4.朝は普遍のもの、JSは変な者
デート回ですよ!
デート回!!
「……んあ、朝?」
むくりと身体を起こす。
そういえばアラーム鳴ってたけど無視したな……。東に向かってついた窓から陽が射してて目が覚めちゃったけど。
休日あるあるってやつか。
「あさめし、食うか……」
寝起きとはいえしっかりした足取りでリビングへと向かう。
「アキちゃんおはよう!」
あ、もう来てたんだ。
「お、おはよう」
「えへへ、我慢できなかった」
そう言って両手を広げてアピールしてみせる笑顔が眩しすぎるいいろちゃん。浄化されるわ。
ってか、昨日と反応が違うくない??
天と地ほど、月とスッポン。とにかく違いすぎて戸惑いを覚える。
母さんが自分の服をぐいぐい引っ張ってしゃべるアピールをしている。
……あーなるほど。
服についてコメントしてやれと。
いいろちゃんの着ている服は肩が露出している紺色がメインで袖が黒いシャツだ。肩に引っ掛ける紐があってずり落ちる心配はないがかなり大胆と言わざるを得ないだろう。
中からは白い水玉模様の薄ピンクの別のシャツが覗いていて可愛らしさがある。
シックな中にキュートを内包しているというべきか。
下衣はシャツに隠れて見えづらいのだが、白いホットパンツで大人らしさを意識したのだろう。背伸びしている感じはあるが隠れているのが恥じらいを感じさせるがそこもまたいい……。
素晴らしい。
実に素晴らしい!
……おっとまずい、別世界にトリップしていた。
「……えっと、いいろちゃんの着てるその服、とても似合ってるよ。そのファッションに詰まったギャップが魅力的って言うのかな」
ちらりと母さんを見るとサムズアップで返された。どうしてもいいろちゃんと俺をくっつけたいらしい。確かに兄がダメダメだからって俺を小学生とくっつけるのは訳が違うだろう……。
視線をいいろちゃんに戻すと、姿勢をそのままキープして真っ赤になって固まっている。器用なこった。
「それで、朝ごはんはなにがあるの?」
俺が問いかけるとハッと我に戻りカウンターから料理を持ってくるいいろちゃん。わたわたとしている姿も愛らしいものだ。
ほっこり。
「うふふ、こういう雰囲気好きー」
母さんには少し黙っていただきたいものだ。少し睨みつけてやるとてへぺろと言わんばかりに舌を出して自分を軽く小突いてみせた。
殺意が催したが刑は帰ってからにしよう。いいろちゃんに感謝することだ。
「いいろちゃんは行きたいところとかはある?」
「ええと……動物なんか、見てみたいです」
ペットショップによって見るのもいいかもな。規模はかなり小さいが近くに一軒あるのを知っている。
「なら、動物園とかに行ってみようか」
「動物園ですかっ!」
運転免許はまだ取ってないけどバス代なら余裕だ。二人分とはいえいいろちゃんは小学生だから実質1.5倍の料金だし。
バイト代も貯めてるし、まあなんとかなるだろ。
「えへへ、アキちゃんと……」
おっと、いいろちゃんが別世界に旅立ってしまわれた。
「似てるわねぇ」
母さんがそんな馬鹿げたことをぼやく。
「……俺がいいろちゃんと?」
「そうよ」
はっはっは。
俺といいろちゃんが似てるなど、いいろちゃんを貶める発言はよしてもらいたい。
まあ悪い気はしないので訂正はしない。悪い気はしないので。
「いいろちゃんや、そろそろ戻ってきてくれ」
その手に持ったままの料理が冷めてしまう。
「……はっ。アキちゃんと動物園に行っている幻覚が見えてましたっ」
気が早くないか、それ。
苦笑いしつつ自分専用の箸を取り出す。
「シンプルに玉子焼きと大根おろしを添えた鯖の塩焼き、お味噌汁ですっ」
なにこの完璧な嫁。
朝からこれを準備できる小学生ってやばくないですか、皆さんもそう思いません?
