第十四話 オタクの友達
テストまであと一週間になり、他人事のように「テストダルいわ~」と言っていた生徒も真面目に勉強を始めた。いつも騒がしい教室もここ三日は平静としている。
帰宅部の俺には関係ないが今日から部活動はテストが終わるまで活動停止。グラウンドに響く陸上部の掛け声や野球部のバットの金属音もまったく聞こえない。
「丹波、この問題の答えを教えてくれ」
「まずは解く過程を考えろ。答えだけ教えても意味ないだろうが」
俺は今、朝のホームルーム前の教室で土居に勉強を教えている。こいつはテストが近づくと俺に必ず助けを求めてくる。本当は自分の勉強を優先したいが一応親友だからな。最低限協力はしよう。
「今回はどうしても追試を避けたい。アニ○イトに行く時間が減っちまうからな」
「一回ぐらいアニメから離れたらどうだ。勉強が疎かになるぞ」
「悪いが俺は二次元にしか興味がない。伝説のギャルゲーマー桂木○馬も言っていた。『現実なんてクソゲーだ』と」
お前は落とし神にでもなるつもりか? そんなこと言ったところでテストを攻略しない限り罰ゲームは避けられない。たまには現実を見ろ。
「土居、二次元の世界を作っているのはリアルの人間だ。お前がハァハァしながら観ている可愛いキャラクターの声を演じているのは、キャラクターの実年齢よりも高いリアルの…」
「やめろ! それ以上言うな! 勉強する! 勉強するから俺の夢を壊さないでくれ!」
夢ってなんだよ。「二次元に転生したい!」とかじゃないよな。とりあえず土居を現実に引き戻せた。テストは基本さえ押さえれば赤点の四十点を下回ることはないはずだ。ただ、一つ懸念されるのは…。
「赤点を取りたくないなら各教科の基本をこの一週間で全部記憶しろ。英語は最終日だから後回しでもいいが、簡単な英単語は覚えておいた方がいい」
「お前は鬼か! 俺そんなに記憶力良くねぇぞ」
そう、こいつはアニメ以外のことを記憶する能力が著しく欠如している。そこで俺は考えた。
「じゃあ、覚えたいこととアニメを結びつけるってのはどうだ?」
「例えば?」
「そうだな…土居、お前の好きなアニメはなんだ」
「ハ○ヒ、まど○ギ、ガル○ン、け○おん…」
「悪い。この話はなかったことにしてくれ」
ダメだ。俺はアニメに関する知識が著しく欠如している。どこかに勉強のできるオタクはいないのか…。
「クソっ! イン○ックス並みの記憶力があれば教科書の内容丸々記憶できるのに…。追試なんて受けなくて済むのに…。未試聴のDVDたくさんあるのに…」
お前は何でもアニメと結びつけたがるな。これはもう重症だ。けど土居は悪い奴ではない。この高校に入学して最初に話しかけてくれたのは土居だし、ほかには…特にないけど悪い奴ではないはずだ。だんだん自信がなくなってきた。
今の土居では追試へまっしぐらだ、一回、あの元プロレスラーのビンタで闘魂注入してもらった方がいいんじゃないだろうか。絶対目覚めるよ。
「丹波、俺はどうすれば勉強できるようになる?」
「ドラ○もんに頼んで暗記パン出してもらえ」
「答えになってねぇ! お前、勉強できるからってそんな余裕かましてたら痛い目見るぞ」
別に余裕かましてはない。俺は学年十位以内目指してるからな。つーか、今のままじゃ痛い目を見るのは土居、お前の方だ。
しっかし、人に勉強教えるってマジで大変だな。相手の理解力に合わせて説明しなきゃならないから地味に頭を使う。教師の大変さが身に染みるね。
「丹波、ここは『having』でいいのか?」
「違う。そのまま『have』だ」
「何でだよ。進行形は『ing』にするんじゃないのか」
「『have』は状態…」
どうする。ここで状態動詞と言ったら「状態動詞って何だよ」と訊かれるのは必至だ。ぶっちゃけ俺も英語にそこまで精通してないから細かい説明を求められると正直困る。それに、一教科の勉強にあまり時間を使いたくない。
「状態…何だ」
「ああ、その事は忘れてくれ。とにかく『have』は基本的に進行形にならないと覚えてくれればいい」
「お、おう…」
はぁ…こんな面倒なことするくらいなら頼みなんて受けるんじゃなかった。まあ、自分がどれだけ理解しているかを確かめるにはちょうどいいけど。
でも、どうせ勉強するならやっぱ四宮さんとがいいかな。辞書好きな性格はだいぶ変わってるけど、それも一つの個性だと思う。クラスが違うのが残念でならない。
「丹波、この部分…」
「あ?」
「な、なんでキレてんだよ。お前情緒不安定か」
俺としたことが思考の邪魔をされてついキレ気味になってしまった。安心しろ、お前に恨みはない。
ホームルームの時間が近づき俺は自分の席に戻った。生徒が次々と登校してきたが怖いぐらいに静かだ。教師からすれば授業しやすくなるからいいことではあるが、静か過ぎて逆に違和感を覚えるかもしれん。
結局、俺は今日一日土居の勉強を見る羽目になった。次からは頼みを上手く断る練習をしておくか。