2話 過労で死なない社蓄の鑑
説明回。おもにサポート課に関するものです。
異世界召喚学校に関する詳しい説明はまた後になるかと
異世界召喚学校は、最初の「元勇者」である男──藤堂 黎人の力によって、異世界召喚の確率をねじ曲げた地点である。
つまり、校内に魔力を充填させ、異世界召喚魔法が行われやすくした場所なのである。
異世界召喚学校内での異世界召喚の回数が上がれば、逆にその他の地点で異世界召喚が発生する確率はぐっと下がる。
現在日本には三校の異世界召喚学校があり、異世界召喚の95%をその敷地内で限定させることに成功している。
そして、次に必要となったのが、召喚された日本人の安全確保だった。
異世界召喚された日本人を確実に生還させなければ、この学校制度は成立しない。
その上、学力を考えれば最低二年、出来れば一年で日本に帰ってくることが要求された。
そのために設立されたのが、「サポート課」である。
サポート課のメインの仕事は、召喚された生徒を無事帰還させることである。
設立当初は、こっそりついていって影から見守ったり、あるいは組織に潜入するなどの方法が採られていたが、より近くでサポートすべきであることと、常識も制度も違う異世界で潜入することの難しさが露見し、「巻き込まれて召喚されたもう一人の日本人」という形で行われるようになった。
実際には召喚された訳ではなく、現れた召喚魔法陣から世界の座標を割り出し、生徒が召喚されるのと同じタイミングであちらの世界に転移する、自作自演にも程がある方法である。
また、いつ誰が召喚されるかも分からないため、常に異世界召喚学校生徒と同じ制服を着ることが義務づけられている。
異世界召喚学校の運営は、ほとんどサポート課に支えられていると言っていい。
サポート課の仕事は多岐にわたる。
召喚された生徒を陰ながら見守ることの他にも、異世界の情報収集、現代日本の文明に役立ちそうな何か(物資、技術、思想問わず)を収集することなど、過剰なほどにあるのだ。
そのため、サポート課はそこらの教師よりも遥かにエリート職で、就職の難易度が非常に高い。
また年間100件とある異世界召喚の一つ一つを基本的に一人一人が監視しなければならず、慢性的な人手不足なのだ。
つまりブラックである。
だから、俺が今ここで愚痴を言っても許されるはずだ。
「ということで、愚痴を聞いてくれまいか、郡川」
「ええ、まあ」
俺の問いに、郡川は曖昧に頷く。
ちなみに俺は寝るタイミングで普通に帰ってきた。
当然だ。さすがに日夜付き添うわけにもいかない。というかそもそも俺は、サポート課の仕事でほとんど付き添わない。
勿論突然俺が抜けたらあちらの世界では大問題なので、非常に完成度の高いデコイを置いてきている。
戦闘能力こそないものの、動きや質感、見た目は殆ど本物の俺と遜色ない。ぶっ壊されるなどしない限り、ばれることは無い。
「どんな感じでしたか?」
「うん、さすが世界レベルAだ。レベルや経験値という概念はあるわけがなく、そのくせモンスターは喰らうほど進化する。魔法は理論の高度な理解が必要とされ、魔法はあまり発展できていない。はっきり言ってクソムズいな」
これらを後に報告書にまとめねばならん。形式がかなりカッチリしているから、相当慎重にやらなければいけない。
何せ一年で数十の世界が発見されるわけだ。そのデータベース管理は非常に大変である。
「使命レベルもAだったはずですが、具体的には?」
「邪心討伐だってさー」
「な、それは!」
「ほんとクソだよな。まあ軽く調べた限り、抜け殻というか弱体化していそうだから、その邪心の抜け殻に魔王を入れさせなければA難度だろう」
世界レベル、使命レベルというのは、世界の生きにくさと使命の達成しづらさを、段階的に評価したものである。D、C、B、A、Sの順で難度が高くなる。
世界レベルとは、日本との文明文化の乖離度、レベルシステムの有無、魔物の強さ、魔法収得難易度、魔法を含めた戦闘技術の発展度などを総合的に評価した難度である。