……俺は誰に語りかけているんだ。
我に帰った俺は手を合わせて早口でいただきますと呟く。
母さんも作ってもらってて草不可避。
食事中なので口で笑うのはさすがにお行儀が良くないので心の中に止める。
さて、まずは魚の塩焼き。
箸で身をほぐし、骨を剥がそうとする。
秋刀魚なら上手く剥げるが鯖は少し苦手だ。だがここには小学生、それも女の子がいる。手を使ってしまうのはいただけない。
……面倒だ。
骨ごと食うか。
「あっ、骨があるのに……」
骨?
歯で圧縮すればヘーキヘーキ。
うん、いい塩加減だ。
一口大のご飯と一緒に食べるのにぴったりだね。
そのままでもこれまた別の味わいになるので鯖の塩焼きは本当にすこなんだ。
「骨……」
骨?
カルシウムだから大丈夫ダヨ。
「美味しい。……今まで食べた朝食で一番かもしれない」
思い起こされたのは今までの朝食。
食卓に料理が並んだこととか俺が小学生の低学年くらいの記憶だ。
なにが並んでたのかとか記憶にないぞ。一切ね!!
「今までの朝食で、一番……」
ほわぁ、と驚くような惚けたようなよくわからない顔。満更ではないと言うことはわかる。
「あなた、我が息子ながら中々の女子殺しね」
母さんが物騒なことを呟いている。
殺したどころかまともに遊んだこととかほぼないよ!?
強いて言うなら低学年の時にちょろっと、くらいか……?
あの頃は本当に良かった。
今はどうしてこんな哀しい男になったんだろうか……。
自分の固有結界にトリップしたいいろちゃんは置いておいて玉子焼きを一口で食べる。
……ふむ、しょっぱい。そして豊かな風味。詳細には分からないが出汁を使っているのか。よくもまあここまで手を混んだ真似を。
美味しいからいいんだけど。
お味噌汁の具財は豆腐とわかめ、細切りの揚げだけ。塩分は控えめでシンプル。味噌汁はもう少し塩辛いのが好みだが不味くはない。むしろ美味い。
「だし巻き卵もいい味だね。お味噌汁も控えめで優しい味だ」
うむ、やはり美味しい食事は人生の活力剤だな!
「ご馳走さま。ふぅ……」
いいろちゃんを見ると鯖の塩焼きを一切れ食べただけで他に全く手をつけてない。
それどころか真っ赤になって機能停止している。明確なデジャヴを感じる。
この子、固まり過ぎじゃなかろうか。
「いいろちゃん?大丈夫?」
反応せず、ね。
「遅くなっちゃうし、鯖の塩焼き半分もらうよ」
「……ひぇっ!? あっ!」
鯖の塩焼きを半分に折って自分の皿へと持っていく。
「○〒$*%^〜々〆^ 〜 ^」
最早、日本語になってなかった。
この子大丈夫だろうか。
「〒◇▽◎¥#♪」
訳の分からぬ音を立つつ朝食をカタカタと食べるいいろちゃん。
あ、目が合った。
……。
沈黙。
数秒後、いいろちゃんが水蒸気爆発のような音を立てて朝から崩れ落ちた。
……これ、無事に出かけることができるのだろうか。
「アキ、あんた将来ジゴロになれるわね」
「は?」
全国平均以下の人間に何言ってんだコイツ。というかジゴロってなんぞ?
ままええわ、ぶっ倒れたいいろちゃんはひとまず自分の部屋に連れて行ってベッドに寝かせる。
母さんが質のいいベッドに寝かせたほうがいいだろうと指示を出したので俺の決定じゃない。男のベッドなんかよりも女性である母さんのベッドの方がいいと思ったんだけどな。
まあ細かいことはどうでもいい。いいろちゃんの体調が悪いとかじゃなければいいんけどなあ。
「アキに任せるわ。私は水分補給のできる飲み物買ってくるから、いいろちゃんのことしっかりと見ててね」
「お、おう。言われなくても分かってるよ」
万が一にも俺の部屋だし間違いがあってもいけない。
危険物は多い、つまりはそういうことだ。
さて、いいろちゃんの回復を祈るとしよう。
お家デート(?)はまだまだ続きます。