表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

押しの強い女

「それじゃあ、千秋楽も無事に終わりましたってことで。乾杯!!」

 薄い間仕切り板で区切られた居酒屋の一室で、ささやかな打ち上げの会が始まった。店内に冷房は入っていないが、気温自体はぼんやりと高い。そんな微妙な時期のため、室内は必然的に薄着の連中が集まっていた。

 乾杯、とかかげたグラスを他の連中と合わせようと腕を伸ばす。が、どうもオレの腕が短いせいか、グラスは空を切るばかりだ。そのうち、向こうが立ち上がってこっちに寄ってきてくれた。

「おっと、悪いな」

 照れ混じりにビールのなみなみ注がれたグラスをカチンと触れあわせた。何人かがいっぺんに来たため、振り向いたり正面を向いたり、ちょっとだけ忙しない。

 そうして乾杯していると、後輩の一人が耳打ちしてきた。

「いやあ、今回の舞台の成功は部長のおかげですからね。次回作も監督と脚本は任せますよ!」

「オレのおかげってこともないさ。みんなの助力あってのものだ。お前の広告企画力にもずいぶんと助けられたぜ?」

 そうやって褒めてやると、後輩は素直に「いやあ~~」と得意げにグラスをあおった。そんなやり取りをしているオレの真後ろから、甲高い声が投げかけられてきた。

「セン、パーイ! 椅子です!」

 椅子の背もたれに腕をかけながら振り向くと、オレの体躯にちょうど良い、子供用の椅子がこちらに差し出されていた。

 オレは今座っている椅子から飛び降りると、椅子を持ってきたミサキににっこりと笑ってみせる。

「おう、気が利くやつだな」

「はあ~い! 私は気が利きますからね! もっと褒めてくれてもいいんですよ?」

 オレが笑顔で「んん?」と威圧すると、ミサキはしょげながら後退した。可愛い後輩ではあるが、あまり調子に乗られては困る。

 ミサキはオレのたしなめを振り払うかのように首をぶんぶんと振る。おい、今度はなんの要求だ。

「今回の舞台の成功、やはりセンパイのご威光がとどろくようお祓いしてもらったおかげでしょうかね!?」

「おい、オレの仕事をオカルトと結びつけるなよ」

「そんなあ、一丁目の母、って聞いたことありません? 最近有名なスピリチュアルなパワーを持ってるとウワサの人でして」

 オレは子供用の椅子を肩にひっかけて持ち上げ、無言でオレの席へと持っていった。もはや返事をする気にもならない。


 背後でミサキがピーピー言っているのを無視しつつ、テーブルで行われている会話に混ざってみた。

「っと、で、お前ら、さっきからなんの話だよ」

「いやあ、部長の話で持ちきりですよ。今回の舞台だけじゃなく、漫画のドージンシのほうも順調なんでしょ? 聞きましたよ、サークルスペースまで名刺持ってきたんですよね。出版社の編集者が!」

 誰だ。その話を漏らしたのは? いちおう振り返ると、ミサキが「てへぺろ」と言っている。よし、今度からあの女には軽率に成功体験を明かさないようにしよう。

「あー、まあな。つーても、オレはあんま興味ないわ」

 冷めた返事をすると、後輩が「なんですか?」と無邪気に聞いてくるので答えてやる。

「来たのは編集者の使いっ走りのバイトだし、今どきサークルに直接名刺渡すとか、あやしいわな。いや、もらった分については出所は確かだったんだが。それに、商業とドージン掛け持ちできる程筆も早くないしな、オレ」

 そう言ってからグラスに口をつけた。薄い味のラガーだ。オレはこのぐらいのほうが呑みやすくていい。

 ミサキはいつの間にかオレがもともと座っていた椅子に座り、オレの隣を陣取っていた。まあ、いいだろう。

 打ち上げの時間は、おおむね楽しく過ぎていく。


 ラストオーダーの時間もだいぶ過ぎ、周りを見回すとだいぶできあがっていた。

「おい、お前らは二次会に行くんじゃないのかよ。その調子じゃあすぐ潰れるぞ」

 オレがつぶやくと、机に突っ伏していた後輩がぼんやりと言う。

「だってえ、ぶちょおは一次会で帰るって聞いてたんで、だったらオレも帰ろっかなって。そしたらなんか、みんなここでお開きにするっぽくなってた、みたいな??」

「合わせてくれんでもよかったんだが」

「セーンパイにぃ、人望があるってコトですよ。ね!」

 ミサキがオレに抱きついてくる。胸の質量で窒息しそうだ。やめろ、おい。そんな薄着でもたれかかってくるんじゃない。恥じらいがないのかお前は。

 オレはミサキを雑に振り払って、椅子を降りる。そこで一旦靴を脱いでから、行儀は悪いが椅子の上に立った。こうでもしないとみんなから見えないからな。

「えー、それでは宴もたけなわですが、今日はこれにてお開きとさせていただきます、と。おーい、起きろ。一丁締めいくぞー。そーれ、お手を拝借」

 よろよろと体を起こした演劇サークル員達が、一斉に手を打つ。これにて会はお開きだ。


「お疲れっしたー」

「おお、気をつけて帰れよ」

 部員たちがバス停や駅に向かって歩き出すのを、ひらりひらりと手のひらだけ振って見送る。そうしていると、ミサキがじりじりとオレに距離を詰めてきた。

「セェーンパイ。わったしい、ちょっと疲れた? っていうか、ほら、あちらのほうにまばゆく光る原色のネオンがあるじゃないですか。ちょっと休憩していきませんか? ってセンパイ! 無視しないで下さいよ!」

 ミサキがラブホ街の方角を指差してそんな提案をしてくるもんで、オレは無視した。後輩の一人を見つけて、早足でそいつの隣に追いついて並ぶ。

「わり、今走れるか」

 オレが小声で言うと、後輩は小さくうなずく。オレたちは走った。オレだけ足の回転数がめっちゃ速い。そうしないと、歩幅の問題でスピードが出ないからだ。

 ミサキの不満げな声が遠くなってきたところで、走るのをやめて歩きに戻す。後輩もタイミングを合わせ、歩きに戻った。

「部長、ミサキのやつはいいんすか?」

 後輩が至極当然のツッコミをしてくるので、オレは粗雑に答える。

「あいつの性癖には付き合いきれんよ」

「ああ」

 後輩はその一言で察した。

 オレは別にミサキが嫌いではない。むしろ好きだ。だけど、問題がある。

 ミサキのやつ、なにを隠そう重度のショタコンだ。小さい男の子を見ると道ばたであってもハアハア言い出す。正直言って傍で見ているとはらはらする。

 オレにやたらめったら懐いてくるのも、たぶん見た目が小さいからだろう。なんてたって身長一三十二センチメートルだ。見た目だけなら小学校の男児に見えなくもない。

 別に、中身を愛して欲しい、とか。そこまでロマンチストのつもりはないが。どうも怖かった。あの女の好意に応えるのは。

 そう、いろんな意味で怖いんだ。あいつの好意を見ていると。

 自分は容姿だけがなんとなくあの女の嗜好にマッチしているだけだ。自分はあの好意に応える資格があるのだろうか、だとか。余計なことを考えてしまうから。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