彼のいない世界1
朝の光がカーテンの隙間から部屋に差し込んでいた。ちらちらと踊る小さな埃が目に映る。やかましく鳴っているのは聞き慣れた電子音。ぼんやりした頭のまま、目覚まし時計のアラームを止める。そして両手を見つめ、自分の体が存在していることを確かめた。
生きている。
世界はまだ存在している。
スマホの日付を確認し、また前回と同様、過去にタイムリープしていることが夢ではなかったことを認識した。
昨日の夜、京に電話をし、再びタイムリープをしたことを互いに確認しあった。しかし、前回とはなにかが違っていた。朔にも電話をかけようとしたのだが、なぜか私のスマホのアドレス帳から、朔の名前だけが消えてしまっていた。
おかしいと思い、京にも訊ねたが、なぜか京のほうも朔のアドレスだけが消えていたようだった。
すぐにでも京と会って相談したかった。けれど、前回もそうだったが、どうもタイムリープの直後は全身がだるく、とても眠かった。たぶんこの日の前日に夜更かしをしていたせいだと思う。
とりあえず、日付はまた前回と同じ10月24日の三日前、21日の夜に遡っていることは確かなようだった。またくわしいことは次の日会って話そうと約束して、昨夜は電話を終えた。
考えることは山ほどあった。
再び起きた世界の終わり。タイムリープ。朔のこと。
けれど、どうしても強力な眠気には勝てず、私は一晩を無為な睡眠に費やしてしまった。
こんな大事なときに快眠してどうするのか。自分の規則正しすぎるバイオリズムを責めたい気分だ。
それはともかく、急いで出かける準備を整えた私は、逸る気持ちを抑えながら外に出た。
朝陽公園に到着すると、すでに京が公園内のベンチに座って待っていた。
麗らかな日よりは前回と同じである。青い空には以前にも見た一筋の飛行機雲。同じ朝の時間。以前も吸ったことのある空気。けれど、なにかがどこか違うような気がするのはなぜだろうか。
「おはよう」
「おはよう」
互いに簡単な挨拶を交わしてから、再び口を開くまでに少しの沈黙があった。山ほど話したいことがあったはずなのに、いざ話そうとすると、なにから話せばいいのかわからなくなってしまったのだ。もしかしたら京もそうなのかもしれない。
「また……」
先に口火を切ったのは、今回は京のほうだった。
「時を遡ったんだな。僕たちは」
「うん」
時を遡るなんて普通では信じられないことだけれど、二度目ともなると、前回よりも落ち着いて状況を受け入れることができる。人間の順応能力とはすごいものだ。
「でも、前回とはなにか違うみたいだね」
再び世界の終わりを体験し、時を遡った私たち。しかし、それよりもなによりも、一番に気になっていることがあった。きっとそれは京も同じだろう。
「どうして朔はあのとき捕まったんだろう? それに、どうして連絡が取れなくなっているんだろう? あの人たちは何者? あの鈴って子はいったい……」
口にしたら、疑問が一気に吹き出した。頭の中は整理がつかずにこんがらがって飽和状態である。救いを求めるように京の顔を見つめると、京もまた、いつも以上に眉間に深い皺を刻んでいた。
「まあ、とりあえず落ち着いて話そう。僕も自分のなかでこの状況を少しずつ整理しているところなんだ」
「あ……。そう、だね。まずは落ち着かないとだね」
やはり京はこんなときでも冷静だ。そのことが、こんなときだからこそありがたく感じた。
「まず、僕たちの今の状況を把握するために確認をしておこう。今日は世界が終わりを迎えた10月24日より二日前に当たる10月22日。そこは間違いないよな?」
「うん。私たちはまたあれから時を遡ったんだね」
「そう。そこについては前回と同じだ。けれど、前回とまったく同じではない状況も発生している」
「朔のことだよね」
「ああ。朔と連絡がつかない。たぶんタイムリープ直前のあの出来事がなにかしら関係しているんだろうが」
「なんだったんだろう。あの人たち。見たこともないような服装をしていたし、見間違いじゃなかったらあれ……突然消えたよね?」
「見間違いではないと思う。なにかしらのトリックか幻を見せられていたのかもしれないが、少なくとも僕も確かに目にした。茜一人の気のせいだけでは片付けられないだろうな」
「あとは、あの鈴っていう子のこと」
私は思わず唇を噛み締めた。
「彼女、嘘をついてたんだよね。だって、絶対前から朔のことを知ってた感じだった」
嘘をつかれたということと、無理遣り朔を連れ去った首謀者が彼女らしかったことから、私は彼女に対して胸にくすぶるものを感じていた。
「サクヤと」
京がぽつりと零す。
「朔のことを呼んでいたな、彼女」
サクヤ。
遠い響き。
私の知らない人物の名前。
「なんでそんなふうに呼んだんだろう。朔、なにかネット上とかでそんな名前使ってたのかな?」
「さあ、どうだろう。いずれにしろ、彼女は以前から朔のことを知っていた。そのうえで僕たちに近づき、朔のことに探りを入れてきたわけだ。どういうつもりかわからないけど」
「なんか、嫌な感じだよね。それって」
「まあな。事情を知らないからそう思うだけかもしれないが」
そんな京の言葉は、私には随分お人好しに思えた。
「とにかく、朔に会いにいかない? 電話に出ないなら直接会いに行くしかないと思うんだけど」
「そうだな。家は前に何度か遊びに行ったこともあるからわかるしな」
そうして私たちは、朔に会いに彼の家へと向かうことにした。




