10.俺とJSと勉強
「なあ、最近急に付き合いが悪くなったよな」
友人が目の前でそう言った。
「……まあ、放って置いたらやばい不発弾拾ったからな」
「いや、なんだよその例えは」
「ちなみに二つもあって片方は自動追尾機能があるし、もう片方は核並の破壊力だ」
「なんだその例え。怖いな、おい」
間違ってはないはず。
いいろちゃんは俺へキュン死にさせてくる生物兵器と言っても過言ではないし、鳴流は気がつけばやってくる自動追尾ミサイルだ。
「そんなことより、ゲーセンくる?」
「……スマンがその頼みは聞けそうにないな」
「本当に付き合い悪くなったな、お前。そんなに不発弾が怖いのか」
「まあな」
女性というものはいつ爆発するかわからんし、爆発すると何をしでかすかわからん。
ある意味不発弾よりも厄介だ。ただ、それをあまりある魅力も兼ね備えているのだが。特にいいろちゃん。
「おぅい、どうした。そんな遠い目をして」
「何でもねぇわ」
「いや、どう見ても何かあるだろ」
友人はジト目でまあいいや、と続ける。あ、ため息までつかれた。
「そう言えばお前ってアイドル詳しいっけ?」
「んいや、全く興味ねえわ」
「そうか」
鳴流について聞いてみたかったが無理そうだな。というかアイツの芸名ってなんなんだ?
「アイドル関連で何かあったのか?」
「いや、なんか気になることがあってだな。ちょっとしたことだけどな」
鳴流について知っているとは限らないがワンチャンあるかなと思ってた。そもそもノーチャンだったけどな。
「マジで何があった?」
本名でググッても出るか怪しいところだが、本人も特にアイドルのことは言わないから調べるのも悪い気がするな……。
無意識で取り出されたスマホには良空鳴流と入力されている。安易にググろうとしていたキーワードを全部消す。
さりげなく聞けるなら本人から聞いてみるか。
「んいや、何でもないぞ」
いや何かあっても言わないよ?
ってか言ったら茶化してくるパターンだよな。これは絶対にさ。
「ほーう、あくまでしらを切るつもりと」
「そうなる」
「自分で認めるのか……」
そうだよ。
だって我ながらあからさまだし、隠し事を隠していてもしょうがないってのは分かるからな。
だから隠し事があることは認める。
「それで?」
「アホか、教えねえよ」
中身を容易に伝えるわけないダルォ!?
「……それで、パワポ資料は大丈夫なんか?」
「あっ」
友人が思い出したように声を漏らす。
「どうしたよ?」
「確認してもらおうと思ってたのに、……忘れた」
「明日が締切だよな。というか本番」
……。
「えっ」
黙り込んだのでとりあえず声を出してみる。
「えっ」
友人が同じお言葉を返してくれる。
「「……」」
このあと、めちゃくちゃパワポ資料の中身について相談した。
・
今日はなんだか授業の切り上がりが早かったのでいつもより早めに家に帰れている。腕時計を見ると針は4:30頃を示している。
この腕時計なんだが、スマホ時計の方が使いやすいが電池切れが怖いのでこの前百均で買ったのだ。
いつ壊れるかが一番の見もの程度に考えている。むしろそっちの方がきになっていたりする。
「ただいまーっと」
母さんはまだいないっと。
あー、溜まってるレポートを書いてしまわんといかんな。
溜まってるとは言うが絶対に期日通りにやらなくてはならないものはしっかりと済ませている。期日通りじゃなくてもOKな時ってやる気なくなるじゃない?
