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適当に楽な生活

 占いの本番というんだろうか、「それ」を行う部屋に入った。中は間接照明だけが点けられていて雰囲気はあった。だからなんなんだ、とも思うんだが。

 オレとお姉さんは丸いテーブルを挟み向かい合って席に着いた。お姉さんは曰くありげな水晶をどこからともなく取り出すと、テーブルに置いた。

「改めまして、本日はこちらの店、運命館にご来店いただきありがとうございます。というわけで、本日のご用件というものをお伺いしたいのですが。はい。なんでもよろしいのですよ。恋の悩みから職業相談、嫁姑関係、健康、事業の立ち上げ、あ。ちょっと話が逸れましたね。ま、とにかく、なんでもいいのです。あなたのご用件を伺ってもよろしいですか」

 つらつらと並べ立てられた内容はどれも今のオレとは少し離れた位置にあるもので、とはいえなんの脈絡もなく並べられたそれらの条件から考えれば、オレの考えていることぐらいは見通してくれそうでもあった。

「いや、大したことじゃあないんですけどね」

 オレはそう言いながらも、どうやって頼んだものかと思案した。どこから話したものか。というか、オレと顔を合わせた時点でなんとなく察されているような気もするんだが。それはそれとして、口に出して頼むというのは気が引けた。

 そう、オレはただぼんやりとこう考えているだけなんだ。


 もしも、普通の体で生まれてこられたら。どんな人生を歩めたのだろうか、なんて。

 占いとは実質ただの人生相談なのだと思いはしても、こんな内容の相談を初対面の人間にするのはどうなんだろうか。やめておこうか、もうちょっと、無難な内容にしておこうか。

「うふふ。あなたはシャイなんですね」

 ずっと黙っていたからか、お姉さんがそんなふうに場を保たせてきた。

「あっ。いや、そういうわけでもないんですけどね。お姉さんがキレーなもんで、つい緊張してしまうのかな」

「あらあら。お上手ですねー」

 しまった。意味の分からない軽口を叩いてしまった。もういいや、適当に劇団の今後でも視てもらおう。

 そう思ったとき、彼女は口を開いた。

「人生に迷いがあるんですね」

 ずばりと言われた。オレはちょっと面食らった。いや、こんな文句、誰にでも当てはまりはする。分かってはいるが、それでも心が揺らいだ。

「まあ、そうですね」

「でしたら、この水晶を使いましょう。この水晶を、じっと見ていてください」

「はあ」

 オレは乗せられ、言われたとおり水晶を見た。うん。ただのガラス玉にしか見えない。

「そうそう、じっと見つめていて下さいねー」

 間延びした、緊張感のないお姉さんの指示を聞く。うーん。見つめたからってなんだというんだ。

 と、思っていた。


 視界が歪む。なんだ、今頃になってアルコールが回ってきたのか? と目をこすろうとするも、腕が動かない。なにかがおかしい。お姉さんを見ると、相変わらずニコニコとしている。

 ちょっとめまいがするので、とりあえず外の空気を、と言おうとするも唇がしびれて動かせない。オレの向かい側にいるお姉さんは、表情をまったく崩さない。明らかに、なにかがおかしい。

 頭が重い。この感覚は眠気に近い。徹夜明けで、少しでも気を抜くと倒れ込んでしまいそうなあれだ。

 オレは、まずいと思いながら机に突っ伏した。頭が重い、目が開けられない。まぶたが重い。

 意識が闇に飲まれていく。かすかに残った聴覚が、確かに声を聞いた。

「おやすみなさい」

 店員のお姉さんの声だった。その声は優しかったが、どこか人を食い物にするような寒々しいところがあった。

 そこで意識は切れた。



――――


 目を覚ますと、オレは自室にいた。カーテンの隙間から日の光が射し込んでくる。窓の外はもう明るいようだ。

 ベッドから上体だけ起きると、腕をぐぐいと前方に伸ばす。

 あれ、昨日の夜、なにがあったんだっけ。オレははた、と気がついた。昨日の夜、なにをしていたのか記憶が無い。

 そんな馬鹿な、と手を頭にやって考えようとして、違和感に気がついた。

 手が、大きい。

 手だけじゃない。腕も、ベッドに寝ているままの脚も、普通の成人男性と変わらないぐらいの。

 

 そこまで考えてから。オレは首をかしげた。なにを考えているんだ? そんなのは当たり前じゃないか。身長も学力も運動神経も全て平均で過ごしてきた、それがオレだ。

 オレは首をかしげたままでいると、「あ」と声を出した。まずい。目覚まし時計に目をやると、もう一限目の開始時刻が迫っていた。

 オレは身支度もそこそこに家を飛び出した。自転車を出来るだけ速く漕いで大学に着いた、と思ったら、正門に着いてから目を疑った。

 ここ、オレの通ってる大学じゃない。五百メートル離れたところにある、国立大だ。

 オレは自転車にまたがり直し、改めてオレの大学へと向かった。くそ、なんて間が抜けているんだろう。と自分を罵りながら。

(なにをやっているんだ? オレは、「オレ」は、こっちの大学に通ってるだろうが)

 どこかから、オレに呼びかけてくる声がして慌てて自転車を止めた。一旦、自転車のスタンドを立てて声の主を探す。だが、通行人の中に見知った顔はない。

 オレは聞き間違いだと判断し、自転車のスタンドを上げ、大学への道を急いだ。


 当然、一限目には間に合わなかった。昼休み、いつもつるんでいる連中と食堂で話していると、今朝の話が出てさんざんに笑われてしまった。

「お前さあ、いくら近いからって、フツー「あの大学」と間違えないだろ。道が違うし、見た目も全然似てねえし、なにより偏差値が違う! 教授、遅刻の理由聞いて苦笑いしてたじゃねえか」

「分かってるよ。今日は相当に寝ぼけてたんだよ」

 オレが言い訳すると、また笑われた。くっそ、なんでこんなことに。昨日そんなに夜更かししたっけ? あー、だめだ。思い出せねえ。たぶん酔いつぶれたんだろう。馬鹿だな、オレ。

 こうやって周りから笑われていると、なんだか冷静になった。そうだよ、ただ近くにあるってだけで全然違う大学だ。

 なんでオレ、間違えたんだろうな。ほんと、自分で自分がわかんねえや。

 

 オレは今日入れていた授業がすべて片付いたあと、バイトに向かった。裏口からバイト先のコンビニに入り、すれ違った先輩に挨拶した。

「ちわーす。お疲れさーす」

「おう」

 オレはロッカー前で着替え、レジに出た。

 来店する客にマニュアル通りの対応をし、品出しをして、ときには掃除をする。決まり切った仕事だ。

 そうだ。このバイトのことだけじゃない。オレはいつだってなんの変わったこともなく生きてきた。

 最低限の努力をしてとりあえず平均的な成績を修めて、最低限の受験勉強だけで行ける大学を選び、とくに専門的なスキルを要求されないバイトを選んだ。サークルだって、とくになんの活動もしてないテニサーだ。女の子と出会えたらそれでよかった。今のところ狙ってる子ともそこそこ親しくなれてるし、とくに不満はない。

 

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