033: 矢弾
「弓兵を上げろ!」
ショーン王子は、城壁から中庭に向けて怒鳴った。その声に答えて、弓を携えた兵士が城壁の階段を上がって行く。
突如現れた巨人は咆哮を繰り返しながら、クリーガ城に向かって前進してくる。森の真ん中で突然の轟音と共に木々が倒れ、そこに巨人が現れた。一つ目で赤銅色の体。伝説に聞くバルシェットの姿そのものだった。もちろんショーンも本物を見たことはない。だが、目の前に居るのは、まさしく魔獣バルシェットであった。その巨人は木々を押し退けながら、王子が立っている城壁に向かって進んでくる。
二歩ほどバルシェットが歩を進めたあと、羽の生えた人間がその足元から飛び上がってきたのが見えた。有翼人は女性の様で、自分より大きな男を抱えながら飛んでいる。その空飛ぶ人間は巨人の周りを飛んで、巨人の顔に黒い煙のようなものを吹き付けた。すると、バルシェットは何か力を得たように、天に向かって咆哮を上げた。
魔獣が吠える中、その翼が生えた人間は森の奥へと飛び去っていく。
そのすぐ後、何かが巨人の背中で光ったが、巨人の様子は変わらなかった。
血走らせた赤い一つ目でこちらを見つめ、森の中を進んでいる。それほど高くない森の一角なので、木々と巨人の身長が同じぐらいだった。巨人の姿はその頭ぐらいしか見えないものの、バリバリと音を立て木々が倒れていくところに巨人が居ることがわかる。その軌跡がまっすぐにクリーガ城に向かってきていた。
やがて、森の端の木が倒れ、その後に赤銅色の姿が現れた。
「射掛けよ!」
ショーンは剣でバルシェットの方を指し、号令をかける。弓兵はつがえた矢を一斉に放った。数十本の矢が森から出てきた赤銅色の巨人を襲う。バルシェットは両腕を顔をかばい、歩を止める。放たれた矢のほとんどが巨人の身体に当たった。だが、どの矢も一つ目巨人には傷一つ付けることができなかった。
「第2矢、火矢用意!」
ショーン王子はあきらめずに、命令を放つ。弓兵が鏃には油を吸わせた布を巻き付け、火打石で火を点け、次々とお互いの鏃に火を中継していく。火が行きわたったところで、弓兵は再度巨人に向かって弓を構えた。紅の雪狼の数人も火矢を構えて、弓兵に並んだ。バックがショーンに向かってニヤリと笑った。ショーンも笑い返したあと、表情を引き締め魔獣に向き直った。
「撃て!」
ショーンの掛け声に第2撃が放たれた。赤い光跡を引きながら、火矢が次々とバルシェットに撃ち込まれる。
「オオォォーン」
魔獣バルシェットは叫び声を上げて、飛びかかる火矢を両手で次々と掃った。何本かはバルショットの胴体に当たったが効果はなく、むなしく大地に落ちていく。
「くそっ!」
ショーンは王子らしからぬ放言を吐いて、持った剣の剣先を城壁の床にたたきつけた。
魔獣バルシェットの身体には矢も火矢も効かないようだった。
「アーティス!」
いきなり走り出したアーティスに向かって、イノが叫ぶ。先ほどの攻撃程度では、魔獣には効かないようだ。魔獣はクリーガ城に向かっている。魔獣よりも先に城に着かなければならない。アーティスも城を目指して走った。馬がいないので、自力で走るしかなかい。イノとダフはお互いの顔を見合わせ、アーティスの後を追った。
「第3矢!」
ショーンはさらに攻撃を続ける意思を見せた。魔獣は城壁に近づいており、その巨大さも眼前に迫っていた。弓兵たちもやや狼狽しながら、それでも王子の命令通りに弓を構えた。
「撃て!」
ショーンは剣を力強く魔獣に向かって振り抜いた。その剣から放たれたように、一斉に矢が魔獣バルシェットに向かって飛んでいく。もう目の前に迫っているほどの至近距離であったが、矢は一本も魔獣の身体に刺さることはなかった。
魔獣は城壁に手が届く距離に迫っていた。城壁の高さよりも頭二つほど高い。人には難攻の城壁も巨人の胸ほどまでの高さしかなかった。魔獣バルシェットは、その城壁の上に腕を伸ばして来る。逃げ惑う兵士の一人が魔獣の手に捕まった。
「うわーっ! 助けてくれー!」
兵士は叫んだが、魔獣はその声をかまう様子もなく、捕まえた人間を口に運んでいく。
「あああーっ!」
魔獣バルシェットは牙が生えた口を開き、捕まえた兵士の頭をその中に放り込んだ。バルシェットがガッと口を閉じると、兵士の頭が千切れて首が無くなった胴体から血が噴き出す。血が魔獣の唇を濡らしたが、バルシェットは再び口を開いて、残った胴を腰のあたりで噛みちぎり、さらに下半身も口の中に押し込んだ。バルシェットの顎が上下に動き、くちゃくちゃと音を立てる。やがて、バルシェットの喉が動き、口に入れたものを飲み込んだ。さらにバルシェットは口をクチュクチュと動かし、口からペッと何か吐きだした。城壁の上にそれは落ち、カランと音を立てる。へしゃげた鉄兜だった。
「ひぃーっ!」
兵士の何人が悲鳴を上げ、魔獣の前から逃げていく。ショーンは茫然と立ちすくんでいた。魔獣が現れ、人を襲い、喰らった。絵本の中の世界が、現実に展開している。信じがたい光景だった。
「王子! 危険です!」
兵士がショーンの腕を掴んで、引っ張った。その背中に巨人の手が伸びてくる。
「危ない!」
ショーンが叫んで、その兵士を肩を掴んで引っ張る。今回の出兵の副官ランドル・フォーンであった。
「あうっ!」
巨人の巨大な指の先についた爪がランドルの背中を襲った。ショーンの胸にランドルが倒れ込んだ。背中の鎧が裂け、血が滲んでいた。
「王子、お逃げください」
倒れかかった体を起こして、ランドルはショーンの顔を見上げた。
「分かった」
言って、ショーンはランドルの肩に手を回した。
「死ぬような傷じゃあないだろ」
ニヤリと笑いながら言って、ショーンはランドルと並んで、城壁を降りる階段の方へ足を進めた。
「うあーっ!」
後ろで悲鳴が上がり、振り向くと、別の兵士がバルシェットの手に掴まれたところだった。先ほどと同様に捕獲された兵士は魔獣の口に運ばれていく。もう助けるすべはなかった。
ショーンは思わず、顔を逸らせた。ぐちゃぐちゃと嫌な音だけが聞こえる。
「王子、降りましょう」
ランドルはショーンを促して、階段に向かう。
階段にたどり着くと、その階段を駆け上がってくる人影が見えた。青い鎧を着た長身の騎士だった。
「下がっていろ」
駆け上がるなり、その騎士は言い、ショーンの傍らを走り抜けた。
「あなたは・・・」
その横顔を見て、ショーンはつぶやいた。
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