ある令嬢による実地調査
①街の親父さん
岬の家のお嬢さん?
だれのことだ、そりゃ?
お、あの娘のことか! お嬢さんなんて誰かと思ったぜ。
そこらの男どもより頼りになるし、男っぷりもいいからな!
あ? そうだぜ。町で女たちに人気の若い衆っていったらダントツであの娘が一番人気だ。
いや~、あれは男でも惚れ惚れしちまう。ん? 男でも、じゃねぇか。ま、いいや。
領主様の甥っ子の坊っちゃん、ああ、聖騎士になったって。
昔は、ちっこくてよ。わんころみたいに尻尾振ってくっついてまわってたぜ。鬱陶しいとどつかれて、べそかきながらもな。あそこの兄弟とはまた別の意味で懲りねぇガキだったよ。
今も変わらねえって? まだ泣きべそかいてんのか。あ?泣きはしないが、懲りないって?
しょうがねぇな。殴られすぎてどこか壊れたかね? 能天気なのは領主様と同じだけどな!
この間は珍しく困ってたって?
あそこの娘に「さっさと嫁を貰って、後つぎつくって領主様を安心させろ」っていわれて?
いうだろ、普通。俺だってそう思うぜ。
領主様が結婚すりゃあいいんだろうけど、あの御仁はあの御仁で変わり者だからなぁ。ふーらふーらとほっつき歩いて、三日に一度屋敷に帰るかどうか。この間なんか、なげぇこと顔見ねぇなと思ってたら、王都行ったついでに隣国まで行ってきたんだなんていうしよ。
家令の爺さんが泣いてたぜ。護衛の奴らは止めねぇで喜んでついて行っちまうしな!
あの娘がいれば、爺さんを泣かしちゃいかんって首根っこ押さえて連れて帰ってくれるんだろうけどよ。なんかいいとこに引き抜かれたってな。
まあ、領主さんも悪い方じゃねえんだけど、まだ坊っちゃんの方が見込みがあるな、顔はいいし。
微妙? そりゃまたなんで? 仲のいい娘に怪魚の干物贈ってる?
そりゃ困ったもんだな。領主家、途絶えるかな、こりゃ。
②街の娘さん
彼女が人気が一番あるって? 当たり前でしょー!
優しいし、頼りになるし、かっこいいし!
そこらの男じゃ足元にも及ばないわよ!
男だったら間違いなく婿にしてるわ!
でも、男だったら残念なお馬鹿さんになってたろうけど。
そうよー! あそこの一族の男たちって、本っ当にバカなの! 脳筋ってやつ! おばあちゃんから聞いたけど、代々そうみたいね。
でも、きっちり躾されてるから結婚相手には悪くないわよ。なにもかもお任せな女には向かないけど。間違いなく路頭に迷うから。
うん、手綱さえしっかり握ってたら大丈夫。奥さんのいうことは聞くようになってるから。
え、甥御さん? ああ、あの子! かわいかったわよー! 腹立つくらい。はじめのころは、よく泣かされていたわよね、あっという間に馴染んだけど。
聖騎士になったんですってね! かっこよくなってた? あー、見た目は。そう、やっぱり中身は残念なのね。そんな気がしてた。
そうなのよね、この土地の男って、頼りがいのありそうな見た目の連中はたいてい中身残念なのよ。
怪魚の副作用じゃないかって? ないとも言い切れないわね……。
③街の少年
ねーちゃん、王都から来たの? 領主様のとこにいるの? 嫁さん? 違う?
え……ええっ。姉貴のオトモダチ!
はい! はい、そうです! 末の弟です! 十三歳です!
怪魚? 一人でも仕留められるようになりました!
え? 姉貴の教え方? まず、首根っこつかんで、海に放り込みます!
え? その前? んー? なんかいってたっけ?
あ、「ばちゃばちゃやってたら、怪魚が上がってくるから飲み込まれないように頭蹴り飛ばせ」っていってました!
殴って仕留められるのはまだです! 腕力ないうちは、蹴って仕留めてます!
腕力ついたら、船の上で待ってて頭出したところをがつんと殴ります!
はじめの頃はなかなか蹴ってもうまくいかなくて、兄貴たちに手伝ってもらってたけど、今はひとりでも浮かばせられるようになりました!
武器? 血が派手に流れると、もっと手強いのが出てくるから素手が一番だそうです!
手強いのは、タコみたいなのだっていってました。姉貴でも足一本しかちぎれなかったって。
仕留める前に逃げられたそうです!
漁師のおっさんたちは水揚げと解体を手伝ってくれます。誘っても漁にはついてきません。
この間は聖乙女だっていう、姉貴の美人の友達が一緒に船に乗ってくれたから、兄貴たちが大喜びしすぎて海に放り込まれてました!
領主様んとこの、にーちゃん? 弱っちぃから漁はできません!
弱いよ! 俺にも腕相撲勝てねぇもん!
あ、でも、今のとこ俺の次くらいには強いかな? 甥っ子たちが育ったらわかんねーけど。あ、いや、わからないです、けど。
漁に出る基準? 見極め方? あ、姉貴が、兄弟を殴って気絶させられたら、怪魚も仕留められるだろうっていってました!
俺もすぐ上の兄貴と喧嘩して、のしたら、そろそろ漁に出てもいいなっていわれました!
上の兄貴たちにはまだまだかなわねぇけど。
姉貴に……? 無理! 無理、無理、無理、無理!! 俺、まだ死にたくねぇもん!
④領主さま
そうだね、彼女の曽祖母が獣人だったというのは本当。
ああ、やっぱり、気づくんだね。
そうだよ、曽祖母だけじゃない。
曽祖父も獣人。うん、母方の。
獣人の血筋って女の子が生まれにくいらしくてね。三世代目にしてようやく一人生まれたのが、彼女の母親。
母親は全く普通の人と変わらないんだけどね。
そうだよ、この領地にやって来た獣人は七人。
曽祖母という女性は兄弟従兄弟の六人が、南の大陸を飛び出したのを追いかけて来たらしい。
獣人ってのは女性の数が少ない上に、女性の方が強いんだそうだよ。まあ、一人で海渡って来たってだけでも、その強さはわかるよね。
海竜を従えて登場したって、うちの曽祖父の日誌に書いてあったよ。さぞかし驚いただろうねぇ。
で、獣人の女性は、酒に酔った勢いで故郷を飛び出したっていう馬鹿な男どもを連れ戻すつもりだったらしいんだけど、この地で恋に落ちて住み着いたってわけだ。男たちの方は半数が帰ったみたいだよ、無事にたどり着いたかはわからないけど。
鋭いね、そう相手はうちの曽祖父の弟。
以来、領主家はあそこの家系の身内扱いしてもらっている。血族は守るべき存在と思うらしいよ、ありがたいことに。
それなら、なおのことどうして嫁にしないのかって?
まあ、妹みたいなものだし、その気にならないってのは確か。
仮にそういう対象として見ることができたとしても、一応、領主だから、あの血筋をうちに入れるのは躊躇するだろうね。
うん、領地の経営は無理だと思うんだよねぇ。
聖暦989年の夏頃に行った模様。




