変化の兆し3
秋野鈴、と彼女は名乗った。
ツインテールにだぼっとした大きめの白いパーカーを着た彼女は、もちろん面識などない初めて会話する相手である。アーモンド型の目が印象的で可愛い顔をしているが、なんとなく近寄りがたい雰囲気を持っている少女だ。ただ、ほんの一瞬どこかで見たことがあるような気もしていた。
「実はお二人にお訊きしたいことがあって」
そう切り出した彼女は、驚いている僕たちをさらに驚かせる発言を次に繰り出したのである。
「さっき一緒だったあの人のことを教えてもらいたいんです」
「さっき一緒っていうと、もしかして朔のこと? あのぼさぼさ頭の」
「そう、そのぼさぼさの。朔……という名前なんですか?」
「うん。私たちのクラスメートだけど。陽月高校の」
「クラスメート……。ご友人さん、でいいんですよね」
「うん。友達だよ」
茜は鈴という少女と屈託なく話しているが、僕は少し違和感を覚えていた。
「ええと、秋野さんだっけ。少しその前にこちらから質問してもいいかな?」
僕が口を開くと、鈴という少女は少し眉間に皺を寄せ、訝しげに顔をあげた。
「朔のことが訊きたいということだけど、朔がさっきまで僕らと一緒だったということは見ていたみたいだね。なのに、その本人が去ったのを見計らったかのようなタイミングでこちらに接触してきたのには、なにか意味があるのかな?」
すると彼女は、刹那の間考えるようなそぶりを見せてから答えた。
「……まず、本人に会うより先に確認しておきたかったんです。彼のこと」
「先に? なぜ?」
さらに問い糾すが、彼女の口は重く沈み、なかなか次の言葉が出てはこなかった。伏し目で唇を噛む仕草は、なにか隠し事をしているように見える。これは僕の考えすぎだろうか。
「京。本人には直接訊きにくいことってあるでしょ。つまり、彼女はそういう種類のことを私たちに尋ねたいんだと思うの」
茜の言葉に、鈴はぱっと顔をあげ、軽くうなずいた。
「そ、そうです。あたしはつまりその……」
「もしかしてあなた、朔のことが好き……とか?」
茜が「そんなわけないか」と付け加えるのに被せるようにして、鈴は吐き出すように言った。
「そうです! あたし、あの人のことが好きになったみたいなんです!」
驚きと衝撃で、全身の筋肉が活動を停止したかのような錯覚に陥った。
「朔を……好き……?」
あのハチャメチャな男を好きになる女の子がいるという事実はともかく、こんなふうに人前で堂々と誰かのことを好きだと公言できる人物がいるということに、ある種の感動を覚えていた。
「嘘。本当に……?」
茜もまた驚きを隠せない様子で彼女を凝視していた。
「だから、あの人のことをいろいろ教えて欲しいんです。駄目、ですか?」
懇願するように僕たちのことを見つめてくる彼女に対し、僕は茜と顔を見合わせた。
「……まあ、私たちが知ってる範囲のことならいいんじゃないかな。住所とか電話番号とか個人情報流出やプライバシーの侵害にならないことなら」
「そうだな。まあ、恋愛対象のことをくわしく知りたいという気持ちはわからなくもないし、多少協力してあげても構わないだろう」
そう結論づけて、僕らは朔に関する教えられる範囲での情報を彼女に話すことにした。
鈴という少女は僕らの話に熱心に聞き入り、驚きの声をあげたりうなずいたりしていた。そんな様子を見ていたら、ふと彼女を前に一度見かけていたことに気がついた。
浜辺から階段をあがったところで感じた視線。
あのとき見かけたシルエットも、彼女のようなツインテールだった。
この少女は、朔を見ていたのだ。
しかしよくもまあ、あれからずっと追いかけてきたものだと、僕は呆れとも不可解ともいえない奇妙な感想を抱いていた。