なのでこうやって夜の寝る前とか今みたいな空いた時間とかにちょいちょいと進めている。
「なんだこれ……」
ふと目に映ってしまった課題の難解さに眉をひそめさせる。
……出された以上やるしかないのが学生のサガなのでグチグチしていても埒が明かないのは分かっているのだが言いたくなるというもの。
ひとまず飛ばして次の課題を見る。
文章作成、というか感想みたいなものか。
カリカリと筆を進める。
「……ふぅ」
少し集中しすぎていたかもしれない。
目の前の紙のレポートは終わっていた。あとはパソコンで書く奴かぁ。
「ってうぉお!? いつの間にかいいろちゃんが居るっ!?」
「ふにゃわぅっ!?」
顔を上げると俺の顔を真剣に見つめているいいろちゃんの姿が。気が付かなかったので俺が驚くといいろちゃんがつられて驚く。
いいろちゃんの意味不明な悲鳴は正直可愛いと思った。
「お、驚かさないでくれよ」
「そ、それはいいろのセリフだよぉっ!」
涙目で講義してくるいいろちゃん。
なんだか背徳感があってグッとくる。
こんな所を見られていたら一発でお縄ものレベルだ。
「……あー、なんだ。こんにちはってか?」
微妙な間が流れたのでとりあえずお昼の挨拶をしておく。
「……こ、こんにちはっ、アキちゃんっ」
少し間が空いていいろちゃんも返してくる。気まずいという訳でもないが微妙な空気が流れる沈黙。
ここは俺が気に抜けねばなるまいて。
「そう言えば、いいろちゃんは学校の勉強についていけてる?」
「……うっ、それは、なんと言いますか」
目がかなり泳いでいるご様子。
隠し事は苦手そうなので今後苦労するだろう。
「勉強なら俺が見てやれるぞ。何だって俺は現役大学生だし、小学生のカリキュラムなんて余裕のよっちゃんだ」
「……!!」
なんだかいいろちゃんの目の輝きが増したような気がした。
さっきまでほのかにキラキラだったのが、かなりギラギラと光っていると言うべきだろうか。
とりえあえず嫌ではないということか。
「……ふむ、それじゃ分からない所とか教えてみて?」
「そ、それじゃ……、遠慮なくっ!」
……勉強熱心ならいいことだ。美人で頭がいいとなればモテるだろうからな。チヤホヤされてえよなー、俺もなー。
……美少女になりたい。
ハッ、いかん、意識がどこか遠いところにトリップしていた。
「……アキちゃん?」
小首を傾げる天使ィ……!
「……おほん、改めて教えてくれるか?」
昔の自分では想像しえなかったシチュエーションに思考が暴走する。
深呼吸だ深呼吸。
落ち着け俺。
「ええと、こことここなんだけど……」
教科は理科それも四年生のものだ、いいろちゃんのか細い指が指し示すものを確認する。ふむ、なるほど。
指は陶磁器のように白くて美しい……、じゃなくてだな。
「これはだな……」
説明をしてみる。
口下手なので上手くまとまらないがいつもの事だ。無理やりまとめる。
いいろちゃんは首をかしげながらも理論の概要はなんとなく理解できた様子。
考える際に唇を尖らせたり眉をひそめたり、右手の人差し指と左手の薬指を突っつき合わせる謎行為をして見せたり。
なんだこの生き物。可愛過ぎる、こっちが集中出来んわ……。
「……すまん、一旦休憩だ。30分も経ったしな」
「へ? まだ30分しか経ってないよ?」
「休憩はこまめにとると集中力が高まっていいんだぞーっ! 再開は10分後だ!」
「……ほぇえ?」
俺は勢いでまくし立てて逃げ出した。
ちょっとコンビニ行ってくる。
というわけで小走りでコンビニに駆け込む。
いやいや、まずいよね。あんな天使と二人きりで家庭教師になるとかどんな夢のシチュエーションだよコレェ!?
マジでマジでこれ押し倒しちゃっても……、いや流石にまずいだろ。
落ち着け、落ち着け冷却だ冷却。
「アイスコーヒーください」
「100円になります〜」
このままだと俺の煩悩が理性を支配し尽くしてしまうのも時間の問題すぎてヤバいまである。
自分で提案しておいて自分で断るとかどんな最低男だよォ! 流石にいいろちゃんの恋愛の練習だとしてもまずいだろうがぁ!
イエスロリータ、ノータッチ。
紳士たるもの、この精神、戒めは絶対に忘れてはならない。
コーヒーを飲み終えふと腕時計を見る。
「あっ」
それが指し示す時刻は、俺が伝えた時刻を5分過ぎていた。
あかん。