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世界の終わり、茜色の空  作者: 美汐
第七章 彼のいない世界
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彼のいない世界5

 三度目の同じ朝がやってきた。いつもの、平和過ぎるほどの朝。けれど、そこには確実に以前と違う時の流れが存在している。

 世界は再び終わりを迎えるのだろうか。朔は今日見つかるのだろうか。京は私になにを伝えようとしているのだろう。

 そして私は――。


 頭のなかは様々なことで乱れ、さざ波のように同じ思考が繰り返された。

 ベッドから身を起こし、運命の日の空気を胸に深く吸い込む。

 朔はきっと現れる。

 私にはもう、そう信じるよりなかった。






 学校へは、いつも通りに登校した。京もそれは同じで、バスに揺られながら一緒に学校へと向かった。

 学校へ行くと、そこにはやはり朔の姿はなく、彼のものだった机やロッカーはなくなってしまっていた。クラスメートもそのことになんの疑問も持っていない様子で、最初から朔はこのクラスにいなかったという態度を見せていた。

 朔がいなくても、学校は平常通り動いていた。誰もなんの違和感も感じている様子はない。私と京の二人を除いて。


 たまらない気持ちを抱えながら午前中の授業をやり過ごすと、私と京は屋上へと向かった。あのときの痕跡を確かめるために。

 屋上のドアを開けると、閑散とした風景が広がっていた。誰もいない屋上。明るい陽光が降り注いだなにもない空間は、どことなく現実感が乏しく、ある種異界に通じているようにも見えた。

 もしかしたらここに朔がいるかもしれない。そんな根拠もなにもない漠然とした想像だけでここへとやってきた私たちだったが、あっけなく期待は裏切られてしまった。どっと体中に脱力感が溢れる。


「ここにもいないんだ……」


 もう思いつく場所は捜し尽くした。これ以上当てもなく一人の人間を捜し続けるのは限界だった。なにより、今日で再び世界が終わるのだとしたら、もうタイムリミットはすぐそこまで迫っているのである。

 たちまちとてつもない絶望感が私を包み込んだ。

 京は無言のまま、静かな足どりで屋上の中心付近まで進んでいった。なにかの痕跡を見つけようとしているのか、辺りに注意深く視線を走らせている。

 しばらくそうしていたかと思うと、ふと彼の動きが止まった。なんだろうと私が見つめていると、京は床の一点をじっと見つめたあと、ゆっくりその場にしゃがみ込んだ。そしてその手になにかを掴んでいた。


「京? どうかした?」


 私が近づいていくと、彼は立ちあがり、つまんだなにかを光にかざしてよく見るような仕草をした。よくよく見てみると、白くて小さな丸い粒のようなものがその指の先にあった。


「なにそれ?」


「たぶん、なにかの薬かサプリメントとか、あるいはミントタブレットの粒……だろうな」


 そんなものがなにか重要なものなのだろうかと首を傾げている私に、京は意外な言葉を発した。


「前回、前々回と今日という日を経験して思ったんだが、確実に朔がいないことで変化していることがあるよな」


「そう……だね。みんなの記憶とか、朔の席がなくなってることとか……」


「それとともに、いつもなら減ってしまっているはずのものが残ってしまっているようなことも起きていることになる。たとえば茜のフリスクとか、購買のパンとか」


 言われて思い出した。前回と前々回の今日、朔に私のフリスクを全部食べられてしまったことを。


「そうだ。確かに私のフリスクまだ残ってるまんまだ。でも、それがなにか重要なことなの?」


 私がそう訊ねると、京は考えるように右拳を額に当てて目を閉じた。しばらく黙って答えを待つ。


「……きっとその誤差が鍵になると思うんだ」


「誤差?」


 京は目を開けると、遠くを見つめているような視線で虚空を見つめる。


「きっとその誤差を修正しに現れると思う。これが誰かの意志に基づくことであるなら」


「誤差を修正?」


 まだ意味が掴めない私は問い返す。京もまだ自分自身半信半疑といった様子にも見えた。

 しかし、次の言葉には彼の強い意志が込められているようだった。


「減っているはずのパン。あったはずの机。きっとみな気付いてないけれど、なにかしらの違和感をどこかで感じているはずなんだ。だけど、その違和感を気のせいで終わらせてしまっている。この世界の常識に当てはめて納得させられてしまっている。世界のほうが変わっているだけでそこにいる人間は同じなのだとしたら、そうであるはず。そして、今この世界でもっともその違和感を感じている存在がある」


 京の瞳がこちらを見た。


「僕たちのことだ。朔がいなくなったこの世界における一番の誤差は、朔の記憶を有したままの僕らだ。きっと彼らもそれに気付いているはずだ」


「彼ら? それって……」


 ごくりと喉を鳴らす。知らず緊張で体が強張っていた。


「朔を連れ去ったやつら。秋野鈴と白い服の男たち。そしてもしかするとそこに」


「朔が一緒にいる?」


 私は思わず大きく声をあげた。

 京はうなずき、なにかを決意したような顔をこちらに向けた。


「一筋縄ではいかないかもしれない。だけど、きっと朔を取り戻すチャンスは来ると思う」


 一筋の光を見た思いがした。

 もしかしたら。

 否、必ず。

 朔は再び私たちの前に現れる。

 京の言葉は、私の胸の奥に深く刻み込まれていった。



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