その三 侍女たち
⑤侍女その二
末のお嬢様ですか? そうですね、少し変わったところはおありですが、良いお方ですよ。
王太子殿下から、お手紙をよくもらうようになったときは、ひょっとして?!なんて思ったこともありましたけど、手紙を受け取る時のお嬢様の面倒くさそうな顔を見たら、恋文なんかじゃないってすぐに分かりました。
へたれめ、と、つぶやいていらっしゃいましたしね……。
ええ、とても努力家でいらっしゃいます。頭もよい方なんですけど、子どもの頃は、兄君にいいように遊ばれていらっしゃったのがお気の毒でした……。
兄君のたちの悪い冗談を真に受けていらっしゃったんですよ。
このくらい君の年齢の令嬢ならば軽く読みこなしてるね とかなんとか言って難しい古典集を読ませたり、このくらいは最低でも覚えていた方がいいと専門書並の歴史書を渡したり……。
お嬢様も、あの頃は何かに取り憑かれたかのように勉学に励まれていらっしゃったから、気づく余裕がなかったのかもしれません。
なまじ優秀でいらしたから、どんどん吸収されて……兄君は、もし入学できたら、王立学院でも首席取れそうだなぁとニヤニヤしていらっしゃいましたよ。
あの方は本当に……。お嬢様のことを、かわいく思ってはいらっしゃるんでしょうけれども……。
ですから、思い人の本性をお嬢様から知らされて衝撃を受けていらしたのは、いい気味だと思いましたね。あら、口が滑ってしまいました。
ええ、あの方、女性に甘いからか、ころっと騙されていらっしゃったようです。あれ以来、慎重にはなられましたね。上手にその手合いは避けていらっしゃる。
お嬢様ですか?
どうも興味がないようで……。そうですね、容姿に関しては極端に自己評価が低いところがおありです。兄君も姉君も華やかな容姿をしていらっしゃるから……。
結婚に関しては、どうでもいいと思っていらっしゃるのではないでしょうか?
せっかく権勢欲のない両親と、ひとりでも暮らしていけるだけの財産を持っているのだから、わざわざ気の合わない人間と結婚したいとは思わないとおっしゃっておりましたから、気の合う方となら結婚してもよいとお考えなのではないでしょうか。
兄君は……いずれはとお考えでしょう。遊ぶのに飽きたら身を固められるのではないでしょうか。
あら、そんな。ただ、もう少し妹君を普通に可愛がっていただきたいと思っているだけでございます。
すっかりお嬢様がつむじを曲げて、兄君の前から姿をくらましてしまいましたからね。
ええ、ご両親と姉君とは手紙もまめにやり取りされていらっしゃいますし、時々訪ねてもいらっしゃいます。もちろん、兄君とは顔を合わせないようにしていらっしゃいます。どうやって兄君の動向を把握していらっしゃるのかは、わたくしどもも存じません。
先日はわたくしにも手紙をくださいました。とても楽しそうなご様子で……。そう、子どもの頃の、領地で過ごしていらした頃のお嬢様に戻られたような気がいたします。
ええ、いろいろな噂を流されておいでですが、もともとはのんびりしたご気性でいらっしゃいました。
このまま、のびやかにお過ごしになられてほしいものでございます。
⑥侍女その三
母が乳母を務めていたため、王妃様が幼い頃からおそばで仕えさせていただいておりす。
姫様、ええ、今は姫様と呼ばせていただきます。姫様は昔から利発な方でいらっしゃいました。
自国が小国であることも、その国の王族であることも、よく理解されていらっしゃって、他国の高貴な方々がおいでのときは、とても愛想よく、可愛らしく振る舞い、籠絡して、いえ、親交を深めておいででした。
おかげで縁談は降るようにございました。御父君であらせられる国王陛下は、姫はまだ子どもだからとのらりくらり交わしながら、国のために最良の縁を探っておいででした。
そんな時に、こちらの国から内々に打診があったのでございます。
大国であり、おまけに優れた容姿と資質に恵まれた世継ぎの君のお相手探しですから、飽くまで候補のひとりとして、招かれたのでございます。
姫様にはなにも告げなかったのですが、察するところがおありだったのでしょう、事前にこの国についてさまざまな情報を求めていらっしゃいました。
わたくしどもも、姫様とはまた違う情報を集めました。ええ、小国ですから、情報の大事さは身にしみております。
集めた情報から、姫様の御容姿は世継ぎの君の好みにかなり合うようだと推察されました。まだ成人していないという不利な状況ではあっても、年齢差はわずか四歳。十分に狙えると判断いたしまして、わたくしどもは訪問に備えたのでございます。
案の定、世継ぎの君は姫様の可憐な姿に目を奪われておいででした。表情にはあまり出さないお方でいらっしゃいますが、わたくしどもの目は誤魔化せません。
問題は姫様の方で……何故か、がっかりしていらしたのです。そして、それは世継ぎの君にもばれてしまったようです。さりげなく、けれどもとても熱心に姫様をご覧になっていらっしゃいましたから。
結果としては、それが恋心に火を付けたようなものでございますから、姫様の作戦勝ちだと、さすがは姫様だとわたくしどもは鼻高々でございましたけれど、後に作戦でもなんでもなかったと知って、驚き呆れるやら、自分たちの勘違いが可笑しいやらで、ちょっとした騒ぎになりました。
おまけに姫様はこの縁談に乗り気でなかったようで、先方から断らせようとなにかと策を弄していらっしゃいましたが、なにせ男女間のことには疎い姫君でいらっしゃいますから、ますます煽るだけに……。
ほほほ、もちろん、わたくしどもは最良の縁組と思っておりましたから、温かく見守っておりました。
自慢の姫様ですもの、全てにおいてつりあいのとれた御方に嫁いでいただきたかったし、幸せにもなっていただきたかったのです。
ええ、満足しております。あれほど寵愛を受けていらっしゃる王妃というものは、なかなかいらっしゃいませんでしょう? 御自覚はないようですけれども。
ええ、どうしてこうかまってくるのだろうと、少々邪険に扱っていらっしゃいますわね。なんでも自分の思い通りにしようだなんて、ふざけているなどとおっしゃって。
はい、誤解していらっしゃいます。
高貴な殿方なんてものは女の気持ちが自分に向いているとわかるとすぐに調子に乗りますから、そのままにしておいたのでございますけれど。
浮気なさる様子は全くございませんでしたし、そろそろ誤解を解いて差し上げてもよろしいのではないかと話しているところでございます。




