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世界の終わり、茜色の空  作者: 美汐
第四章 思い出と星空と戸惑いと
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思い出と星空と戸惑いと2

「茜ちゃんって、ちょっとなんか違うよね」


 それは、私が小学五年生のころに聞いた台詞だ。

 学校のトイレの個室に入っているときに、新たに入ってきた女の子たちがなにか話している声が聴こえてきた。


「そのリボン可愛いねって言ったらすごい喜んじゃって。訊いてもないのにどこどこで売ってたんだとか、色違いもあるとかベラベラ話し出してさ。こっちはお世辞で言ってるだけなのに、真に受けてんの」


 友達だと思っていた女の子の声だった。もう一人相ずちを打っているのはクラスメイトの女子のようだ。


「全然似合ってないのに、ばっかみたい」


 ズキン、と激しく胸が痛んだ。

 わかっている。こんなのはよくあることだ。


 女子グループの中にいると、持ち回りでいじめのターゲットがそのなかから選ばれることがある。グループ内でリーダー的存在の女子が、機嫌が悪かったりなにかしらの面白さをそこに見出だそうとして、自分以外の誰かをターゲットにするのだ。

 そのターゲットに、私は今回選ばれてしまったらしい。


「あいつ、気持ち悪いよね」


「絶交しよう」


「絶交しよう」


 トイレのなかで衣擦れの物音も立てないようにじっと息を殺していた。彼女たちの声が遠ざかるまで、私は私の存在を消し去ることに専念していた。


 悲しくて悔しくて。

 だけどそれを表に出すのが嫌で。

 教室に戻ったときにはいつもの笑顔のまま、何事もなかったように席に着いたのだった。






 バレークラブに入っていた私は、そこで一緒になった美弥子みやこと仲良くなった。彼女と同じクラスになったときは、とても嬉しかったことを覚えている。

 彼女との間にずれが生じてきたのは、私がバレークラブの顧問の先生に褒められるようになったころからだ。


「茜は筋がいい」


 練習の成果を認められたと、素直に喜んだ私だったが、そのころ伸び悩んでいた美弥子にとっては面白くないことだったのかもしれない。


「昨日のドラマ観た? あの展開酷いよねー」


 美弥子の声が響く。それに追随するように周りの女の子たちが会話に加わる。


「美弥ちゃん、私も昨日観たよ」


 近くにいた私もそれに加わろうと声を発するが、美弥子はこちらを振り向きもしなかった。


「それでさー、来週がまたすごいらしくって」


 聞こえていないのだろうか。他の子たちの声で書き消されて気付いていないのかもしれない。

 そう思って再度声をかけるが、彼女の反応はまるで変わることはなかった。

 そして気付く。他の女の子たちも誰一人としてこちらを見ていないことに。


 ああ、そういうこと。

 始まってるんだ。もう。


 すっと血の気が足の方へ下がった感覚がし、次に背中がむずむずとした。

 美弥子たちは教室の向こうへと私を置いたまま移動し始めている。


 空気になったみたいだった。

 賑わしい教室内で、ぽつねんと立ち尽くす自分の姿は、きっととても滑稽に見えることだろう。

 そのときの私はなぜかそんなことを冷静に考えていた。






 当時の私は髪を長く伸ばしていた。ディズニープリンセスのラプンツェルに憧れて、腰まで届くほどの長さの髪を、毎日綺麗に鋤かしてリボンで留めるというのが定番のスタイルだった。

 親の勧めでスポーツも頑張ってはいたが、どちらかというと昔は女の子らしい遊びが好きな女の子だった。

 幼稚園時代は例に漏れず、魔法少女もののアニメにどっぷりはまっていたものだ。魔法のステッキをいかにうまく扱うか、なんてことに心血を注いでいたころが懐かしい。


 幼稚園の年長時代に引っ越した新築の家の付近には、すでに隣に新しい家がいくつも建っていた。いわゆる新興住宅地というやつで、その同じ住宅地に住んでいたのが水沢一家だった。同じ幼稚園に通っているということで親同士が仲良くなり、そんななりゆきで私も水沢家と交流するようになっていった。京は離れた歳の姉を持つ水沢家の長男で、どことなく大人びた雰囲気を持った男の子だなというのが最初の印象だった。


「よろしく」


「うん」


 初対面はそんなそっけない挨拶しか交わさなかった私と京だけど、親同士が親しくなり、一緒に行動することが増えたせいもあって、次第に私たちは打ち解けていくようになった。

 しかし、本当の意味で心を許すようになったのは、きっとあのときだっただろうと思う出来事がある。


「猿って絶対人間を馬鹿にしてるよな」


 二家族合同で動物園に行ったときのことだ。猿山を眺めていた京がぽつりと漏らしたひと言が、私の気持ちに酷く合致して、すごく安心してしまったのだ。


「あの二人、仲良くお猿さんを眺めちゃって」


「よほど二人ともお猿さんが好きなのね」


 それぞれの母親が私たちをそんなふうに微笑ましく見ていたなか、当の私たちはといえば、猿の本心を想像して対抗意識を燃やしていたことを思い出し、おかしさが込み上げる。

 そんなこともあり、京と私はなんとなく一緒に過ごすことが多くなっていった。


 美弥子とのことがあってから次のバレーの練習の日。私はやはり行くのがとても憂鬱で、家から出ては来たものの、学校の体育館までの道のりの途中で足を止めてしまっていた。


「行きたくないなー」


 ついそんな言葉が口から出てしまった。と、横から誰かがひょいとこちらを覗き込む気配がして、こんな囁き声が降ってきた。


「さぼっちまえば?」


 はっと顔を向けたその先に見知った顔を見つけ、なぜか無性に安堵した。


「京」


 京は通っている剣道教室へ行くところなのか、胴着姿で竹刀を肩に担いでいた。目をぱちくりさせていると、京はさらにこう言った。


「行きたくないなら、そういう手もある。無理することないと思う。……一人じゃ心細いって言うんなら、今日だけなら僕も付き合ってもいいけど」


 その提案を聞いて、私は本当にびっくりした。普段は真面目な京が、さぼるなんていう提案をしてきたこと。そして稽古好きなはずの京がそれをさぼってまで私に付き合ってくれるということに対して。


「い、いいの? 私はともかく、京まで巻き添えにしちゃって。あとできっと怒られると思うけど……」


「あー、まあ、今日だけは仕方ない。怒られるのは承知の上だ」


 困ったように肩をすくめて笑う京が、そのときは本当に頼りに思えた。私はそうしてバレーボールクラブをさぼり、京と二人で学校とは反対方向へ向かって歩き出したのだった。




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