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狂の終わりに愛を擦りつける

作者: 蕃 茄子


踏み潰された内臓が飛び散る光景を私は見られない。

血管から迸る血液を美しいと口にすることは場違いだ。

切断された乳房を愛でる貴方をこの目で見ることは許されない。


綺麗だよ、すごく、たまんない


微かに聞こえるノイズがかかった肉声を未だに愛おしいと想う。

だけど、求めているのは私のなにー?


私が貴方に求めているのは結局愛とかいう陳腐なもので、陳腐ゆえにこの命よりも大事にしたいものだった。


まさか、そんな、そんな愛が、あなたに捧げられるなんて、貴方に授けるなんて、自分でも驚いているんだから。


痛い、いだい、いだいいだい、痛い、よ…痛いのにすごく極上を貴方に味わって貰いたくて、それで我慢して、とっても幸せだよ。嬉しいのは自己満足でもいい。


口角を上げて微笑みを作る、作れてると思う。今の私に口という正確なものがあるかどうかは彼に聞かないと。そうだ、聞ける喉がないのはだいぶ前に知ったんだった。


吐息が漏れた、倦怠な吐息、その息遣いで私は狂ってしまったのだろう。

この日のために彼は何回吐息を吐いて、私の身体を傀儡としたのか。

…今、彼が笑った。使える五感は耳だけで、うるさい機械音の中にある生身の貴方の声はたまらなく唆られる。

想像だけでも感じられる私は幸運な体質、離れていても大丈夫だよね。


甘い、すごく甘いよ、甘すぎるくらいに甘い


ほそほそとひとり言。会話とするものがはなから用意された台本でしかなくて、エピローグまで終わってしまったらそれは全く意味を持たない。

どのみちその後の会話手段なんて、私の脳内を開いて直接電気コードを繋げるか科学技術の産物に助言を貰うか以外で方法はないんだ。


持っていた声は醜くて嫌いだった。それでも貴方は懐かしくて落ち着く。だから好きと言ってくれた。

あれも台本通りで上出来なワンシーン。動画でも撮っとけば土産くらいにはなったかな。


とんだペテン師。腐った性根。



貴方はずるいわ。




私を必ず虜にする。必ず引き寄せる。簡単な獲物でごめんなさい。

それでも愛は詰まってた。胸の奥のガラス瓶に割れないように包装紙で包んで大切に。



まだ生きられる?重たいなぁ、よく潰れなかったね、心臓。

痛いよね?痛くないかな?可愛い…ねぇ、僕をまだ愛せる?





出会ってから道がないことを悟っていた。

もう逃れられない、出会ってしまったなら彼を愛することから逃れられない。


それが苦痛とも最悪だとも思わなかった。逆にこんなに最高なことがあるのかと興奮した。

大概は紙切れの永遠の愛に価値を見出せるのだから。

だって、私にとっての永遠であればいいもの。彼にとっての永遠は未完成の私には支えられないから。


求めてないでしょう、彼は私に何も求めてないの?





大好き、大好きだから、もうなんでもいいのよ。




邪念は邪念。









嘘、求められてなきゃ貴方に私をあげたくない。

聞きたいのに、言いたいのに、見たいのに、全部手遅れ。

こんな感情的な耳も、過去を思い出させる脳味噌も早く潰せばいいのに。



愛せなかったらとうに貴方という狂った元凶を私は殺しているわ。





愛してるとか、好きとか、言い表せない感情が他にあるのに勘づいていたけれど、気にも留めなかったから。


堕落に足を突っ込んでいたみたいで、私は悪くないと正当化して、漬物にでもなって、閉塞感に囚われて、とっくに見つからない無くした指輪を探して、家の鍵を閉めた頃、ここが燃えて無くなればいいのにと瞼を閉じた。



目の前にいた貴方なら心からの愛を受け入れてくれると思った。

虚偽が充満する部屋で深く密に交わった、出会って数日目だった。

目眩を起こした瞬間に視界に入ったそれは私が無くした指輪と同じものだった。





美味しい、ほんとうにこんなの、初めてで…さいこう。いいよ、大好き、楽しませてくれる人はずっと愛せるから。まだ、まだ愛せるよね?僕のこと。







そうだ、彼と同じようにあの人も酷く寂しがり屋だった。それに文面じゃないと人の愛も素直に受け取れない人だった。あぁ、思い出す、あの人も確かに狂ってた。

私はどうも壊れた世界に焦がれてしまうらしい。




陳腐な愛を探し求めて、陳腐な恋を熟させて






感覚ってなんだっけ、痛みってなんだっけ、生きている自身がなくなって、夢?なんて。

音だけが、音だけが私の状況を教えてくれる。

どことなく軽くなった体は気のせいじゃない、違和感も本物で戻れない、私はもうどこにも戻れない、そう思うと後悔もないのに涙が溢れてきた。


これでよかった。彼が提唱した愛の形。こうすることが私の救済。サインした文書に書かれていた愛に関する特約。

彼との愛が共存ではなく捕食好意だとしても。



よかったの、私にはどのみちなにもないから。貴方がいればよかったのよ。

折角着飾った姿も原形がないね、こうなっても私は綺麗で美しいらしい。





あれ、ねぇ、どうしたの、さっきまで全然、そんな、まだまだ愛せるって思ったのに

愛してくれないの…もう愛はいらない?








最期まで欲しいよ、この耳から音が消えるまでは愛していて。永遠が叶わなくなるのは寂しいから。

でも重たい胸のガラス瓶、そろそろ割ってもいいかなぁ。

文書で伝えるしか届かないもんね、溜め続けても内で溢れて私が窒息してしまうもの。





たくさんの愛をもっていたら器が足りない。愛も好きもあと…




そっか母性、それが相応しいかな。




何重にも貴方に向けたそれらが貴方の部屋の一部にならないようににおいを消して

耳が痛い、耳たぶの生暖かさから、貴方の吐息を感じて。




…貴方は何を言ってるの?もう本当に狂ってる。






もういくんだね、ちゃんとまだ愛してあげるから

僕の可愛いおかあさん



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