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晴れた空の中、遠い月に手を伸ばす  作者: ヴィルヘルミナ


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22/30

新しい家具

 ガブリエルと各階の空き部屋を見回って、結局は一緒に過ごした部屋を選んだ。もっと広い間取りやワンルーム、豪華な部屋もあったりして、ますますこのマンションの持ち主である竹矢の謎が深まる。


 東京湾岸の家具のショールームを見に行くことにして、ガブリエルの車に乗った。地下駐車場で初めて会った哲一(さといち)は画面で見たままの男性で、盛大にからかわれたのは言うまでもない。


 まずは十日ぶりになる自分の部屋へと向かう。車で待っていてもらうつもりが、ガブリエルが一緒に行くと言ってついてきた。


「すぐに用事はすむから、駐車場代もったいないかも」

 東京の時間貸し駐車場の代金はとても高い。車に乗る機会なんてなかったから、知らなかった。

「気にしなくていい」

 笑うガブリエルの手は、私の手を握っている。子供扱いのように感じても、その手の温かさが嬉しくて恥ずかしい。


 部屋の扉の前で、鍵を取り出した私をガブリエルが止めた。

「待て」

「どうしたの?」

「誰かが仕掛けをしている」

 ガブリエルが扉の二カ所を指さした。上と下、扉と壁を渡して黒い髪の毛が一本ずつ貼り付いている。言われなければ、きっと気が付かなかった。


「髪の毛?」

「ああ。扉が開けられたらわかるようにというものだ。髪の毛なら床に落ちていても気が付かない」

「えー、気持ち悪いー」

 一体誰がこんなことをと思って、ひらめいた。


「宗助かも。ちょうどこのくらいの髪の長さだし」

「どうする? 出た後に戻しておこうか?」

「別に知られても構わないから、そのままでいい」 

 毎晩、私が部屋に帰ったか確認していたのだろうか。いくら心配してくれているといっても、ここまでくると気持ち悪すぎ。電話もメールも着信拒否にしたのはやり過ぎかと思ったけど、正解だったかも。


 十日ぶりの部屋は、出た時そのままで一安心。いつでもガブリエルが上がってもいいように整理整頓しておく習慣がついていて良かった。ゴミの日だったのもラッキー。見られるとマズイのはクローゼットと洗濯機の中身だけ。


 どうせなら、お茶を飲んでもらおうと思っていたのに、宗助のことが気になって長居する気にはなれない。

「すぐに終わらせるから、少しだけ待ってて」

 ガブリエルの為に用意したクッションを勧めて座ってもらって、自分の部屋にガブリエルがいるという奇跡を味わう間もなく、慌ただしく動き回る。


 洗濯機に洗剤を放り込んで洗濯開始。集合ポストに入っていたチラシや請求書をざっとチェック。化粧品も服も、全部揃えてしまったので何も持ち出す必要はない。ガブリエルの写真集やカレンダーは、本人が目の前にいるから必要なし。


「お待たせー」

「あの機械は動かしたままでいいのか?」

 水が溜まって動き始めた洗濯機をガブリエルが指さす。タイマー機能なんて付いてない安物は騒がしい。何となくガブリエルの目が興味津々で輝いている気がしても絶対に中身を見られてはいけない。


「いいのいいの。一時間くらいで勝手に止まるから」

 最近の洗剤はすぐに干さなくても除菌機能がついている。今日の夜、部屋に帰ってから干せばいい。


 音を立てて振動する洗濯機の扉を開けてみたいという顔をしたガブリエルの腕を引き、私は部屋を後にした。


      ◆


 平日の昼前なのに混んでいる首都高速を車が走る。車に乗る機会が少なくても、ガブリエルの運転は滑らかで上手いと感じる。


 東京の湾岸地帯には様々なショッピングモールが乱立していて、都内で暮らしている私も行ったことのない場所もある。その一つが家具のショールーム。広いフロア内には、カジュアルから重厚な家具まで、あらゆる家具が並んでいた。


「家具は何色がいい? 黒?」

 ガブリエルの部屋に置いてあるのは黒い艶のある家具。一緒に過ごした部屋にあるのは白木の家具。家具は全部入れ替えと紗季香に指示されている。


「くららの好きな色で良い」

「私の部屋じゃないのよ。ガブリエルの部屋なんだから」

 ガブリエルの言葉が誘惑にしか聞こえなくて困る。


「ベッドの大きさは? ガブリエルの部屋にあるサイズ?」

 ガブリエルの部屋にある黒いベッドは、トールサイズのセミダブル。

「いや、私の部屋のベッドでは二人で眠れない。今使っているサイズがいいだろう」

 全力でよろめきそうになった。笑顔が眩しくて倒れそう。どうして二人で眠る前提になっているのか、疑問を呈してみたくても妄想が一瞬で脳内に広がる。


 あの日から、毎晩パジャマの上下を分けて一緒のベッドで眠っている。今朝で終わりと思っても、また機会があるのかもしれないと思うと胸が高鳴る。


「だ、だから……ね、ガブリエルの部屋であって、私の部屋じゃないのよ?」

 そう言いながらもダブルサイズかと頬が緩んでしまうのは仕方ないと思う。


「あの部屋は危険だ。戻らなくていい」

 ガブリエルが言う危険は、宗助のことだろうか。全然興味の無かった私へ執拗に絡むようになったのは、他の人に取られるとでも思っているからかもしれない。まるで遊んでいなかった玩具を他人が使うのを許さない子供のようで。もしも手に入れたら、飽きて捨てられてしまいそう。


