020:奇襲
投稿に少し時間が空いてしまいました。
続きを待っていただいた方(なんて奇特な方がいらっしゃるのだろうか??)、お待たせしました。
ここから、本章後半、怒涛の戦闘が続きます。
お楽しみいただければ幸いです。
姉月はまだ中空から大地を照らしていた。あと数時間で太陽が昇って来るが、それまでは月の光が世界を支配する。
その明かりの下を静かに進行する一団があった。馬を引きつつ、無言で森の中の獣道を進んでいく。草や枝を分けていくときのガサガサという音と馬が時折放つブルブルという声だけが森の中に流れていた。
木々の間隔が狭く、草が胸まで隠すほど茂っている中を進むのはなかなか骨の折れる仕事だった。しかもできるだけ音を立てないようにと気を使っているので、草の中の進軍はかなり疲労する。だが、この場合は仕方がない。見つからないようにとわざわざこの高い草がある道を選んだのだから。
不意に先頭を進むダフが片手をあげた。後続の人と馬が止まる。人はすぐに腰をかがめたが、連れている馬が立ったままなので慌てて馬もひざまずかせる。数頭の馬がブルルと抗議の声を上げた。それも慌てて、馬の口を押える。早朝は静かで、周囲に森しかないここでは、ちょっとした音が大きく聞こえる。
ダフは街道へ出る際で進軍を止めた。もう森の端であり、ここからは草木がなく、姿が見えてしまう。ここまで一列で進んできたが、少しづつ横に展開してそれぞれが隠れるぎりぎりのところまで進んでいく。ダフの左にイノが、右にアーティスが並んだ、それぞれ愛馬を連れている。
目の前にはクリーガ城の城壁が見える。森が切れてその先は街道が横切っており、そこからちょうどダフたちが居る正面に城まで続く短い道があった。城壁までの距離は1ガバ(注:約100メートル)ぐらいだろうか。月明りに照らされている城壁は7リルク(注:約6メートル)ほどの高さがあり、道具なしに上るのは不可能と思われる。さらに城壁前には幅3リルク(注:約2.5メートル)の堀があり、簡単に城壁に取り付けないようになっていた。正面に正門があり、予想通り跳ね橋は上がっている。
城壁の上に人影が見えた。正門をはさんで左右に一人ずつ見張りが立っている。松明の明かりに人影が揺らいで見えた。時折、所在無げに左右に動いている。
城壁は左右に5ガバはありそうで、それぞれの角の尖塔には明かりがなかった。ここからは内部を見ることはできないが、おそらく城内は寝静まっているだろう。
イノはあらためて周囲を見回した。声を掛けた同業者も含め、集まったのは70人程度。今集められるのはこの人数が限界だった。遠くの連中も集めれば、100人以上は集まるが、時間をかけて待っている余裕はない。今まで見つからなかった隠れ里が襲われたことを考えると、時間をかける方が不利になりそうだった。多少の無理は承知の上だ。攻撃されるよりは攻撃する方が性に合っている。
今はとりあえず、声を潜めて待つ。腰の柄を握る手に力が入った。もうすぐ命がけの戦いが始まるはずだ。
見張りというものは退屈なものだった。まあ、見張りが忙しくなるということは、それはそれで問題だが。
「ふわ~」
城壁の上に立つ兵士は気の緩みからあくびを一つついた。特にこの夜明け前は交替の時間が近づいていることもあり、一番気が緩む時間帯だった。眠さも手伝って、注意が散漫になるのは仕方がないことだった。
しかも、この裏門側は城を取り囲む堀とさらにその周りの道の先はすぐに切り立った崖がそびえている。この崖は急で人が下りられるような道もなく、この方向からの攻撃などありえない。崖には木々がまばらに生えているので、少人数なら隠れて下ることは可能だが、城壁にたどり着く前に見つかってしまうだろう。まして、裏門は狭く、格子扉がはまっていて、侵入するには城壁を越えなければならない。どう考えても攻める方が不利な場所だった。
東の空がやや明るくなってきた。陽が昇るまであと少しの時間だ。気持ちは早くも部屋に帰って寝る方に傾いていた。後退の時間が待ち遠しい。
見張りの兵士が寝台に身をゆだねることを考えていた時、突然大きな音が鳴り響いた。
その音は裏山の方から聞こえる。城後背の崖に目をやると崖の上の方から鐘や大声が聞こえた。寝ぼけた目を凝らしてみると、崖の上の方で土煙らしきものが見える。人の声と鐘のような音が大きくなり、土埃が徐々に下がってくる。その意味が分かるまでに優に1ペラゴ(注:約30秒)必要だった。
「敵襲だーっ!」
兵士は叫んで、城壁の上にいくつか備えられた鐘に手を伸ばし、勢いよく鐘を叩いた。
カン、カン、カンと鳴り響く警報に、静まり返っていた場内が急に慌ただしくなった。
「敵襲だと?!」
「裏門だ!」
複数の声が疑問と確認のやり取りをして、兵が宿所から飛び出してきた。中には寝着のまま飛び出してくるものもいる。
「数は分かりませんが、騎馬が裏の崖を下ってくるようです」
まだ寝台の上に座ったまま、シャリオは伝令の言葉を聞いた。シャリオはまだ寝ぼけている頭を拳でトントンと叩くと、首を2-3度左右に振ってから、口を開いた。
「騎馬隊を出せ。裏へ回って、蹴散らせてやれ」
「はっ!」と伝令の男は返事をして、すぐに部屋を駆け出ていった。
伝令が出ていくと、シャリオは着替えを始めた。
「城を攻めに来るとは、無駄なことを・・・」
山賊どもが隠れ処を襲われて焦って来たのだろうが、たかが知れている。山賊が集まったところで、郡兵に敵うはずがない。シャリオの自信は真っ当なものだった。本来、正規に訓練を受けている兵と烏合の衆である山賊では相手にならない。それが常識というものだ。
郡令官の命令で騎馬が準備され、18騎が正門の前に整列した。城内には複数の松明が灯されている。その明かりに照らされて、兵士たちが駆けまわっていた。
「開門!」
騎兵の先頭でマーカスが叫んだ。その声に合わせて、正門の左右にある大きな歯車がそれぞれ3人の男たちによって回された。
ガラガラと鎖の音が鳴り響き、正門の扉を兼ねている跳ね橋が降ろされていく。跳ね橋はゆっくりと下がっていき、やがてドスンという音と共に堀の向こう岸へとつながった。
橋の向こうには森が広がっており、薄暗闇の中に動くものはなかった。
「出るぞ!」
マーカスは一度後ろの騎兵たちを振り向いてから、手綱を引いて走り出した。