対して使命レベルとは、召喚者が果たす使命の難易、世界管理者が召喚者に与える能力、召喚者の人数などを同じく評価した難度だ。
そして総合危険度はその二つと世界の判明度合いを総合的に評価したものだ。
召喚陣が現れた際に世界レベルと使命レベルが予測できるのは、その情報が召喚陣に記されているためである。
これは、世界管理者が望む最低限必要な能力を持った日本人を召喚するためである、と予測される。
まあ「最低限」であるため、どちらのレベルもS何て事がない限り、異世界召喚学校生徒は条件を満たすため、召喚される生徒は結局ランダムだ。
そしてそのせいか、召喚陣から推測される世界レベルと使命レベルは、かなり大ざっぱだったりする。
いわば緊急地震速報のようなものだ。
このため、付き添ったサポート課が詳しく難度を査定し、DからSまでの五段階評価に+と-を組み合わせ、最終的に十五段階評価にする。
例えば、俺の見た限りでは、世界レベルA、使命レベルA+、未発見世界であることを備考に入れて総合危険度S-って感じだ。
「ひとまずは、お疲れさまでした」
郡川がコーヒーを入れて持ってきてくれた。
軽く礼を言って、カップに口をつけて啜る。
「改めて、力不足で申し訳ありません」
「ん? コーヒーはいつも通り上手いぞ」
「ありがとうございます。ですが、その話ではなく」
えっと、あぁ、転移する間際に言いかけていたことか。
「申し訳ありません、とは? 何に謝っているかわからんと反応しづらいんだが」
「我々が力不足のせいで、課長に仕事が集まっていることです」
……まあ確かに、否定は出来ない。本来一人一つの世界を担当するところを、俺はこれで三つも担当することになっている。
デコイからそれぞれの世界の状況と情報が送られてくるため、今三つの世界の情報が俺の頭の中にあることになる。
「……システム上しょうがないことだ。需要に供給が追いつかないのは当然だろうし」
「私がS難度を二つ対応できれば、あなたの仕事の負担を半減させることが出来るはずです」
んー、いや。そう思うことはあるんだけどね? それって猫の手も借りたい的感覚というかだね。
ちなみに郡川はSに対応できる数少ないエリート中のエリートだ。だがそんな彼女でも、二つの世界を同時に担当するなんて事は出来ない。
いや、出来ないのが普通なんだが。
「そりゃ仮定法過去の話だ。お前はすでに俺をデスクワークで支えている」
つか事務仕事なら郡川の方が圧倒的に早い。まあ俺がサポート課にしては遅いだけなのだが。
そもそもサポート課の選別には事務能力も当然入ってくるわけで、サポート課に入っている以上事務仕事が得意でなければおかしい。俺という例外も居るけども。
「それは、私があなたの秘書である以上、当然のことです」
「その当然のことで助かっているって言うんだ。それ以上望んで自分を責められても俺が困る」
郡川は出来る女なのだが、少し思考が固すぎる。そして俺を慕いすぎる。自分を責めすぎる傾向がある。
実際十分助かっているのだ。郡川が居なければ、俺も三つの世界を同時に担当するなんて事は出来ない。
「しかし……」
ほら固い。カッチカチだ。お前の脳みそは金剛石か。
「あのな、郡川があんまり優秀すぎると俺は困るんだよ」
「へ?」
「郡川がS難度を二つ担当出来るようになれば、俺の秘書からは外されるし、別の学校に飛ばされるだろ? すると俺は優秀な秘書を失うことになる」
「え、えぇ……?」
いや全くもってそうなのだ。
どこの学校でも、サポート課は人材不足。そんな中、S難度を二つこなせる者が二人も同じ学校にいれば、平均化の為に異動させられるに決まっている。
そして俺は郡川ほど有能な秘書を知らない。異動なんかさせられたら困るのだ。
(あ、でもそしたら課長と一緒に居られなくて、でもこのままだと力不足で……あれ? 私はどうすれば?)