「危険っていう程、危険でもないとは思うけど……」

 幼馴染に対して無茶なことはしないと思いたい。


「くららが一緒にいてくれると嬉しい。くららの好きな物を揃えて欲しい」

 繋いだ手が強く握られて頬が熱くなる。嬉しくて何も考えられない頭で、私は頷いた。


      ◆


 マンションの一部屋丸ごとの家具を揃えるというのは大変なことだった。フロアを歩き回って、ようやく気に入った家具をいくつか見つけただけ。


 家具の色は白系で揃えることだけを決め、ショールームを出て隣のショッピングモールへと歩く。空はまだ青い。


「家具の注文はしないのか?」

「まだまだ! 実際の部屋とのサイズ見てからよ」

 スマホで家具のサイズ表を撮影して、店頭の家具シミュレーターで組み合わせも試してみた。でも納得はしていない。


「焦って買っても失敗するだけよ」

 あれこれと候補をガブリエルに示すと、必ずといっていいくらいに一番高い物を選ぶ。私の知っている家具の値段じゃない。ガブリエルなら軽く買えるとわかっていても失敗はしたくない。


「リビングと寝室でしょ、あとの二部屋はどうする? 書斎とか?」

「そうだな……一部屋は演奏用にしようか?」

 何故か私へ問い掛ける口調に首を傾げてしまう。竹矢のマンションは全室防音。大音量で音楽を奏でても平気だろう。


「ヴァイオリン、弾くの?」

「ああ。また弾いてみたくなった。残りの一部屋はくららの部屋にしよう」

「ええっ! 待って、そ、その……ガブリエルの部屋がなくなっちゃう……」

 今日は不意打ちが多すぎて困る。何故か二人で暮らすこと前提で話が進んでいるような気がする。


「私の部屋は、演奏部屋兼用にすればいい」

「え、あ、そ、その……」

 ガブリエルと二人で暮らす。そんな夢のようなことと思っても、この十日間は疑似同棲のようなものだった。男女の関係がないだけで。


 妹のような存在と思われていても、隣にいたい。もっとガブリエルのことを知りたい気持ちが日々強くなっていく。


「で、でも、私の部屋は……」

 親戚のコネで年単位で借りていて、すぐには解約できないと説明すると、借りたままでいいとガブリエルが笑う。


「私が賃料を払おうか?」

「ま、待って、それはダメ。自分で支払います」

 のぼせすぎた頭で、そもそも付き合ってもいないことを思い出した。ズルい考えだと思うけど、正式に付き合うことになるまでは、帰る場所を確保しておきたい。


 妹のような存在ではなく、女性として見てもらうにはどうしたらいいんだろう。


「あ、あのね。付き合……」

 意を決してガブリエルに問い掛けた言葉を遮るように、男性が声を上げて駆け寄って来た。


「おーい! やっぱガブリエルか!」

 茶色のミリタリージャケットに黒のカットソー、こげ茶色のカーゴパンツという地味な服装。背は高くてガブリエルと同じくらい。


「ガブリエルの彼女? 初めまして。俺、紋三郎(もんざぶろう)。よろしくっ」

 その芸名を聞いてびっくりした。常に化粧ばっちりのビジュアル系モデルの素顔は写真とは全く違う真面目系の美形。


「は、初めまして……」

「あ、髪の色違うと思ってる? あれウィッグだから」

 あははと笑う顔は明るい好青年。いつも青や紫の髪色で、染めていると思っていた。


「最近、ガブリエルが飲み会にも全然出てこないからどーしたんだって、皆で言ってたんだけど、初めての彼女が出来たんなら仕方ないな」

 紋三郎がガブリエルの肩に肘を乗せて笑う。彼女じゃないと言い訳したくても、戸惑うような笑顔のガブリエルの手は握られたままでどう言っていいのかわからない。


「もしよかったら、事務所の皆と一緒に花見しない?」

「花見ですか?」

 ガブリエルを見上げると、迷うような笑顔が返ってきた。二人で顔を見合わせて苦笑する。


「はいっ! 決められないなら俺が決める! 二人とも花見に参加決定!」

 明るく笑う紋三郎に押し切られ、私たちは花見の会場へと向かうことになった。

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