第五話 カラオケ
放課後、俺は四宮さんと野江さんの三人でカラオケボックスに向かっていた。本来なら図書室にいたはずなのだが図書室に向かう途中で四宮さんが野江さんにカラオケに誘われ、なぜか俺にも誘いが来た。理由を訊くと「人が多い方が盛り上がるから」とのこと。だったら俺じゃなくてもいいじゃんと内心でツッコんだがとりあえずOKした。
「四宮さん、図書委員の仕事はいいのか?」
「昼休み担当の子に頼んだ。その分、明日の昼休みは私が担当になったけど」
それはそうだ。一人の子に負担をかけるのはフェアじゃない。
「話変わるけど、二人はよくカラオケ行くの?」
「あたしはしょっちゅう。明音は少ないよね」
「うん、半年に一回ぐらいしか行かんわ」
「まだ多い方だと思うよ。俺なんか今日が初めてだし」
二人は同時に「え」と声をあげた。そんなに珍しいか?
「まさかですね。丹波さん歌には興味ないんですか?」
「興味はあるよ。でも俺は歌うより聴く派だから」
「なるほど。でも歌うのもストレス発散になりますよ。たまに『うるさい』って言われることありますけど」
どんだけデカい声で歌ってんだ。今日は声量抑えてくれよ。
学校を出て約十分歩きカラオケ店が見えた。店に入ると俺たちは適当にドリンクを注文して野江さんが指揮を執る。
「最初は誰が歌う? 最初に歌いたい人!」
誰も手を上げない。いきなり気まずい雰囲気が漂う…。俺は気を紛らわすために手元にあるコーラを一口飲んだ。
「二人とも少しは発言して! あたしだけ盛り上がっても寂しいから」
確かにこのままでは野江さんが不憫だ。仕方ない…。
「じゃあ、俺がいく」
「おお! さっすが男子」
自分から言ったものの何歌うか迷うな。土居の影響でアニソンを聴くようになったが、いきなりアニソンは『オタク』のレッテル貼られそうだ(曲にもよる)。となれば無難にJポップを選ぶが吉。
しかし機械の使い方がよく分からない。あまり人の助けは借りたくないがダラダラしてたら時間がもったいない。俺はカラオケ常連の野江さんに操作の仕方を教えてもらいようやく準備ができた。
俺が選んだのはドラマの主題歌にもなった男性シンガーソングライターの曲。人前で歌うのは緊張したが歌い終わると結構爽快感があった。
「丹波君よかったで」
「ありがとう。すごい緊張した」
「よーし! 次、あたし行く!」
野江さんが勢いよく立ち上がり選曲したのはエ○ァンゲリオンのテーマソング。カラオケでは定番なのだろうか。それにしてもすごいノリノリだ。四宮さんはジュースを飲みながら野江さんが歌う様子をずっと見ている。
「はー、まだ一曲目なのに喉カラカラ、明音も歌いなよ」
「いや…私はええ」
「なんでよ。恥ずかしがらなくてもいいじゃん。歌すごく上手いのに」
へぇ、それは気になるな。四宮さんの歌う姿はまだ見たことがない。
「俺も四宮さんの歌声聴いてみたい」
四宮さんは頬を赤くしながらゆっくりとモニターの近くに立ち、女性アイドルグループの曲を選んだ。
本人は恥ずかしがっていたがとにかく上手かった。もう少し語彙力があればどう上手いのか詳しく伝えられるのだが生憎、歌は素人だ。
「これで一周したね。次、デュエットでいこうか」
デュエットか…四宮さんと野江さんの一択だろ。
「まずは丹波さんとあたし」
「俺!?」
「そうですよ。何か文句でも?」
「いや…女子二人の方が合うんじゃないかな…」
野江さんは「そう言わずに」と俺の手を引っ張って来た。何気に力が強い。
一人でも緊張するのに横で女子と並んでとなるとより緊張する。しかも四宮さんの機嫌がなんか悪そうだし…。あれかな。電車や街中でイチャイチャいているカップルを見て不快感を覚えるのと同じ心理状態なのだろうか。
脳内でそんなことを考えていると。野江さんがいきなりグイッと体を引き寄せてきた。おい、どういうことだ。
「ちょっと千華! 何してんの!?」
「何って、スキンシップよスキンシップ。少しぐらいいいでしょ。ねー、丹波さん?」
それはどう返事すればいいんでしょうか。この子、俺の苦手なタイプだ。
正直、今すぐ逃げ出したい気分だがそうもいかない。なんせ俺の腕は野江さんががっちり掴んでいるのだ。
野江さんはノリノリだが俺は緊張でドキドキ、そして四宮さんはジロジロとこちらを見ている。何この状況。
姉貴であれば無理やりにでも引き離すがほかの人だとやりづらい。ならば…。
「の、野江さん、トイレ行きたいから離してくれるかな」
「えー? …しょうがないですね」
そう言うと野江さんはあっさりと離してくれた。別にトイレは近くないがこの方法が手っ取り早い。
俺はとりあえずトイレに行くフリをして部屋を出た。一応フリでもしておかないと何を言われるかわからない。
頃合いを見て部屋に戻ると四宮さんが溌剌とした調子で歌っていた。俺がいたときとはまるで違う。
「ひぇ!? た、丹波君!?」
なんで驚いてんだ。見られたくなかったのか?
「今のすごくよかったよ。いつもの四宮さんとは違うというか…ああ、いい意味で」
「明音は消極的ですからね。多分、丹波さんの前で歌うのは恥ずかしいんだと思います」
野江さんがからかうように言った。当の四宮さんは俯いたまま何も言わない。相当恥ずかしかったのだろうか。
結局、デュエットは四宮さんと野江さんでやることになった。やはり女子同士、息ピッタリだ。
そして三周目に入ったところでスマホのバイブが鳴った。画面に表示されているのは姉貴の携帯電話の番号。
「もしもし」
『翔太、今どこにいんの?』
「カラオケ」
『もしかして明音ちゃんと一緒にいる?』
ホント怖いな。姉貴は透視能力でも持ってんのか? 底が知れない。
「いるけど…それがどうした?」
『いや、なんとなく訊いただけ。それより、あんまり遅くなるとお母さんが心配するから早く帰って来なよ。もう六時回ってるし…』
一旦スマホを耳から離して時間を確認すると午後六時十四分。三時間近くも居たのか。俺は「できるだけ早く帰る」と言い残して電話を切った。
「丹波君、誰と電話してたん?」
「姉貴、早く帰ってこいって」
四宮さんは鞄の上に置いていたスマホの画面を見て目を丸くした。
「もうそんな時間か。歌うのに夢中で全然気付かんかった」
俺たち三人は部屋を出ると支払いを済ませて店を出た。今日だけでも結構楽しめたし当分はいいかな。
「あー、楽しかった。明音、明日も行こうよ。よろしければ丹波さんも」
「図書委員の仕事があるからパス。今日だけでもう十分」
「悪いけど俺も遠慮するよ」
「二人そろってつれないこと言うなぁ。もしかして昨日みたいに図書室で雑談でもするの?」
それは四宮さんの気分次第だな。駅が見えてきたところで野江さんが俺の方を向いた。
「それじゃあ、あたしらこっちなので、また明日会いましょう」
「ああ、また明日」
野江さんと四宮さんが手を振り俺も小さく振って返した。二人の姿が見えなくなってから俺は再び歩きだして駅の改札に向かった。