015:鉄槌
「知り合いか?」
アーティスが赤い鎧の大男から視線を外さずに、隣にいるバックに訊いた。その男の登場で、一時的に戦闘が中断されている。赤い鎧の男はいろんな意味で衝撃的だった。
「できれば一生会いたくないね」
吐き出すように言って、バックは渋い顔をした。
「ビラトリス・トーラーン」
呪われた言葉を吐くようにその名を告げた。
「あれは化け物だよ」
言っている間にその赤い鎧の男ービラトリスは巨大な鉄槌を一振りした。
「うげっ!」
「がはっ!」
その巨大な鉄の塊は紅の雪狼の男二人を同時に弾き飛ばした。人の胴体ほどの四角い金属の塊であり、それだけでも大人二人分ぐらいの重さはあろう。それを人の腕ほどの太さで、長さ1リルク半(注:約130センチメートル)もある太い棒が付いている。巨大な両口玄能のような殺人兵器あった。
それをビラトリスは軽々と振り回す。恐るべき膂力であった。
ビラトリスが鉄槌を振るうたびに屈強な男たちが宙を舞う。その暴風に味方のはずの白い郡兵も逃げ回っていた。
「味方も何もあったもんじゃねぇ。あいつは見境がないんだ」
バックは後ずさりする。
「ここは逃げた方がいい。勝てるとかいう相手じゃない」
確かにこの暴虐の嵐を止めることなどできそうもなかった。だが、振り向いたアーティスの目に、逃げ惑う女子供の姿が見えた。
「まだ、逃げ遅れているのがいる」
アーティスが顎をしゃくって示すと、バックは頭を片手で掻き毟った。
「分かってる。だけど、あの化け物は止められない」
アーティスが赤い暴風の方に顔を向けた。
「全員逃げるのにどのくらいかかる?」
「あと1ズーサ(注:約30分)か、いや、半ズーサもあれば・・・」
アーティスが普通に訊いたので、普通に答えた。が。
「何するつもりだ。あんなのには勝てねぇって」
バックは驚いて目を剝いた。
「それぐらいならなんとかなるだろう。とりあえず、皆を逃がせ」
まるで、「ちょっと出かけてくる」とでもいうような口調でアーティスは言い、青い剣を両手で握りなおした。
「おい・・・」
バックは止めようとしたが、アーティスの背中が拒んでいた。ゆっくりとアーティスは赤い鎧に近づいてゆく。
「くそっ! 死ぬなよ!」
バックはつま先で足元の石を蹴り、踵を返して郡兵と戦っている仲間の元へ走り出した。
「ぬっ」
砂と石と人間を吹き飛ばしていたビラトリスは鉄槌の動きを止めた。青い鎧の剣士が近づいてくる。おじけづく様子もなく、堂々と歩いてくる。ビラトリスを前にして、そんな人間は始めてだった。ビラトリスとその鉄槌を見て逃げ出すものは多いが、向かってくるものは皆無だった。背は高いがビラトリスよりも低い。体つきもよくはない。持っている青い剣は長剣だったが、ビラトリスが持つ鉄槌に比べれば、子供が使う木の棒と変わらない。
「それで俺とやるつもりか」
ビラトリスは豪快に笑い、3リルク(注:約2.5メートル)ほど離れたところで立ち止まったアーティスを見下ろした。鉄槌が届く範囲の少し外側だ。
「しゃべれるのか」
アーティスはニヤッと笑って、相手を揶揄した。ビラトリスは一瞬意味が分からなかったが、すぐに目を吊り上げた。
「なんだと!」
ビラトリスは鉄槌を振り上げると同時に走り出す。数歩進んで、巨大な鉄の塊を振り下ろした。
ドスン。
鉄槌の頭は大地にめり込み、石と砂を巻き上げた。
「ぬう!」
一撃で相手を潰すはずが、空振りだった。鉄槌を地面から引き抜くと、砂煙の先に青い剣士を見つけた。猛烈な勢いで落ちてくる鉄槌を後方へ飛び退って逃げたようだ。
アーティスも「ヒュー」と驚きの口笛を吹いた。目の前で見ると恐ろしい攻撃だった。驚いたのはその破壊力ではなく、速度だった。あの重い槌を操る速度も、突進してくる速度も、予想を上回っていた。ただの馬鹿力ではなさそうだ。
第2撃は横殴りに槌が飛んできた。こちらも後方へ下がって避ける。さすがに目の前に巨大な塊が迫ってくるのは恐怖を覚える光景だ。まともに喰らえば骨が砕けるだけでは済まないだろう。
「逃げるだけか」
ビラトリスは鉄槌を構えながら、煽ってくる。すぐには攻撃しなかった。ビラトリスの方も相手の速度に内心驚いていた。ビラトリスが鉄槌を振るうと、相手はなすすべもなく弾き飛ばされていくのが普通だ。だが、この男は2度もその鉄槌を避けたのだ。それも無傷で。
アーティスはチラと後ろを見た。郡兵と戦いながら山賊たちが逃げ道に引いている。
幸か不幸か、ビラトリスのおかげで郡兵も積極的に攻めきれずにいる。この暴風は味方も怖気づけるようだ。
ビラトリスがじりじりと迫って来る。アーティスの方も確かに逃げてばかりというわけにはいかなかった。これ以上下がれば、郡兵と山賊の乱闘の中に入ってしまう。
アーティスは覚悟を決めて、青い剣を握り直した。そこへビラトリスの一撃が振り下ろされる。
ガン!と鈍い音がした。アーティスの膝が大地に落ちる。
ビラトリスは見たことのない光景に驚いた。アーティスは片膝をついているが、頭上に構えた剣でビラトリスの鉄槌を受け止めていた。彼の鉄槌を受け止めた人間。彼の鉄槌で折れなかった剣。初めてのことが同時に起こり、彼は驚愕に顔を歪めた。
鉄槌を押し込む力がさらに強まった。剣一本で支えるアーティスの腕に力が入る。
ビラトリスは勝利を確信し、アーティスを見下ろしてニヤリと笑った。
すると、下から見上げるアーティスの顔が同じようにニヤリと笑う。と同時にビラトリスに異変が起こった。押さえていた鉄槌が少しづつ浮き上がってくる。もちろん、ビラトリスは力いっぱい押しているのだが、それが押し返されていた。
「・・な・・・に?!」
ビラトリスの口から思わず声が漏れた。
アーティスの膝が地面を離れ、次の瞬間、アーティスの青剣はビラトリスの鉄槌を弾き飛ばした。
弾かれた鉄槌を頭上に掲げ、ビラトリスが2歩後退する。そのまま後ろに倒れなかったのは、ビラトリスの力技だった。驚いた顔のまま、ビラトリスは固まってしまった。その眼にゆっくり立ち上がる青い剣士の姿が映った。
戦闘シーンが続きます。
好き嫌いはあると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです。




