012:山賊
アーティスはバックの顔を真っすぐに見て、ピクリと片眉を上げた。
「俺はある男を追ってここに来た。今はフェードソン郡令官の傍にいるはずだ」
バックは右手で顎を擦りながら、考える風に上目遣いになる。
「黒い服の男だな」
バックは吐き出すように言った。
2カ月ほど前、その黒いマントを着た男と何やら妖艶な美女がこの地に現れ、郡令官の元を訪れた。それから、シャリオ・フェードソンはおかしくなった。シャリオはもともと王族の姻戚で貴族の末端らしいが、何故か2年前にこの地の郡令官として赴任してきた。戦乱はないとは言え、ここは国境線で、田舎である。貴族が赴任する場所ではない。セルロガ王に疎まれたという噂もある。
だが、赴任してしばらくはそれほど悪いことはなかった。善政というわけではなかったが、それまでの郡令官と大差はなかった。赴任当初は統治にあまり興味がなかったようだ。その後しばらくしてから、周辺から兵士を集めだし、傭兵なども密かに雇っているようだ。
そして、最近黒い男が来てから、もっとおかしくなった。勝手に税をあげ、何故か子供たちを集めだした。
今から1か月ぐらい前だろうか、近隣の町村から子供を城に連れて行くようになった。最初は協力する民もいたが、子供たちが帰ってこないことがわかると親たちは子供を隠すようになり、今では、郡兵が強制的にさらっていくようになった。何の目的かは分からないが、いずれにせよ真っ当な目的ではあるまい。
「確かにあいつが来てからやり方がひどくなった」
バックが渋い顔をした。
「子供をさらっていくようになったも、そいつが来てからだ」
バックは視線をアーティスに戻した。
「あいつは何を企んでいるんだ?」
アーティスの顔が少し陰った。言葉を出すのに躊躇しているようだった。
「・・・俺の考えが間違ってなければ、魔獣の復活が目的だ」
アーティスの言葉に、衝撃が走った。
「まさか・・・」
「嘘だろ・・・」
そこにいた男たちの口から声が漏れた。
百数十年前フェリオス・カナーンが封印した魔獣と呼ばれる怪物がいた。人を喰らう化け物という話が世界中に伝えられている。半ば伝説化した話だが、いないとも言い切れない。それぞれの顔に浮かんだのは半信半疑という戸惑いだった。
「笑い飛ばしたいところだが、そうもいかないな」
動揺の色を隠せずバックはやや震えた声で言って、苦虫を噛んだような渋い顔をした。
「子供らが生贄ってことか」
「多分」
落ち着いたアーティスの返事にさらに苦い顔になる。子供さらっていたのはそういうことか。魔物の話が本当かどうかは分からないが、それを信じて悪行をやっているやつがいる。とんでもない話だった。
「その男をお前さんは止められるのか」
「そのつもりで来たんだがな。もっとも、目的はそれではなく、取り返したいものがあるからなんだが」
アーティスの言葉に嘘はなさそうだ。話としては現状とつじつまは合うし、ここで魔物なんて突拍子もないことを言う必要はない。嘘をつくにしても、もっともっともらしい作り話があるはずだ。
「で、話を戻すが、俺たちと一緒に郡令官の相手をする気はあるのか」
バックが探るような視線をアーティスに投げた。受けたアーティスは表情を変えずに答えた。
「俺の邪魔をしない限り、あんた達と事を構えるつもりはない」
それは正直な気持ちであった。わざわざ面倒を増やす必要はない。
「なら、あたしたちと居なよ。どうせ街には帰れないよ」
イノが横からアーティスに微笑んだ顔を向けた。
「おい、イノ、それは・・・」
バックの右隣の男が言いかけたが、それを頭領のバックが止めた。
「いいだろ、相当な腕前と聞いている。その腕を貸してくれるなら、こっちもあんたの邪魔はしない。だが、もし何かあったら・・・」
言いながら、バックは立てた親指で首を斬るしぐさをした。
「分かった。こちらも今言われた通り、宿がない。共闘ということでなら手を貸そう」
アーティスにとっても情報が必要だった。すでに郡兵に目を付けられている状況では迂闊に動くことも難しい。この山賊の一団から知りえることも多いだろう。それにここなら野宿するよりはいい。
「よろしい。では、客人として扱おう。ただし、あの剣はこの村の中にいる限りここで預からせてもらうが、いいか」
バックにとっても、この男の情報は貴重だった。まだ隠していることがあるようだが、何とかその辺りも引き出したい。謎だった黒い男のことも気になるところでった。
だが、完全に信じるわけにはいかない。剣を預かるのはその担保だった。
アーティスはチラリと部屋の隅に置かれた青い剣を見た。愛剣を手離すのはうれしくないが、相手の信頼を得るには拒むのはよろしくないことも分かる。最悪の場合、奪い取ればいいだけだ。どうなってもあの剣は自分の手元に戻って来るという確信もある。
「・・いいだろう。しばらく世話になる」
とりあえず、それで和解は成立した。
「イノ、東の小屋に空き部屋あったろう。案内してやってくれ」
バックは笑顔の娘に言った。
「わかった」
イノはすぐに返事をして、アーティスに「行こ」と声をかけた。
「もうすぐ夕食だ。その時に、また話そう」
バックは背を向けかけたアーティスに告げた。アーティスは無言で首を縦に振り、イノについていく。
「いいんですかい?」
イノとアーティスの姿が見えなくなってから、バックの左側の男が尋ねた。
「凄腕なんだろ、ダフ」
バックはその男の方を見て言った。
「とんでもない剣裁きだったのはまちがいないですがね」
ダフ・マリオージュが答えた。髭面のその男はアーティスが子供をさらった郡兵を切るところを目撃していた。あっという間に3人の騎兵を倒した様子は、かつて見たことのない光景だった。
「戦力としてはありがたいと思いますが、得体の知れない者を入れるのは・・」
今度はバックの左側の男が言う。バックよりは年下だが、体は一回り大きな男だ。
「なにも、完全に信じたわけじゃねえよ」
バックは言って、その左側の男を指さした。
「そこで、ガラン。お前に頼みなんだが、あいつを見張っておいてくれ」
「・・わかった。頭領」
ガランと呼ばれた偉丈夫は頷いた。




