そのニ 侍女と近衛騎士
③侍女その一
昔はあそこまでじゃなかったと思うんですけどねぇ。
打ち所が悪かったに違いないと、皆で言ってます。ええ、あの事件です。
王妃様のお陰でなんのお咎めもなかったから良かったものの……いざとなったら隣国の奥様のご実家に夜逃げしようと旦那様方が話し合っていらっしゃいました。
仕事はできるんですよ、なんでも卒なく。接客だって、お嬢様がらみでなければ完璧なんです。
実家が商家なだけあって、流行にも敏感で、着付けなんかも、すごく上手いんです。
それなのにもう……。ひとたび仕事を離れると、というよりも仕事を離れてもお嬢様、お嬢様。買い物に出かけても、あれはお嬢様に似合いそうだとか、お口に合いそうだとか。
趣味はお嬢様、でいいんじゃないかと。
お嬢様さえつつがなくいらっしゃれば、おとなしくしているのですけど。
ええ、あの時以来、王太子様のことは、目の敵にしてましたね。
王太子様が招かれる集まりには、お嬢様が参加しないように誘導し、王太子様の嫌いなものの情報を集めてはお嬢様がそれを贈るように仕向け……。
いつ不敬罪に問われるかと、ひやひやしていました。
でも、こっそり奥様からお聞きしたのですけれど、早くから王妃様と連絡を取り合って、うまく王太子様のしつけ直しに利用されていたとか……。
流石としかいえません、本当に。
結婚すると聞いたときは、本当にほっとしたんですけれど、相手を聞いて偽装結婚かと心配になりました。
あの近衛騎士の方、よく王太子殿下の使いとしてこの屋敷にもいらっしゃってはいたのですけれども、なにせあの態度ですから。
見た目は怖そうな方でしたけど、心が広いと密かにこの屋敷では人気ありました。
ただ、うるさいのを黙らせておくために、王太子殿下に命じられて結婚を申し込んだのではないかと心配しておりました。
ええ、それなりに仲の良い様子で安心しております。
あの娘は相変わらずなようですけれど。お嬢様の身辺さえ安泰ならばおとなしくしているはずだと旦那様も奥様も、上のお嬢様とその御夫君まで加わって、あちらこちらに手を回していらっしゃいますよ。
結果として、王家のためにも国のためにもなっているので、よろしいことなのではないでしょうかねぇ。
④近衛騎士 その一
意外ではなかったですよ、まったく!
やっぱりそうかって思いましたね。遅すぎるくらいでしたけど。
あの人が結婚しようと思うに違いない状況になるのを待ってたんだと思いますよ。
だって、そうじゃない限り、絶対結婚なんかしないでしょ、あの人!
知ってますよ、分かりますよ!
あの人、ご令嬢に向ける笑顔と王子に向ける冷ややかな視線との落差が激し過ぎ!
あの視線がたまらないって、ちょっと困った趣味のやつもいるにはいたけど。
いや、あいつはそんな趣味ないですよ。
あいつはねぇ、小さい頃からずば抜けた美貌の天然ボケな兄貴がいたせいで、変態どもから兄貴を守るために観察眼が磨かれたって言ってましたけどね。
王子にげんこつ落とす女を無害と判断したらしいですよ。
いや、あの時、俺なんか、あっけに取られて動くのが遅れたんですけどね。あの人の笑顔、すげぇ怖かったし。血をダラダラ流してたし。
あいつはねぇ、あえて動かなかったんですよ。だから、王子にげんこつ落としたあの人がぶっ倒れる前に受けとめられたんです。
普通はね、王子に近づけさせたりしない。場合によっては、女だろうと斬り捨てる。そのくらいやりますよ。
あいつなら、絶対、あの人を止められたはず。王子にちょっと痛い目にあってもらおうと思ったに違いないんですよ、口割らないけど。
表には出さなくても事態をすっごく面白がってたんですよ!
無表情通してますけど、内心、げらげら笑ってたと思います。
あの人のことも、相当面白がってましたね!
王子のお使いを進んで引き受けたくらいだし。まあ、余計な情報をもらさないためってのもありますけど。
恋愛感情かどうかはさておき、かなり前から気に入っていたことは確かですよ!




