思い出と星空と戸惑いと1
田舎の夜は、灯りが乏しくて静かだ。
周囲の山々が真っ黒な大きな化け物のように思えて、小さなころは怖くてお母さんにしがみついて泣いてたっけ。
でも、そのときお母さんはこう言って私を慰めてくれた。
――空を見上げてごらんなさい。
俯いていた私はその言葉に恐る恐る顔をあげて夜空を見た。そこにあったたくさんの星々が、宝石みたいに綺麗でびっくりして、涙がいっぺんに引っ込んでいったことを思い出す。
そんな夜空を今私は、男友達の朔と京とともに見上げている。
とても不思議な気持ちだった。
「こんなにたくさんの星を見たのって、実は俺初めてかもしんねー」
少し肌寒くなってきたので、浴衣の上に家から着てきたカーディガンを羽織っていた。星が見たいという私に、朔と京も庭先までついてきてくれたのだ。
「朔ってなんとなく都会ッ子っぽいもんね。都会に住んでるわけじゃないんだけど」
「だな。どっかここらの常識からずれてるというか、今までにいないタイプだ」
なんとなく発した私たちの発言に、朔は予想外に過剰な反応を示した。
「と、都会に俺が? んなわけねーだろ。生まれも育ちも地方の片田舎だ! まあ、ここほどではないけど……」
と、ふいに朔が不思議そうな表情をした。虚空に目を止め、一瞬押し黙る。
「朔? どうかした?」
私が問いかけると、すぐに朔はいつもの表情に戻り、明るい笑顔を見せた。
「いや、なんでもねーよ。……と、それよりこの光景もあと少しで見納めかもしんねーんだから、しっかり目に焼き付けておかねーとな」
「う、うん。そうだね」
なにか朔の様子に違和感を感じながらも、私はそれ以上問い糾すこともできなかった。
「と、まだまだ見てたいところだけど、ちょっと俺家んなか戻るわ」
「え? もう戻っちゃうの?」
「ああ。ちょっとあれだ。やむにやまれぬ生理的現象というやつ」
「トイレか」
「そう。って人がせっかくオブラートに包んで言おうとしてんのにだな」
言いながら、朔はなぜか京に近づいていき、なにかを耳打ちしていた。途端に京の体は硬直し、苦虫でも噛みつぶしたように難しい表情となっていった。
なぜか今日は私がお風呂から出てから二人はなにか内緒話をしているのをよく見かける。なんの話をしているのか気になるけど、なんとなく訊いちゃいけない雰囲気を彼らが醸し出しているので、とりあえず黙っている私だ。
朔が家のほうへと向かっていくと、私は京と二人きりになった。背の高い京と並ぶと、自分が小さくなったように思える。
しばらく私たちの間には沈黙がおりた。でも、なんとなく心地いい沈黙。昔から気の知れた京とだから、こんなふうにいられるのかもしれない。
「朔がいないとこんなに静か」
私が言うと、京がぷっと吹き出した。
「そうだな。あいつ、うるさいよな」
京が笑ってくれたので、ほっとして再び私は空を見上げた。
「綺麗だな」
京がつぶやくように言う。
「うん。本当に綺麗」
私もぽつりと、言葉を世界に生み出す。
深く吸い込まれそうな宇宙の世界。
神秘的で美しくて、どこまでも壮大で――。
こんなに壮大で美しい世界が、本当にもうすぐ終わってしまうのだろうか。こんなに細密で膨大な命の世界の幕が、本当に閉じてしまうのだろうか。
そんなのは信じられない。この世界をはっきりと今認識しているのに、これがもうすぐ跡形もなく消えてなくなってしまうかもしれないなんて、到底信じられることではない。
あれは夢で、なにもかも間違い。
世界が一度終わって、その三日前にタイムリープしたなんて、そもそもが信じられることではない。
きっとあと二日後には、やっぱりただの夢だったと、私たちは笑い合うのだ。
よかったね。みんな無事だったねって。
「……ふっ」
ふいに込み上げてくるものを堪えきれずに、嗚咽が口から飛び出していた。
どうしようもなくやるせない切ない気持ちが、体中に広がっていく。思考の統制が取れず、たががはずれたように涙があとからあとから沸き上がってきた。
「嘘だよ……。世界がもうすぐ終わるなんて、絶対なにかの間違いなんだよ……」
不安と焦燥が、感情を支配する。美しいけれど孤独な宇宙のなかに自分が放り込まれたようで、なにもできない自分の小ささに悔しくなった。
「……茜」
低く落ち着いた声がして、そっと私の背中になにかが触れた。
「落ち着け。ゆっくり深呼吸するんだ」
最初はためらいながらも、ゆっくりと背中をさする彼の手の温もりが伝わり、怯えて震えていた私の心は、すっと静けさを取り戻していったのだった。
あけましておめでとうございます。
今年もマイペースでゆるゆる更新していきたいと思いますので、なにとぞよろしくお願いします。
美汐拝




