032:逃奔
「キュリアン!」
アーティスは、一つ目巨人の傍に立つキュリアンに向かって剣を突き出した。
ガキン。
アーティスの剣はキュリアンの黒い剣に阻まれた。一旦止められた攻撃だったが、アーティスはそのまま剣を振り上げ、強力な斬撃を打ち下ろした。またもキュリアンが黒剣で受け止める。だが、アーティスは一切かまわず、何度も剣を打ち下ろした。防戦一方のキュリアンは頭上から容赦なく打ち下ろされるその剛剣の圧力に負け、膝まづいてしまう。
「キュリアン!」
背中に女の声と殺気を感じて、アーティスは左側に飛び退り、背後からの鋭爪の一撃を逃れた。
1トーム(注:約7センチメートル)ほども伸びた鋭利な爪は空を斬ったが、アーティスとキュリアンの間隔を空けることには成功した。ムーマはその間に入り、膝まづくキュリアンを守るように立ちはだかった。
その横で巨人はクリーガ城に向かって、文字通り巨大な一歩を踏み出した。ズズーンと大地が震動する。
オオーンと一つ目巨人は唸って、さらにもう一歩を踏み出した。
その巨人を一切気にしない様子で、アーティスはムーマに向かって長剣を構えた。
両手の鋭爪を閃かせてムーマも爪先をアーティスに向けた。その後ろでキュリアンが立ち上がる。
「剣では勝てんな」
キュリアンは言って、剣を腰の鞘に納めた。こちらも巨人のことは無視している。
「とりあえず、目的は達した」
やれやれという風に首を2-3度左右に傾げる。
「あとは、巨人に任せようか。ムーマ」
後ろからキュリアンが声を掛けると、ムーマは爪先をアーティスに向けたまま、右肘を後ろに引いて攻撃の構えを見せた。
アーティスの方も両手で柄を握ったまま、肘を上げて顔の右横で剣を水平に構えた。殺気が走り、ムーマの爪が一直線にアーティスの顔めがけて突き出される。
アーティスは、最小限の動きでその爪の上から長剣を叩き付け、爪先の進行方向を逸らせた。アーティスはそのまま剣を捻って、ムーマの胸にめがけて突きを繰り出す。
ムーマは身を翻し、剣に背を向けくるりと体を一回転して剣先を避けると、向き直った勢いで左手をアーティスの方へ突き出す。アーティスは飛び退ってその爪を避けた。ムーマはさらに右の爪を突き出して来る。アーティスはさらに後退るが避けきれず、右頬に爪がかすった。アーティスの頬に一筋の赤い傷ができる。
さらに、ムーマは左の爪を突き出してくる。アーティスはかろうじて剣を引いて、それを弾くとさらに後ろに引き下がる。懐に入られすぎた。剣の間合いにするためにアーティスはさらに2歩後ろに引く。
ムーマはそれ以上深追いせずにそこに立ち止まり、先ほどアーティスの頬に傷を付けた右の長爪を唇に前に持ってくる。アーティスに流し目のような視線を送り、赤い舌をチロッと出して爪を舐めた。それから、唇の端をクイッと上げて、ニヤリと笑う。
再攻撃が来るかとアーティスは剣を握り直した。
が、ムーマは不意に飛び退り、キュリアンの前に立った。再びニヤッと笑うと、肩に力を入れた。すると、ムーマの背後で黒い影が大きくなっていき、ムーマの背中に1組の翼が現れた。黒い蝙蝠のような翼だが、大きさは片翼で2リルク(注:約1.5メートル)もあった。
ムーマがその翼をはためかせると、その足が大地を離れ、浮き上がっていく。キュリアンが手を伸ばしムーマがキュリアンの身体を抱きかけると、さらに大きく翼をはためかせ、空に昇っていく。
「なに?」
アーティスは一瞬茫然として剣を出すのを忘れていた。羽が生えて空を飛べるとは予想外だった。アーティスは、一旦剣を後ろに引き、飛び上がって行くムーマとキュリアンめがけて、剣を突き出した。その剣はもちろん、ムーマには届かないが、剣先から多数のきらめく氷刃が飛び出していく。
ムーマは翼をはためかせて、向かってくる氷刃の一部を避け、残りを鋭爪で弾き落とした。
「またね。青剣の騎士さん」
言って、ムーマは キュリアンを抱えたまま空高く上がっていく。
アーティスは再度、氷刃を放つために長剣を後方に構えた。
ムーマはアーティスに狙いをつけさせないためか、フラフラと無軌道に上がって行く。
巨人の顔の周りを一周回って、顔の前に止まった。キュリアンはその巨人の顔に向かって、右手を広げた。その掌から、黒い煙のようなものが現れ、巨人の顔に向かって広がっていく。巨人の顔が黒い煙に囲まれると、巨人の動きが一瞬止まった。
「グオオオォォォーン」
巨人は天に向かって雄叫びを上げた。黒い煙が霧散していくと、巨人の一つしかない目が血走ったように真っ赤に染まっているのが見えた。
ムーマとキュリアンは、黒い煙が消えてく前に森の上を飛び、西の空に遠ざかっていく。
「チッ」
アーティスは舌打ちして、剣の構えを緩めた。この距離では届かない。相手は空を飛んでいて、追う手段もなかった。
巨人は、森の木々を薙ぎ倒し、クリーガ城の城壁に迫っていく。
アーティスは身体の向きを変え、再度剣を後方に構え、力を込めると巨人に向かって突き出した。剣と同じぐらいの大きさの氷刃が巨人に向かって宙を裂く。
氷刃は真っ直ぐに巨人の背中に突き刺さる。と思いきや、氷の刃は巨人に当たった瞬間に砕け散った。巨人が着ている皮鎧には傷すらついていなかった。
「ダメか」
アーティスがつぶやいた。
「効かないの?」
いつの間にか傍にいたイノがつぶやいた。
「あのぐらいの魔獣になると、体の周りにも魔力が漏れ出していて、簡単に傷をつけることは難しいんだ」
アーティスがため息をつきながら説明する。
一つ目の巨人は背中への一撃を全く気にしない様子で、城壁に迫った。




