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青竜の騎士 ~青き聖剣の物語~  作者: 柊 卯月
第1章 朱珠北国編
17/89

016:魔人

まだまだ戦闘シーンは続きます(笑)。


 アーティスは足を前後に開いて、剣を構え直した。左足を前に出し、右手で握った青い剣を後ろに引く。青い剣先が月光にきらめいた。スッとアーティスの左足がすり足で前へ出る。

 次の瞬間。

 青い剣が目の前で閃き、ビラトリスはかろうじて鉄鎚を下ろして刃先を受けた。

 アーティスの動きが見えなかった。だが、その高速の剣先を止められたのはビラトリスの戦闘能力の高さを証明するものであった。

 

 アーティスは一旦剣を引き、すぐさま攻撃を開始する。右から薙ぎ、返す刃で左から突く。間髪入れずにビラトリスの首、胸、腕を狙って高速の突きを繰り出していく。ビラトリスは鉄鎚の頭を機敏に動かしてその鋭鋒をかわす。

 突きを連続したかと思うと今度は上段から長剣を振り下ろす。変化自在の剣撃がビラトリスを襲った。ビラトリスは防戦一方になり、次第に赤い鎧に傷がついていく。

 

 ガキン。

 何撃目かの突きがビラトリスの肩甲を弾き飛ばした。ビラトリスが眼を見開いて、宙を飛ぶ赤い甲に視線を送った。

「ぬう」

 ビラトリスは地面を転がっていく肩甲を見送り、ゆっくりとアーティスに向き直った。アーティスの方も間合いを取って、剣を中段に構え直す。

 

 数十ペラゴ(注:数分)の間に交わされた攻守は激烈を極めたが、ビラトリスに致命傷を与えられなかった。そして、驚くべきはアーティスもベラトリスもほとんど息を切らしていない事だった。

 

 ビラトリスは大きく息を吐いた。今までで最大の敵だった。ビラトリスがこれほど守勢に立たされたことはかつてない。その剣士も驚愕であったが、その男が持つ剣はさらに驚くべき強靭さであった。ビラトリスの超硬の鎚頭と切りあっているのに、刃こぼれもなく、月光に鋭刃が閃いている。しかも長剣ではあったが、それほど太くもないにもかかわらず、折れるどころか曲がる様子もない。通常の剣とは明らかに素材が違うようだ。

 

「はーっ!」

 ビラトリスは鉄鎚の柄を大地に突き立てると大きく息を吸い始めた。辺りの空気が薄くなりそうな気がするほどの勢いだった。吸気が呼気に代わると、ビラトリスは両の拳を握り締め、全身に力をこめる。腕や胸の筋肉が膨れ上がり、太い腕がさらに太くなっていく。着ている赤い鎧がはち切れそうな程盛り上がり、大男のビラトリスがさらに一回り大きくなった。

 

「フッシューッ!」

 ビラトリスが息を吐いた。アーティスにはその息が瘴気を含んでいるように見えた。形相も先ほどとは違い、目が吊り上がり口端も切れて、鬼面の様相を見せる。

 

「こいつは・・・」

 アーティスの口から声が漏れた。アーティスは確信した。ビラトリスは魔血を飲んだに違いない。普通の人はその恐怖と狂気で死んでしまうが、稀にその魔の力を取り込める人間がいる。その場合、すでに人間ではなくなっているが。

 

 ビラトリスは突き立てた鉄鎚を取り上げた。ゆっくりと振りかぶると歯を見せて笑う。

 鉄鎚が天を衝くほど頭上に掲げられて止まった。そこから鉄鎚が急速に振り下ろされる。アーティスは轟音とともに頭上を襲う鎚を後退って避けた。だが、鎚頭の端が避けたはずのアーティスの手甲をかすめる。ガチンと鈍い音がして、手甲が飛んだ。腕がしびれて、一瞬手の感覚がなくなった。鎚は獲物を逃した悔しさをぶつけるように地面を強打し、大地が振動した。

 

 鎚の威力も速度も倍増している。文字通り化け物だ。巨漢が繰り出す攻撃はすでに人間の域をはるかに超えていた。

 次の一撃が再度上から襲い掛かる。アーティスはさらに下がって逃げる。ビラトリスはそれを追って、鉄鎚を振るう。アーティスは、鉄鎚を避けながら、右に左に走って逃げる。それを追いながら鉄鎚は振り回され、周囲にいる敵も味方も吹き飛ばされた。

 

 両者の速さは常人を超えており、その速度で戦場を駆けまわる暴風と化していた。辺りにいた者は見境なく巻き込まれるため、その暴風から逃げることで手いっぱいだった。もう、山賊を捕らえるとか、郡兵を迎え撃つとかは、二の次になってしまっている。おのずと郡兵と山賊の間に距離ができ、戦場は常人離れした二人の独擅場になっていた。

 

 

 アーティスが逃げた先に小さな小屋があった。小屋を背にしながら小屋の横手へと回り込む。

 そこへ横殴りの暴風が飛んでくる。アーティスが小屋の陰に下がったため、鉄の塊は小屋の木柱にぶつかった。が、鉄鎚は勢いを止めず、柱をくの字に曲げてさらに横に流れていく。折れた柱が支えていた屋根も引き摺られ、一緒に右の方へ飛んで行った。小屋が柱を失って、ガラガラと崩れていく。

 

「アーティス!」

 背中で呼ぶ声が聞こえた。振り向くとバックが手招きしていた。

「もういいぞ! こっちへ来い!」

 見れば、いつの間にか郡兵がほとんどおらず、戦っているのはほんの数人だった。どうやら村人は逃げおおせたらしい。

 

