世界が終わる前にやりたいこと3
僕たちの街から茜のおばあさんの暮らすところまでは、電車を乗り継いで二時間ほどで到着した。途中、電車の車窓から見える景色は、始めのころは建物ばかりだったものが、だんだん田んぼや山の景色へと移り変わっていくのが不思議だった。
同じ日本の同じ地方に暮らしていても、少し離れてしまうだけでこんなにも風景が違うものかとなぜか感慨深く思う。
目的の駅に到着すると、次に僕たちはバスに乗り込み、茜の祖母の家へと向かった。
「わー。この空気、久しぶり!」
青い空に、茜の伸びやかな声が響き渡った。
刈り取られたばかりの田んぼや、群生する竹林。それを懐に抱えるように鎮座しているのは、点々と赤や黄色に色づいた山々だった。
バスを降りた先にあったのは、そんなのどかな風景だった。
美しい、と素直に感じた。秋の景色がこんなにも美しいものだということをあらためて思った。
「本当に田舎だな」
朔が平気で失礼な発言をする。
「でも、いいところでしょ?」
だが、茜がそう言うと、「そうだな」とすぐにうなずく朔には、ちっとも悪気がないことがわかる。
「だけど、着いてしまえば近いものだよね。こんなに簡単に来られるなら、もっと早く来ればよかった」
「突然行っても大丈夫なのか? しかも孫の茜ばかりでなく、そのクラスメイトの男二人付きで」
「大丈夫。おばあちゃん優しいから」
僕の問いに、優しいからという、理由になっているのかいないのかよくわからない答えを寄こす茜。
「まあ、大丈夫なんじゃね? いざとなったら、別に俺たちは帰ればいいわけだし」
「そうか。それもそうだな」
ここまで付き合ってついてきた意味とか、そんなことは朔の頭には存在していないらしい。やはりどこまでも大物だ。羨ましくすら思う。
茜の祖母の家は、昔ながらの和風建築で、広い土地に平屋建ての一軒家だった。すぐ前には広い畑が広がっていて、なにかの野菜がたくさん生えている。
その畑のなかに麦わら帽子を被って草取りをしている人の姿を見つけると、茜は大きな声で呼びかけた。
「おばーちゃーん!」
それに気づいた茜のおばあさんは、立ち上がってきょろきょろと周囲を見回し、僕たちのいるほうに顔を向けた。遠目にも顔を綻ばせている様子がわかり、僕はなぜかほっとした気持ちになった。
茜がお構いなしに畑のなかに入っていくのを、僕と朔も後ろからついていった。茜とその祖母は出会った瞬間に手を取り合って喜んでいた。
「あれ~、なんやね茜ちゃん。突然会いに来てくれやーたの? ばあちゃんびっくりしたわ」
「おばあちゃん久しぶり。元気にしてた? 病気とかしてない?」
「そらこの通りぴんぴんしとるよ。まだまだようけ畑仕事をせないかんでね」
「もう、でも結構な歳なんだから、無理だけはしないでよ」
「まあ、茜ちゃんに心配してもらえるなんて嬉しいねえ。優しいいい子になって。それにしばらく見んうちにまた大きゅうなった。べっぴんさんにもなって、本当に私の自慢の孫だわ」
おばあさんは顔をくしゃくしゃにして笑っていた。しきりに孫の体を撫でてとても嬉しそうである。言葉の訛りは昔の人ならではのきつさで、少し面食らうほどだ。
「そんで、そっちの男の子んたーは誰やね? 茜のボーイフレンドとかいうやつかね?」
ボーイフレンド、という言葉に思わず僕は顔を熱くした。朔は「わはは」と笑い飛ばし、茜は慌てて訂正を入れていた。
「ちょっ。違うよ! おばあちゃん! この二人はただのクラスメートで、単なる友達なの! 変な誤解しちゃ駄目!」
「おや、ボーイフレンドつーのは、男の子の友達という意味じゃなかったかね? なにかおばあちゃん使い方間違えたんやろうか」
「え? あ、そういう意味? だったら間違いじゃない……のか」
茜は困った様子で頭の横を掻きながら、少し気まずそうに僕たちのほうを振り返った。その顔には苦笑が浮かんでいる。
「とりあえず紹介しておくね。こっちの背の高いほうが京で、こっちのくせっ毛が朔。なりゆきで一緒に来たけど、気にしないでね」
なんともざっくりとした紹介だったが、茜の祖母はそれで納得したらしく、鷹揚にうなずいていた。
「ほうかね。まあ、こんななんにもないところだけんど、ゆっくりしていきゃーすといいわ。私もすぐ家のほうに向かうで、茜と一緒に先にあがっとってちょうだい」
おばあさんはそう言うと、途中で止めていた畑の作業に戻っていった。僕たちは茜がうながすのに従って畑を逆戻りし、家のほうへと向かった。




