世界の狭間で2
朔と同じ顔なのに、この男は朔ではない。なぜなのかわからないが、身を以てそれを悟った。
痛みからか悲しみからなのか悔しさからなのか、僕は己の目の縁から零れそうになる涙を必死で堪えていた。
「俺の名前は朔夜。朔というのは俺の名前じゃない」
朔夜は朔の名を言うとき、唾棄するかのごとくに口にしていた。朔と同じ顔をしたこの人物の名が朔夜だということはわかったが、どういうことにしろ、朔と無関係であるはずがない。朔の手がかりを掴むには、朔夜から話を訊かなければならない。
「では、朔はどこにいる? 同じ顔をしたお前はなにか朔のことを知っているはずだ」
少しずつ、手の感覚や足の感覚を掴みながら、静かに話をする。
朔夜というこの人物は少々気が短いようだ。冷静に、ことを荒立てないように、まずは話を聞き出さなくては。
僕が冷静に話をする様子を見て、朔夜も幾分荒んでいた表情を和らげた。そしてまた、興味深げにこちらの顔を見つめてきた。
「ふうん。朔が大切に思っていたおともだちというのは、思ってた以上に肝が据わっているようだな。なるほど、ナノマシンの制御も凌駕するだけのことはある」
先程から彼らの口にしているナノマシンというもののことも気になったが、まずは朔のことが先だ。
「教えて欲しい。僕は友人だった朔という男を捜している。彼は今どこに?」
「いるといえばすぐ近くにいるな」
「近く? どこだ。それは」
すると、朔夜は鼻で笑いながらこう答えた。
「ここだ。俺が朔だ」
自分の鼻に向けて指を差す朔夜は、歪んだ笑みをこちらに向けていた。
「どういう……ことだ? さっきお前は自分は朔じゃないと言ったばかりじゃないか」
「ああ。俺は朔じゃない。だが、俺のなかに朔がいたのは確かだ」
意味がわからない。朔夜のなかに朔がいた?
「そうだな。せっかくだから一から説明してやるか。今のお前の置かれた状況もついでに教えてやれることだし」
「ちょ……っ。朔夜。勝手なことしないでよ。またあたしの仕事が増えるの困るんだから」
「どうせ制御プログラムがきちんと機能してないんだろ。あとから再度の処置が必要なのは同じこと。だったら別に話したって構わないんじゃないか?」
「まあ、そう言われればそうだけどさ」
なおもなにか言いたげな様子の鈴だったが、結局朔夜の言い分に折れたらしく、そこからは口を挟まずにおとなしく黙っていた。
「さて、まずどこから話そうか。最初から? 結論を急ぐならいろいろすっとばすけど」
「……最初からで頼む」
そして、朔夜は長い話を語り始めた。




