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第十三話 テスト勉強

 新学期が始まり早一ヶ月。暖かさが増して夏が近づいているなと肌で感じる。

 結局、今年のゴールデンウィークも怠惰に過ごしてしまった。なんだかんだで家にいるのが一番落ち着く。

 久しぶりの学校で正直体が怠い。教室に入ると五月病を発症したと思われる生徒が数人いた。例の噂から一週間以上経ち、俺に視線を向ける生徒はめっきりいなくなった。それは良かったのだが今月は中間テストが控えている。一年の時はずっと十位台だったので今年こそはトップ10入りを果たしたい。底辺カーストにいる俺にはテストしか取り柄がないのだ。

 テストまであと十日、今日から本格的に勉強しておかなければ上位陣には勝てない。

 すべての授業が終わり、図書室に入ると四宮さん、渡辺さん、野江さんの三人が同じ机で勉強していた。俺以外に男子はいない…ハーレムか。


「丹波さん、今日も明音と雑談しに来たんですか?」

「いつも雑談してるわけじゃない。今日はテスト勉強だ。そっちは?」

「あたしもテスト勉強です。今、明音に数学教えてもらってます」


 野江さんのノートには大量の数式が書き込まれている。なんか暗号みたいだな。


「この方程式はx=1を解に持つから、因数定理を使って二次方程式にして後は解の公式を使えば終わり」

「明音、ちょっとストップ。早い! いきなり因数定理って言われても分かんないから」

「習ってないん?」

「覚えてない」


 四宮さんは「えー?」と言って首を傾げた。頭良い人ほど専門用語をさらっと言っちゃうんだよな。数学が苦手な人にとっては未知の言葉なのだろう。それよりどこに座ろうか。渡辺さんが隣の席を指さしている…ここは素直に従おう。

 席に座ると香水の匂いが俺の鼻孔を刺激する。良い匂い…って言ってる場合ではなかった。勉強しないと。

 家だとパソコンやスマホがあるからどうしてもネットサーフィンしてしまう。勉強する場所としては図書室が一番最適だ。

 自主勉を始めてから三十分ほど経ち、俺は手を一旦休める。ふと横を見ると渡辺さんが両手で口を覆って大きな欠伸(あくび)をした。この人ノートも教科書も出してないけど何しに来たんだ。

 

「渡辺さん、勉強しないのか?」

「学校のテストはほとんど暗記だからね。自分で言うのもなんだけど私、記憶力には自信があるの」


 余裕綽綽だな。さすが学年一位。

 俺がノートを見返していると渡辺さんは手を組んで大きく背伸びした。彼女の大きな胸がより目立つ。…いかん。煩悩が俺の思考を邪魔している。


「丹波君、どないしたん? 顔強張ってんで」

「そうか?」

「もしかしてハーレムだから緊張してるんですか?」

「あ、ホントね。全然気付かなかった」

 

 まあ多少は緊張しているが、四宮さんのデートほどではない。あの時は平常心を保つだけでも大変だった。


「明音ー、テスト終わったら何する?」

「まだテスト始まってへんで」

「終わったらだよ」


 だんだん勉強から雑談へとシフトチェンジしている。まだ図書室に来てから一時間も経ってないぞ。野江さんは引き続き四宮さんに数学の勉強を教えてもらっているがだんだん顔が険しくなっていく。そしてガクッと項垂うなだれて言った。

 

「もう分かんない! 数学習ったって何の役に立つの? 公式なんか日常生活で使わないじゃん」

「そんな愚痴言いなや。勉強せな赤点取ってまうで」

「でもさ、何の役に立つのか分かんないのに勉強してもむなしくない?」


 四宮さんはついに押し黙り横目で渡辺さんを見た。俺と野江さんもそれにつられる。

 渡辺さんは優しい表情で人差し指を唇に当て、視線を野江さんに向けて言う。


「えっとね、まず小学校で円周率を習うわよね。あれは宇宙衛星の軌道計算で利用されてる。とは言っても実用されているのは小数点以下十五桁らしいけど。

 あと素因数分解。合成数の素因数分解は桁数が増えれば増えるほど困難になる。それを利用したセキュリティー技術がRSA暗号。安全性を保つためには最低でも一〇二四ビット、だいたい三百桁は必要とされてる。でも、計算技術は日々進歩してるから、二〇四八ビットになったり、RSAより高速な楕円曲線暗号に移行する日もそう遠くはないかもね。ああ、そうそう。病院のCTスキャンやMRIは三角関数と微分積分を使ったフーリエ変換っていうのが原理になってるの。私の知識の範囲内ではこれが限界」


 図書室に沈黙が流れる。それだけ知ってればもう十分だよ。こんなの教師でも答えられないから。野枝さんは無言で目をぱちくりさせながら言った。

 

「渡辺さんって本当に高校生ですか?」

「ええ。私はどこにでもいる普通の女子高生よ」


 そんなわけがない。四宮さんはいやいやと手を横に振っている。

 

「野江さんどうだった? 数学って意外なところで使われてるでしょ?」

「はい。でも数学は克服できそうにありません。今すごく頭が痛いです」

「そ、そう…」

 

 まあそうなるのも無理はない。俺だって初耳のことばかりでほとんど頭に入ってこなかった。これだけの知識量があれば勉強しなくても高得点取れるんじゃないだろうか。実際、渡辺さんは未だに勉強を始める気配がない。

 俺は十分ほど休憩して再び勉強を再開した。数学の復習を終え、次の教科に入ろうとしたところで俺の肩に何かが乗った…渡辺さんの頭だ。耳を澄ませるとスー、スー、と無音に近い寝息が聞こえる。これマジで寝てるな。

 困った俺は野江さんと四宮さんにアイコンタクトでSOSを送ったが、二人とも黙ったまま何も言わない。どうやら俺一人で解決するしかないようだ。いや困った。

 とりあえず起こそう…どうやって? 無闇に触れるとセクハラと判断されかねない。


「渡辺さん、起きてくれ」


 無反応。もう一度名前を呼んだが結果は変わらず。仕方がないので俺は躊躇いながらも彼女の肩を軽く二回叩いた。すると、渡辺さんは「ん」と(なまめ)かしい声を出した。たった一文字でこの破壊力。チョロインな男子なら卒倒していたに違いない。

 もういっそのこと、渡辺さんが起きるまでこのままでいくか。顔がかなり近いが慣れてしまえばどうってことはない。

 結局、渡辺さんが起きたのは図書室の閉館時間の五分前、彼女は寝惚け眼を軽くこすり、俺をジーッと見ている。


「私、どれくらい寝てた?」

「…三十分ぐらい」

「結構寝てたのね」


 渡辺さんはそう言って立ち上がり、先に図書室を出た。謎の多い生徒だ。


「あれすごかったね。楕円曲線とかフーリエ変換とか、高校で習うの?」

「習わん。楕円曲線もフーリエ変換も高校数学の範囲外」


 野江さんは口を開けたまま呆然とした。まさに才色兼備。渡辺京香、彼女にはその言葉が似合う。

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