 振り向いている間に、鉄鎚の撃風が眼の前で炸裂し、小屋の残骸をさらに破壊した。アーティスはさらに後退して、間合いを取った。この怪物から逃げるのは容易ではない。背を向ける前に鉄鎚の一撃が頭を吹っ飛ばすだろう。

 バックは逃げ口がある小屋の入り口でアーティスを見つめた。どう見てもビラトリスは怪物だった。あんなものに勝てるのか。バックは二人の戦いに息を飲む。

 

 アーティスはじりじりと後退しながら、間合いを広げた。両手で握った剣に集中する。青い剣の刃先が妙に歪んで見えた。よく見ると水煙のようなものが剣を包んでいた。アーティスはさらに気を高めていく。

 青い聖剣ビス=グランサーは水の特性を持つ剣である。聖剣はそれぞれがもとになった竜の特性を持つ言われている。青の竜マセルトーラの鱗から作られたとされるビス=グランサーは、水を司る青竜の加護と能力を発揮できた。

 

 アーティスは水の塊を意識し、それをどんどん小さくしていくように創造を重ねていった。空気中には目では見えない水がふんだんにある。それは見えなくても水である限り、剣の能力を減退させる理由にはならなかった。

 

 水はどんどん小さくなり、目に見えない大きさから、さらに小さい状態になっていく。その水の粒子を剣の刃先に並べる感じ。そしてその水の粒子が刃先を高速で振動する想像を剣に帯びさせる。青い剣の刃先では極限まで小さくなった水の粒子が眼に見えない噴流となって極薄の水膜を形成する。

 

 ビラトリスは、その驚くべき速度で、一気に間合いを詰めてくる。アーティスの剣の異様を気にした様子もなく、巨大な鉄鎚を振り下ろした。

 今度はアーティスは逃げるそぶりをせずに、長剣を下段の構えから振り下ろされる鎚頭に向かって振り上げていく。

 ザキンと金属同士がぶつかる音がする。が、ビラトリスの鉄鎚はアーティスの頭に到達する前に減速され、それどころかやや押し返された。

 

 ビラトリスは鉄鎚が受けた剣ごと青い剣士を叩き潰すことを疑っていなかった。いかな強靭な剣士でも、この一撃を受け止めることなどできない。そう確信していた。

 だが、ビラトリスが見たのは、己が鉄鎚が青い剣によって切断される光景だった。鎚頭の3分の1ぐらいのところで鉄の塊が2つに分かれた。

 切断面でズリッと固まりが滑り落ちていく。まるでナイフで切った乾酪(ナルフ)のようにきれいな切断面を見せて、鎚頭の一部が音を立てて大地に落ちた。


 あまりの出来事に鎚を構えたままビラトリスの動きが止まった。信じられない光景だった。5トーム(注;35センチメートル)もある鉄の塊を切ることができる刃物など存在しない。しかもこの鉄鎚は石よりも固いのだ。破壊することすら考えにくい。それがたった一撃で切り落とされるとは。

 

 アーティスは切り上げた剣を振り下ろした。下ろした剣をさらに右に左に上に下にと目に見えないほどの速さで、振り回す。

 風切り音が止んだ時、柄の部分を残して鉄鎚がバラバラと崩れ落ちた。巨大な塊だった鎚頭は数トームの大きさの鉄塊に砕け散った。

 

 棒だけになった鉄鎚を握ったまま、ビラトリスはあんぐりと口を開いていた。驚きに目が見開いている。

 それを尻目にアーティスは身体をひるがえし、バックが待っている脱出口に向かって駆けだした。

 

「おのれ!」

 ビラトリスは叫んで、逃げ去っていくアーティスに向かって頭を失った柄を槍のように投げつけた。


「危ない!」

 バックの叫びとひゅうという風の音を聞いて、走りながらバックは振り向きざま、長剣を振った。身体を回転させるように軽く飛び上がり、飛んできた鉄棒に剣を振り下ろす。回転の勢いも手伝って、剣撃が鉄棒を真っ二つに切り落とした。

 一回転して大地に着地すると、そのままバックが待つ小屋の入り口に飛び込んだ。

 

 小屋の奥では、床面に人が数人入れるほどの穴が開いており、その奥に何人か顔が見える。

「あそこだ!」

 バックはその穴を指さした。

 アーティスはバックの横をすり抜け、その穴に飛び込む。バックもすぐにその後を追った。振り向く視界の端に、恐ろしい形相のビラトリスが迫って来る様子がかすめた。


 アーティスは滑り込むように穴に入り、すぐ後ろにバックが飛び込んできた。

「奥へ!」

 バックが叫び、そこにいた数人とアーティスは洞窟の奥へ走り込む。バックも同じように奥へと入ってきたが、10リルク(注:約9メートル)ほどしたところで、バックは立ち止まった。アーティスが振り向くと、洞窟の入り口に郡兵の顔が逆さまに覗いている。バックはその様子を見て、洞窟の天井から下がっている紐を掴んだ。何の紐か、岩の天井に組んであった木組みにつながっている。

 

 バックはその紐をグイっと引っ張った。すると紐が結わえられていた木組みが崩れた。パラパラと天井から砂と小石が落ちてくる。

 次の瞬間、轟音を立てて、天井が崩れ落ちた。濛々と煙が広がり、アーティスたちは思わず目をふさぐと同時に顔を伏せた。音が止んで、恐る恐る目を開くと、バックの前にあった洞窟は岩で完全にふさがっていた。

「よし、行こうか」

 洞窟が二度と通れないことを確認して、バックはアーティスたちを振り向いた。



ちょっといつもより長くなってしまいました。

でも、ここは見せ場なので、どうしても一気に書きたかったところです。

しつこいと言われる文章ですが、読んでいただけると嬉しいです。


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