思わず声が出る。受け身を取ることも出来ず、アーティスの身体は石造りの床を転がっていく。
そして、バルシェットの身体を捕らえていた水流が突然力を失ったように大地に落ちた。大量の水しぶきが魔獣の周りで跳ねあがる。
「オオオーン」
魔獣が勝ち誇ったように雄叫びを上げた。
王道、「目から怪光線」炸裂。
いかがでしょうか(笑)