なんか郡川がブツブツ呟いているが、俺には聞こえない。
例え俺が人外染みた聴力を持っていたとしても、聞こえないったら聞こえない。
「郡川さん、課長耳良いから聞こえちゃいますよ」
ここで第三者の声。
郡川の後ろから会話に入ってきたのは、解析班の品樫 華であった。
気づかない振りしてんのにやめろっての。
「え! は、華さん、私今、口に出してました!?」
「何かぶつぶつ言ってたのはわかりますけど、私にはさっぱり。課長は知りませんが」
と言って、華はこちらを見てニヤつく。
マジでやめてって。恥ずかしさでフリーズした郡川は本当にポンコツになって使えないのだ。
「か、かかか課長……?」
郡川が縋るような目で見てくる。
さて、どう切り抜けるか。
「……いや、断片的にしか口に出していなかったな。思ったことが丸々口にでていたわけではないのだろう。俺が聞いても意味不明だったな」
「そ、そうですか」
「つまんないですねー」
よし、切り抜けた。
郡川はあからさまにホッとして、華はつまらなそうに頬を膨らませる。いやつまらねぇじゃないんだよ。
ただでさえくそ忙しい時に、郡川に行動停止でもされたら、たまったものではないのだ。
「で、なんか用か、華」
解析班というのは、サポート課のいくつかの班のうちの一つである。その他にも、情報班、実行班、偵察班、戦闘班がある。
解析班は、召喚魔法陣が現れたときの世界レベル使命レベルの解析と、過去の召喚魔法陣の研究。情報班は、異世界のデータベース管理と、異世界からの物資などの解析、情報記録など、情報に関わる仕事を。実行班は、異世界で実際に生徒をサポートする班、偵察班は、異世界に行き情報を収集する。戦闘班は、万が一大規模な戦力が必要になった場合に戦闘に赴く。
一般にサポート課と言われるのは、俺や郡川の所属する実行班だ。取り分け優秀な者は実行班に入り、何かしら問題があったり、より突出した才能があると他の班に入ることになる。
無論、実行班はいつでも人手が足りないので、他の班に仕事を頼むことは頻繁にあり、逆もまたしかり。
ぶっちゃけ班ごとの境は曖昧だったりするが、管理上の問題で一応班分けをしているのだ。
品樫 華は、その頭脳が突出していたため、解析班に入り班長をつとめている。
そんな彼女がわざわざ俺に用があるなら、重要な案件である可能性が……
「用なんて無いですよ」
…………オイ。
「ふざけているのか? このタイミングで? ぶち殺されたいのか?」
「いえいえ、なんか二人が仲違いでもしたのかと心配になりまして(面白そうだからちょっかいかけてみた)」
「本音が透けて見えるぞ華。何も用がないなら散ってくれ。俺はこれから報告書を書かねばならんのだ」
「はーい」「そうですね。すみませんでした」
「え?」
あれ?
いや華に言っただけで、郡川には言ってないんだけど?
