彼のいない世界2
朔の家は、街の東側にある古くからある住宅街のなかにあった。『柏木』と表札が出ているその家は、白とグレーのツートンカラーで、辺りの家と比べても瀟洒な雰囲気を醸し出していた。
「土曜日だし、誰かいるよね? 車もあるみたいだし」
「そうだな。朔もいるといいけどな」
さっそく私は門柱につけられているインターホンを鳴らしてみた。しばらく待っていると、インターホンの機械の向こうから声が聞こえてきた。
「はい、どちら様ですか?」
声の感じから、たぶん母親だろう。私は少しだけ緊張しながら話し始めた。
「あ、突然朝からすみません。私たち、朔くんのクラスメートで、ちょっと彼に会いに来たんですけど、朔くんいますか?」
すると、少し妙な間があり、それから不審そうな声が機械のなかから聞こえてきた。
「……朔? そんな子うちにはいませんけど?」
「……え?」
一瞬息が止まった。
「いないって……出かけているってことですか?」
「そういうことじゃなく、うちに朔なんて子供はいません。なにか違うお宅と勘違いされてるんじゃないんですか?」
「え? そんなはずは……。だって確かに以前この家に朔くんは……」
「すみません。今忙しいので、もういいですか? とにかくうちにはそんな子はおりませんので」
そして通話はプツッと途切れた。最後は少し口調に怒気が含まれていた様子だ。
「え……? なにこれ? どういうこと?」
わけがわからなかった。確かにここは朔の家のはずだ。『柏木朔』は以前ここに住んでいた。それを私たちは知っている。なのに。
「……まさか」
京は一言だけ呟くと、絶句したようにその場で固まってしまった。
念のために、その近所の家も何軒か訪ね、柏木朔という男の子を知らないか訊いてまわった。しかし、誰に尋ねても『知らない』という回答しか得られなかった。
クラスメートの子たちにもLINEや電話で同じ問いをしてみたが、答えはいずれも同じだった。
私たち以外の誰も朔を知らない。
そんな信じられない状況に、私と京は愕然とした。
ただひたすらにショックで、しばらく道端で呆然と私たちは立ち尽くしていた。
嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ。
みんなして私と京を驚かそうとして、わざとそんなことを言っているのだ。きっと朔が企んで、みんなにそうさせているんだ。
いつものいたずらのように。
私たちをびっくりさせようと。
そうに決まっている。
だって、あるはずがない。
そんなことがあるはずがないんだもの。
朔がこの世界からいなくなってしまったなんて――。
「……まだ」
ぽつりと。
「まだわからない」
顔をあげて京を見た。そこにあったのは、真剣になにかを考えている表情。
「なぜこうなってしまったのか。僕らの前からどうして朔がいなくなってしまったのか。今はなにもわからない。だけど、少なくとも茜と僕のなかには朔の存在が残っている。朔はまだきっとどこかにいる。そう思う。……根拠はどこにもないけれど」
込み上げてくる思いが、胸を熱くする。
悲しくて、怖くて。どうしようもなくなにかに急き立てられているようで。
じわりと目からこぼれ落ちる熱いものとともに、私は京にうなずいて見せた。
「捜そう、一緒に」
京が私に目を合わせた。そこに映るのは、きっと同じ思い。同じ願い。
「この街のどこかにきっと朔はいるはず」
なんの根拠も確証もない。
だけど、私たちの記憶のなかには確かにいるのだ。
朔。
あなたを捜す。見つけ出す。
まだ会って話したいことや聞きたいことがいっぱいある。
だからきっと――。




