彼のいない世界4
朔の捜索は次の日も続いた。朔の行きそうな場所。朔が以前行きたいと言っていた場所。カラオケ店やネットカフェも見て回った。しかし、どこにも朔の姿はなく、その手掛かりすら掴むことはできなかった。
私と京は、朔がよくランニングしている川沿いの歩道を歩いていた。
もしまたこの世界が以前と同じ運命を辿るのだとしたら、明日でまた世界が終わる。
けれど、ここは前とは違う。
朔がここにいないという事実。これが世界になにをもたらすのか。それともなにも変わりないのか。
頬を撫でる秋風の匂いと、乾いた地面の感触。世界が確かにここに存在していることと、自分がここに存在していることを感じながらも、どこか世界と自分が乖離してしまっているような浮遊感が私の身のうちにあった。
横を歩く京の歩調は、私に合わせてくれているのだろう。ゆっくりゆっくり進んでいっている。先程から私たちは無言だった。太陽の位置はすでに中天を過ぎている。時間だけは馬鹿みたいに正確に進んでいた。
そこで、ふいに京のあの台詞を思い出した。
『僕はずっときみのことを……』
あのとき、再び世界が終わろうとしていたとき、彼が言いかけていた言葉。
結局鈴と謎の男たちの登場で、またしても聞くことができないままになってしまった。けれど、今ならもしかしたら続きを聞くことができるかもしれない。
そう思って、なにげなく京に尋ねてみた。
「あのとき言おうとしてたこと、また聞けずじまいだったよね」
京はそれを聞いた瞬間、ぴくりと肩を動かした。見上げた横顔は、先程よりも固くなってしまったような気がする。
「……あ、ああ。そう…だったな」
歯切れの悪い言い方からは、いつもの冷静さが失われていた。やはりとても言いにくいことなのだろう。このタイミングで訊くべき内容の話ではなかったのかもしれない。けれど、私も気になっていた。聞くのは怖い。でも、怖がっていてばかりいたら、もうそれを聞く機会は永遠に失われてしまうかもしれない。
「聞かせて。続きの言葉」
私は立ち止まり、まっすぐに京の顔を見つめた。眼鏡の奥の黒い瞳は、戸惑いの色を見せている。
しばらく、静かな時が流れた。川のせせらぎに乗せて、なにかの鳥の鳴き声が高く響く。私たちの間に一陣の風が通り過ぎていった。
「僕は……」
少し掠れた京の声が耳に届いた。けれどすぐに彼の声は途絶え、そのまま固く口は閉ざされてしまう。
「京?」
訝しんで私が名を呼ぶと、彼は目を伏せ、かすかに頭を振ってみせた。
「朔が見つかるまで……」
「え?」
「朔が見つかるまでは、言えない。……そう誓った」
朔が見つかるまで。
誰に誓ったのだろう。朔に? それとも自分自身に?
だけど、その決心は彼のなかで揺るぎないのだろう。再び開いた目蓋の奥の瞳が、それを物語っていた。
「そっか。わかった」
私は笑ってうなずく。そしてまた歩き出す。京もそれに続いた。
朔を捜そう。
それが私たちが今すべきことだ。
青く広がる空の彼方の透明さが、痛いほど目に染みた。
そして再び、私たちは世界最後の日を迎えようとしていた。