と言う暇もなく、二人は礼をして離れていく。
「……仕事するか」
まずは報告書を仕上げねば。
え? 今は夜じゃないかって? 当たり前じゃないか。
そも異世界召喚学校に労働基準法など無いのだよ。八時間以上勤務とか日常茶飯事なのだよ。
不眠で働ける身体になった自分が恨めしい。
朝の時間になったので、海野、山瀬、神谷の三人の様子を見に行く。
三人のそばで過ごしているデコイと交代。転移魔法の重複発動で周囲にばれることはない。
他の二つの世界はまだ大丈夫だろう。一つは終盤、一つは中盤。終盤はある程度気にしなければならないが、中盤は軌道に乗っているのであまり監視せずとも済む。大変なのは終盤と序盤だ。
よって今目にかけるべきなのは、序盤であるこの世界なのだ。
まあ、生徒達が優秀で素直だから、本当に心配なのは序盤だけだと思う。そこんところは安心だ。
聖女様と勇者三人が、何か話しているようだ。
「聖女様、昨日言い忘れたんだが、『なんでもします』なんて簡単に言っちゃ駄目だぜ?」
と海野。そして山瀬がそれにつっかかる。
「え? 拓巳ちゃん聖女様にそんなことするつもりなの!?」
「馬鹿何言ってやがる! んなわけねーだろ!」
「でもそう言う発想したって事だよね!?」
やいのやいのと口喧嘩。これがいつもの事なのだと。仲いいね君ら。
そして聖女様は困惑している。
「えっと、神谷様? お二方はいったい何を……?」
「聖女様が気にする事ではありません。ただ、海野が野獣だという話です」
「んだとこら神谷ぁ!!」
「おお、怖い怖い。まさに野獣の咆哮ですね。聖女様、あの男の近くには寄らないよう。食い散らかされてしまうでしょう」
そう言いながら、神谷は聖女の肩に手を回す。
「さ、私の部屋に避難しましょう。ここは危険ですから」
「え? へ? へ!?」
「神谷っちのムッツリメガネ! 自分で食べる気満々じゃない!」
「へぇぇえ!?」
「心配する必要はありませんよ聖女様」
聖女様の顔が真っ赤に染まる。
神谷は前髪をかきあげ、眼鏡を外して顔を近づけた。
「それとも、僕では不満ですか?」
「あ……う……その」
「神谷ぁぁぁぁぁ!」
……さて、本当に安心できるんだろうか、この三人は。
「その、私はどういう風に反応すればいいのかな、郡川ちゃん」
品樫 華は苦い顔をしながら問う。
というのも、品樫は課長が異世界に行ったのを確認した後、郡川に相談を頼まれたのだ。
だが、その相談内容というのが……
「私は本当に悩んでいるんです。このままでは力不足で、課長の負担を減らせないのに、有能になれば課長から離れなければならないなんて……」
郡川本人は本当に思い詰めた表情であるが、品樫の内心を端的に表現するならば、
(勝手にしろよリア充!)
である。
「……好きにすればいいんじゃない?」
「そんな……!」
縋るような目で品樫を見る郡川だが、品樫にとっては知ったことではない。
が、天啓。
品樫閃く。
「郡川ちゃんは、課長の役に立ちたくて、かつ離れたくないんでしょ? だったらさ」
品樫は目を細めてにやつく。
「付き合っちゃえば良いんだよ」
「……え?」
「あるいは結婚」
「はあぁぁあ!?」
郡川の頬が急激に朱に染まった。
「ちょ、なんでそーなるんですか!」
「いやだって、そーなれば一緒にいられるし、助けられるでしょ?」
「そーかも知れませんけど!」
「問題ないじゃない。課長のこと好きなんでしょ?」
確信を込めた疑問形である。というか品樫から見れば、一目瞭然の事実であった。
「それは……これが、恋慕の情なのかどうかは……。それに、課長とお付き合いになるなど恐れ多いと言うか」
「恐れ多いってあんた……課長はどこかの国の王子か何かか」
品樫はため息をつきながら言う。
「そもそも、課長のどこがいいのか……顔は悪くないけど、仕事遅いし愚痴愚痴情けないし、優柔不断そうだし。チートだけの男じゃない?」
「え? そうですかね」
郡川は心底分からないといった表情を浮かべる。
「……恋は盲目って奴かね」
と呟きながら、品樫は自分で入れたまずいコーヒーを啜った。
書きための霊圧が消えた……?
さあ続くのはいつになるやら




