031:魔獣
立っていられないほど大地が震動した。そして、穴の奥から黒い影が浮かび上がってくる。
「ぐおおおおおおおーん」
地の底から沸き上がるような咆哮が辺りに響いた。壁や天井が震え、バラバラと小石が落ちてくる。やがて、その石の大きさが少しづつ大きくなっていく。
「ぐおおおおーん」
さらに大きな哮りが洞窟に反響し、天井に亀裂が走った。バキンと何かが割れたような大きな音が聞こえた。
ドーン。
轟音が響き、天井が崩れ落ちた。
「アーティス!、ダフ!」
「イノ!、ダフ!」
「イノ!、アーティス!」
地鳴りが響く中それぞれがそれぞれを呼び、崩れ落ちる土石の中でお互いに手を伸ばした。
イノが近くの巨石の下に空間があるのを見つけ、そこへダフとアーティスを押し込んだ。その後、自分もその中へ飛び込む。周辺に天井の残骸が落ちて来ていた。ガラガラと石礫が落下する音が続いていた。先の轟音から耳が痛くて、頭がガンガンする。。
しばらく何が起こったのか理解出来なかった。音がようやく落ち着いても辺りには砂煙が濛々と立ち込め何も見えない。
イノは目の前に落ちた石を除けて外の様子を窺ったが、黒い煙が見えるだけで何も分からなかった。
「大丈夫か?」
「きゃ!」
お尻の方からアーティスの声が聞こえて、イノは短く悲鳴を上げた。狭い穴倉にアーティスとダフを押し込め、自分が後から入ったので、アーティスの上に座り込んだ形になっていた。慌てていたので、位置などは考えていなかった。あらためて下を見ると、ダフの肩に足を乗せ、アーティスの頭の上にお尻を乗せていた。
「は、や、く、で、ろ、イ、ノ」
狭いところに押し込められ、体を捻った姿勢で、ダフが苦しそうに言った。
「ああ、ごめん」
赤い顔をしながら慌てて、イノは穴から這い出た。アーティスも後に続いて穴から出ると、穴の中に残されたダフに手を差し伸べた。
「すまねえ」
差し伸べられた手を握り、ダフも穴から脱出した。
土煙がおさまってくると、目の前に黒い影がそびえているのが見えた。
「なんだ?」
体に着いた土埃を払う手を止めて、ダフが眼を見開いた。
目の前には、巨大な柱のようなものがあった。だが、その根元には巨大な指が5つ付いている。その柱に沿って視線を上げていくと、そこに見えたのは、巨大な人影であった。
柱と見えたのは、巨人の腕だった。その先には肩があり、巨大な頭があった。その頭の上には角が一本天に向かって伸びている。だが、人と違うのはそれだけでなく、口には上から下に向かって、2本の牙が生えていた。そして、本来目が2つあるはずのところに一つしか目がない。一つ目の巨人であった。
だが、地上にあるのは、その上半身だけであり、下半身はまだ穴の中にあるようだ。巨人は腕を伸ばして、全身を持ち上げようとしたが、穴の周囲から何かに縛られているようにその穴から出ることは叶わなかった。
「ぐおおーん」
一つ目巨人は、牙が生えた口を大きく開き、天井がなくなった青空に向かって吠えた。
「・・・最後の生贄が上手くなかったか・・・」
巨人の傍でキュリアンがつぶやいた。穴から抜け出そうとする巨人を恐れる様子もなく、キュリアンは巨人を見上げていた。あの崩壊の中、何故か砂どころか埃もかぶっていない様子だった。
「・・仕方あるまい」
キュリアンは右腕を真っすぐに伸ばし、指を複雑に動かし、何か呪文のようなものをつぶやいた。すると、伸ばした右手の先に、朱い宝玉が一つ現れた。
キュリアンはその朱珠を無造作に掴むと、腕を振り上げ、咆哮を上げる巨人の口めがけて投げ込んだ。宝玉は赤い光を放ちながら、一つ目巨人の口の中に落ちていく。すると、巨人の胸が赤く光り始めた。
「オオォォーン」
巨人は両手を握り締め、上半身を反らせて天に向かって吠えた。黒っぽかった体が赤銅色に変色する。その顔が怒りとも苦痛ともつかぬ表情にゆがんだ。
巨人が腕を大地に突っ張ると、巨人の腰から下が穴から抜け出てきた。地面の位置で青白い光の網が抜け出そうとする巨人の腰を逃がさないように捉えているのが見えた。。
「グオオオー」
巨人が力を入れると、その光の網は引きちぎれるように寸断され、光が消えていく。そして、縛るものが無くなった巨人の全身が大地に現れた。
「なんだ? あれは?」
城壁の上でバック・リージェンは叫んだ。まさしく巨人であった。身の丈は人の6倍か7倍ぐらい。城壁の上から見ても見上げるぐらいの高さがあった。体には皮鎧のようなものを着ており、足が2本、腕が2本、頭が一つ。大きさを除けば、一見人間と同じ姿だった。だが違うのは大きさだけではなかった。頭上には髪の中央に角が一本生えており、大きな目が一つ。口には2本、牙が生えている。
「バルシェット・・・」
いつの間にか、城壁の上に上がってきていたショーン王子がつぶやいた。
バルシェット。かつて、フェリアス・カナーンが封じたといわれる一つ目の巨人。ファルアニア統一前の混沌の時代、世界を脅かしたと云われる魔獣の1匹。その姿はショーンが小さいころに絵本で見た絵と同じだ。作り話だと思っていたものが眼の前に現れていた。
「・・・ありえない」
ショーンが茫然とした表情でつぶやいた。
初代皇帝フェリアス・カナーンが魔獣たちを退治した話は、伝説として伝わっていた。ファルアニアの統一から207年、魔獣や魔物というものは作り話と思われていた。もちろん、それを見たという目撃の報告も時折あったが、たいていは一笑に付された。ほかに見たものが居なかったからだ。
だが、今、目の前にその魔獣が発現していた。
「なんてこった・・」
ダフが一つ目の巨人を見上げて、つぶやいた。まさに巨人だった。城の尖塔ほどの身の丈。これほど巨大な生物は見たことがない。目の前に居るが、現実のものとも思えなかった。現実味がない。思わず、ダフは自分の頬を捻っていた。
「痛っ!」
右頬を自分が、左頬をイノにつねられて、ダフは悲鳴を上げた。つねられた左頬を撫でる。
「何、すんだ、イノ!」
「ああ、ごめん」
イノは心ここにあらずという表情で、巨人を見つめていた。
少し時間が空いてしましました。
待っていてくれた方(いるのか?)お待たせしました。
本章のラスボス登場です。




