014:夜襲
鋭角な衝撃が身体の中を走ったような気がした。
暗闇の中、目を開く。木造りの天井がうっすらと見える。感覚を集中するとぞわぞわと嫌な感じがこみあげてくる。
アーティスは身体を起こし、頭を2-3度振った。それから寝台から降り、素早く身支度を整える。
小屋を出ようとしたところで、いきなり剣が目の前を過ぎった。
「どこへ行く?」
剣を構えた大男が静かに尋ねた。最初に会った5人のうちの一人だ。体格が人一倍大きかったので覚えている。偉丈夫という言葉の通りの男だ。
アーティスは目の前に突き出されている剣先を右の人差し指と中指の2本で押さえて、顔の前から左の方へゆっくりと押してゆく。剣はそれに逆らうことなく動いた。
「やばいのが来る。みんなを起こせ」
アーティスが男を真っ直ぐ見て告げた。
大男ーガラン・ドランは目を見張った。
「何?!」
「おそらく郡兵の一団が近づいている。それにちょっと危なそうなのが混じっている」
ガランはしばらくアーティスを見つめた。アーティスはその眼を見つめ直す。数瞬無言の時間が流れた。おもむろにガランは剣を腰の鞘に納めた。
「分かった。ついて来い」
言ってガランは踵を返し、頭領バック・リージェンの寝所の方に歩き出した。
何か気配を感じて、クリスは闇夜に目を凝らした。あと数時間で姉月ミアが顔出すが、それまでは明かりのない闇夜だ。
もう一人の見張り役に合図をする。二人で洞窟の先の森を注意深く見ると、光のない暗闇に二つの光りが見えた。息を止めると、獣の息遣いが聞こえる。
2つの光が近づいてくる。その光を凝視すると、狼の姿が見えてきた。腰の高さ辺りに顔が見えた。それほど大きくない。雪狼ではなく、普通の狼だ。
その狼はこちらを凝視していたが、不意に視線を外して左の森の方へすたすたと消えていった。
クリスはホッと一息ついた。緊張が緩む。
「緊張したー」
クリスが声を漏らした。もう一人の男が笑った。
「俺は、全然、だけどな」
「そりゃないだろ」
お互いに顔を見合わせてははっと笑い合った。
と、ガサッと音がした。驚いて狼が出てきた方向をもう一度見ると、草木が動いている。さらにガサガサという音にガチャガチャという金属がこすれる音が混じっている。
二人はもう一度顔を見合わせた。それから、もう一度音の方を見ると、すでに人型の影が数人見えた。しかもその後ろにも気配がする。
「やべぇ」
クリスが言って、二人はすぐに洞窟の奥に走り込んだ。すぐ内側の分厚い木の扉を閉める。閂を掛けると転げそうな勢いでその奥へ走り出した。
「奴らが来る?」
バックは皮鎧を着けながら、アーティスに訊いた。
「多分。もうすぐ近くに来ている」
「なんで、そんなことがわかるんだ?」
アーティスは首を振った。
「説明はできない。そんなもんだと思ってくれ」
バックは剣を受け取って、腰に付けた。
「まあいい。ほかのやつらも起こしといてくれ」
バックは集まった数人に言って、各戸に走らせる。
「表の様子は?」
バックが言った途端に、クリスが飛び込んできた。
「やばいよ!! 郡兵が来てる!!」
一同がクリスを見ると、入り口で躓いてその場に倒れた。だが、そこにいた全員がそれを無視して、剣の柄を握り、村の入り口の方を向く。
「あんたの剣も返しておく」
ダフが青い剣を持ってきて、アーティスに渡した。受け取ったアーティスは素早く背中に背負う。
「頭領! 扉が破られそうだ!」
村の入り口になっている洞窟から男が駈け込んで来た。
「なんでここがバレたんだ?」
ダフが誰ともなく言った。その言葉に全員の視線がアーティスに集まる。アーティスは絶句した。もちろん潔白であったが、それを口に出すのも怪しまれそうだ。
「そんなことは今はどうでもいい。とにかく、全員起こせ」
バックが言うと、一瞬の緊張が解けた。確かにそれどころではない。
「女と子供は手筈通りに逃がせ。男どもは応戦体勢を」
バックが指示を出すと、男たちがそれぞれに散っていく。こういう場合の判断と指示はさすがに一党を統べる頭領であった。
「こういう事態に備えて、別に逃げ道を作ってある」
バックがアーティスに説明しながら、入り口に向かう。
「親父!」
イノが茶色の皮鎧を着た姿で現われた。腰に剣を佩き、矢を背負って左手に弓を握っている。
「お前は女子供を逃がす方へ行け」
バックの命令にイノは不満そうな顔をした。
「無事に逃がすのがお前の仕事だ。ここを出たら例の場所に行け。いいな」
そう言われても不満顔であったが、バックが後ろの方を指さすと渋々後ろを向いた。
「アーティス、無事でいてね」
イノが去り際にアーティスに告げると、村の奥へと軽快に走り出した。
「親に言葉はないのかい・・」
バックは苦笑いしながらつぶやくと村の入り口の方を見た。すでに扉は破られ、洞窟の出口が白い軍服をぞろぞろと吐き出していた。
すぐにそこここで戦闘が始まった。剣と剣がぶつかる音が暗闇に響き、静かだった村を喧噪が支配した。
アーティスも背中の剣を抜き、白い郡兵と対峙した。その郡兵は剣を構えアーティスに切りかかった。アーティスはその剣先を軽くかわして、青い剣を軽く薙ぐ。
「ぐわっ!」
郡兵は剣を落とし、声を上げた。腹から赤い血が噴き出し、白い服を染める。その男が倒れるところを見ずに、アーティスは次の敵と向き合った。
その時、ドーンと大きな破壊音が響き、村の入り口の辺りに白い煙と石礫が噴き出した。洞窟の一部が破壊され、その奥から黒い影が現れた。ちょうど姉月が顔を出し、その男の姿を照らした。
身長は2リルク半(注:約210cm)はありそうな大男だった。赤い鎧が全身を包み、その男をさらに大きく見せていた。だが、その男が異彩を放つのはそれだけではなかった。その肩には巨大な戦鎚が担がれていた。
「まずい奴が来た」
アーティスの横でバックが声を漏らした。




